6 ようやく村に到⋯⋯着⋯⋯?
寝たと言っても、熟睡出来た訳ではなかった。
まず葉音で1時間に1回は起きる。
アホかと思うが、森が風によって立てる音は大きい。
更にモンスターなのか違うのかも分からない動物が近くに来る音でも目が覚める。
夜でもずっと光っているフレイの周りには蛾などの昆虫が集り、触れた瞬間に燃え尽きていく。
羽音の煩さは、途中からフレイを私から遠ざけた程はあった。
結果的に昼間は眠くなる。
当たり前だ。
そこで私は両親を思い出す。
辛い時の神頼み。
面倒くさくて誰かに助けてもらいたい時だけ親を頼る。
最低なこととは分かっていた。
それくらいで音を上げるからこそこう思う。
父が来てくれて森を簡単に抜け出せたらなぁ、だとか、母の待っている家に帰れたらなぁだとか。
転生してからの出来事が大き過ぎてあまり考えてなかった分が今になって振り積もってくる。
寂しいと。
だから今世の母らしき人を助けようと思ったのかもしれないとも思う。
私にとってはただの代わりにしか過ぎなかったのだろう。
代わりにして、満たすのだ。
とんだ薄情者である。
けれど、だからこそせめて奴隷からは解放してあげようと思った。
犯罪者がなる犯罪奴隷なら兎も角、母は賃金を稼いで解放されようとしていたのだから違うだろう。
犯罪奴隷は年数、それ以外は金で解決される。
ぎゅう、とずっと抱きしめたまんまになっているるーがじたばたしていることに気付く。
腕にめいっぱい力を入れていることを思い出し、すまんなと心無い謝罪を心の中でしながら腕の力を緩めた。
あれから痛みは即座に回復した。
というのも痛みを無くしたい、と考えた瞬間に消えたのだ。
フレイの名前を考えたところまでは良い。
そろそろ本格的に痛みが酷くなってきた私に、フレイはこう言った。
「私を召喚するのも容易い程の魔力を持っているのだろう? 」
「召喚? 」
召喚とは、基本的には召喚したいものを収められる大きさに円を描き、その中に呪文を画く。
通称魔法陣と呼ばれるものだ。
高難度の魔物程大きいとされており、呪文の文字の多さも多い。
私のいた世界ではワーウルフが、公式で最もランクと人気度が高い、モンスターの中で呼び出すことの可能なモンスターであると言われている。
脅威度は有名な危険モンスターであるオークと同じレベルのB。
けれどワーウルフの方がオークより人気であり、有能とされている。
その理由は、モンスターテイマーがワーウルフを使い倒した魔物を殺さずにワーウルフに一部分を食べさせれば仲間になるということからであった。
更に食べさせた部位は仲間になった後に生える。
中々に残酷なことであるが、どんな生き物でも犯せば孕ませることの出来るオークとの便利差は歴然だ。
切り取られた時に感じるモンスターの痛みは分からないし、人間だって奴隷契約よりも更に上のランクの犯罪を侵した者に対しての、絶対に裏切らない為の刑罰としてもこれは与えられる。
父から話を聞いた時は、なんて酷いことをするのだろうと思った。
けれどそうしなくては生きていけないと段々に分かって行った。
この国の内部は、腐っているのだと父は口を酸っぱくして言っていた。
最近、本当に最近のことであったが、私はようやく色眼鏡なしの世界を見られたばかりであったのである。
「なんだ、召喚すら知らないのか」
不思議そうに問うフレイにふっと我に返った。
「い、いや流石にそれは分かる! そうじゃなくて、フレイを私って召喚したの? 魔法陣なんて書いてないけど」
「一流はそんなものを必要としないが、まさか貴様、無意識で使ったというのか⋯⋯」
貴様。
その言い方に少し違和感があったが、エミィという現世の名前を言って欲しいというのにも違和感があったし、前世の名を言わせるのにも抵抗がある。
だからこのままが良いのかもしれないと思いなにも言わないことにした。
「いや、まず召喚する気もなくて、ただ猿の肉を焼きたかっただけなんだけどね。でもまあ、凄い能力だし、話し相手になってくれるから結果オーライだけど」
「⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯。そういうことなら、お前はただこうしたいと願えばいいんじゃないか。だから私がこっちへ来たのだから」
「確かに。やってみる」
そうと決まればやってみよう。
元々やろうとしていたことは、肌の痛みを取る事だ。
痛みよ取れろ。
取れろ!
願った瞬間に、パチン、と頭の中で何かの音がした。
「出来たじゃあないか」
これが出来た、という感じか、と心で思う。
何か大切なモノが抜けていく感覚。
その代わりに願望を叶える。
召喚術。
魔法陣を書く時にも、書いた術を発動させるにも魔力が必要だった。
つまりこの"何か大切なモノが抜けていく"の何かは魔力なのだろう。
確かに、フレイが現れた時に似た感覚を感じた気がする。
こんなものをバンバン大量に放出させていればあっという間に精神がやられてしまう。
最低限以外は放出させたくない。
出来たの言葉通り、皮膚の痛みは無くなっていた。
ひんやりとするナニカ、恐らく魔力の塊だろうモノに包まれているお陰だ。
僅かにずっと魔力は放出され続け、代わりに皮膚の周りに着く魔力は流れている。
無駄に衛生的だ。
「そうだね、出来たみたい」
じんわりと暑いからか今までの痛みによる冷や汗かは分からないが汗が出る。
太陽は登ってからまだ日が浅い。
「そろそろ降りよっか、木から」
散々うるさく話していたというのにまだ眠ったままのろーを頭に乗せてそのまま降りようとすれば転がり落ちかける。
その瞬間に「ぴぎっ!? 」と奇声を上げながらモコモコの身体をめいいっぱいに広げて捕まろうとしながら起きた。
そのまま降り、昨日と同じく、奴隷商と逆の方向へ進んでいく。
どうやらまだ捕まえには来ていないらしい。
そりゃあ森の一角だからフレイの明かりがあると言っても、冒険者もいるだろうし見つかりにくいのかもしれない。
開けた平地でもなく、足は気付かぬ内に覆っていたらしい魔力がなければボロボロだろう。
そう。
気付いていなかったが、足にも覆っていたらしい。
意識を集中させてみれば、魔力が取られている様が伝わってくる。
今思えば、散々砂利やら木の枝やらが沢山の道を何も考えずに歩けたことを考えれば当たり前だったのだ。
前世で何も考えずに生きてきただけあって、観察力はないらしい。
さぁ、見付かる前に人が沢山いるところに行こう。
今世ではどうだか知らないが、奴隷商売はグレーゾーンに当たる為、大っぴらには出来ない。
人を攫うことが出来るのは、誰もいない所でである。
少しでも今世に前世の影響が残っているのであれば、どこかの集落にでも逃げ込めば大丈夫だろう。
初めは警戒されるだろうが、人目に着いていれば奴隷に逆戻りはしない。
そして国に亡命するのにはリスクが高すぎる。
奴隷商がもし大きな影響力を持っていれば、そちらの味方をする可能性だってあった。
奴隷売買が幾ら褒められた商売でないと言ったって、なければ国は成り立たない。
国の刑罰の一つでもあるのだから。
「って言っても着いた場所がここじゃあ、ねぇ」
思い付く感情の言葉が引くくらいしか見当たらない。
ボロボロで今にも崩れそうな家が数十件。
その内数件は屋根に穴が空いている。
畑は沢山あるが、その内半分も耕せていない。
完全な人手不足だろう。
そして、重要なポイントが一つ。
────最近に建てられただろう新しい大理石の墓が、大量にある。
崩れかけた家には、血の跡が大量に残っており、中には残ったまま処理をしていないだろう場所もある。
流石に初めに訪れる場所がここはないでしょうに、神様。