”6” コインの表裏くらい勘で当てられる気もする
超能力には二種類あるようで、大雑把に言うと『受け身型』と『念力型』に分けられるそうです。
この物語では主に前者が頻出します。
平和な朝のはずだった。
珍しく朝六時前に起きることが出来(幽霊も睡眠をとるのだ)、行きの電車は幸運にも空いていた(もっとも、幽霊なので混んでいようが通り抜けてしまうのだが)。天気はまさに日本晴れで、湿度は適度数値。今すぐ荷物をまとめてピクニックに行きたくなった。
だが、そんなとき。
仲倉が自分の席で授業準備をしている際、「おはようサンデー!」という謎の挨拶が、耳に飛び込んできた。
「予知能力ぅ⁉」 《予知能力ぅ⁉》
僕と仲倉は、佐々木早霧のあまりにもぶっ飛んだ爆弾発言に、思わず声をハモらせてしまった。
時刻は例のごとく朝のホームルーム前。まだ席に着いている生徒がまばらな時間帯だ。
いつもであれば我先にとクラスのイケテルグループの会話に入り込み、常人には到底模倣が不可能な駄洒落でクラスメイト達を笑わせているはずの佐々木が、クラスの中では建前上地味な位置付けにある仲倉に、なんと自ら声を掛けてきたのだ。
まぁ、ただ声を掛けてきたというのであればそこまで珍しいことでもない。佐々木はそのフレンドリーな性格ゆえに、どんな生徒とでも会話を続けることが出来るのだ。――実際、仲倉もこれまで二、三度、話し掛けられたことがある。
もっとも、それは二、三度しか喋ったことがないという意味の裏返しにもなるが。
だから仲倉は、“佐々木にしては”あまり交流のない人間だったといっていい。彼女と二、三度くらいしか話をしたことがないという人間は、決して多数派ではない。
それだけ仲倉が人との交流を絶った人間だということだ。――たったひとりの例外を除いては。
だが、問題はそこではない。
何と彼女は、平日の朝早いだるい時間に、仲倉にいきなり、
『私、予知能力があるの!』
と言ってきたのだ。
「そう、予知能力。――しかも的中率百パーセントの」
佐々木はどこか誇らしげに拳で自らの胸を叩いた。
「でも、そんな話今まで聞いてなかったわよ?」
仲倉がもっともな意見を言った。
すると佐々木は、そんなの当たり前よ、という風に、
「特殊能力ってのはね、ある日空から降ってくるものなの。ぱああっ、てね。――きっと神様からのプレゼントだよ! 今までコツコツお小遣い貯めてきた甲斐があったなー。それともお母さんの家事を手伝ってたから?――まぁどっちにしろ、私ほどの聖職者にこの程度の見返り、今までの善行を顧みれば、むしろ足りないくらいなんだね」
その短い腕を振り回しながら、丁寧にジェスチャーまで加え、聞いてもいないことまで説明してくれた。
「…………」
一超能力者である仲倉も、流石にこれには絶句していた。
無理はなかろう。
「なんかさ、朝起きて、顔を洗って、こう……お茶を注ごうとしたら、冷蔵庫があったの。――うん、そうキッチンに。どこの家にもあるでしょ大体。私の家にももちろん普通に置いてある。――それで、そうしたら、なんだか、『このあと、美味しいものが食べられる』気がしたの。冷蔵庫の中身が見えたわけじゃないんだけど、なんとなく、デジャヴな感じで。――そうしたら、本当に冷蔵庫に、ママが買ってくれたケーキが入ってたってことなんだね」
「ただ忘れてただけじゃないの?」
「違う!本当に知らなかったのっ!」
どすん、と教室のワックスの掛かった床を蹴る佐々木。
「ぐ、具体的には、いつ頃から未来予知が出来るようになったの?」
「えっとね――昨日!」
「ずこっ」
仲倉は本当に『ずこっ』と言いながら椅子から崩れ落ちた。昭和のバラエティーか。
「に……日曜日に手に入れたポケモンを月曜日には学校で自慢しに回る男子小学生? あなたは」
「えっへん」
「なぜ威張るの。――そういう男子小学生はクラスの女子から、『論外』、とか言われて恋愛対象から切り捨てられるのよ」
「でもそういう男子に限って隠れ片思いの娘がいるものなんだね」
「それも一理ある」
床に尻餅をつきながら、佐々木と謎のガールズトークを交わした仲倉は、スカートに付いた薄埃を払い、また椅子に座り直した。
「じゃあ、私と試してみる?」
「うん?」
佐々木がこくん、と首を傾げる。動作がいちいち小動物のようだ。
「今日の昼休み、私といくつか勝負をしてもらうわ。――それであなたが勝てば、予知能力は証明されたことになるわ」
無論、そんなことは万に一つもないだろうけど――と、仲倉の半ば宣戦布告ともとれる言葉。
「ふっふっふっふっ」
佐々木は、まるで漫画の悪役の怪人のように笑った。
「いいでしょう、その勝負、受けて立ちましょう」
だから仲倉サンも早弁しといてくださいね、と、佐々木は言い残し、そしていつものようにイケテルグループの輪の中へと駆けていった。
そのスキップのような足取りは、冒険心に心躍らせる、純粋無垢な子供そのものだった。
――そういえば、何であいつは仲倉にそのことを話したんだろうな……。
と、僕は仲倉の横で思ったりしていた。
そのことを仲倉に話そうと思い、
《あのさ》
と、声を掛けると、
「きゃっ!」
いきなり怨霊の声が聞こえたかのように、仲倉は両肩を上げ、小さく悲鳴を上げた。
《……ど、どうした? 仲倉》
「あ、――何だ融和か……びっくりした」
僕は影薄い男か。
――傷つくなぁ……。
*
そしてついに決戦の昼休みに。
日直の『起立、気を付け、礼』の『気を付け』のあたりでもう、仲倉と佐々木は動き出していた。
仲倉と佐々木は、肩で風を切りながら、教卓の前まで歩いて行き――立ち止まる。
睨み合い。
眉間にしわを寄せ、目元を無理に釣り上げている。
まるで新日本プロレスの試合直前のようにぴりぴりと緊迫した空気。
その圧に圧倒され、弁当を食べようとしていた生徒も、宙で箸の動きが止まり、思わずおかずを弁当箱の中へ落してしまうほどだった。
「今から、ジャンケンをします」
そう言ったのは――仲倉だった。
「三回勝負。相子は数えない。――あなたは予知能力があるから、もちろん全勝よね?」
「それは無理なんだね」
「そうそう、そう来なくっちゃ――って、……え?」
肩透かしを食らった、まさしくそんな顔だった。
「へ? そ、それは、勝負を放棄するってことかしら?」
仲倉が目をぱちくりさせながら言うと、
「それは違いますっ」
と、佐々木。
「じゃあ、どういうこと?」
「私の予知能力は少し特殊なんだよ。私が判るのは、相手の出すジャンケンの手じゃなく――
どっちが勝ってどっちが負けるか
――だけなんだから」
「…………へ?」
一瞬、佐々木が何を言っているのか判らなかった。
つまり佐々木が言いたいのはこういうことだろう、という予想を僕なりにここに述べ綴っておく。
たとえば、仲倉と佐々木が、それぞれパーとチョキの手を出したとしよう。――この場合、佐々木が勝ったのは偶然だ。佐々木が予知出来ていたのは、《自分が勝つだろうということ》だけだ。
他にも、仲倉がグー、佐々木がチョキのときは、《自分が負けるだろうということ》が予知出来、どちらもチョキで相子になった場合、《相子になる》ということが予知可能なわけだ。
あくまでも佐々木の予知能力が本当であった場合、だが。
《――……ということなんだと思うぞ、仲倉》
僕は仲倉に、上記の内容を簡潔に説明した。
「ぁぁ……なるほど」
仲倉は周囲のクラスメイトに不審がられない程度のボリュームで、僕の言葉に返事をした。
「じゃあ、いくよぉ……」
「ああ」
ふたりはなぜか両足を少し開き気味に踏ん張り、右手の丸めた拳を突き出した。
佐々木は少し何かを考えこむような仕草をとると、
「私が勝ちで、仲倉ちゃんが負け」
と予想した。
「さぁい初は――グー」「さぁい初は――グー」
ふたりは息を合わせ、妙に勿体ぶるようにゆっくりと動く。
「――ジャン――」「――ジャン――」
拳を頭上に持ち上げ、
「――ケン――」「――ケン――」
肘を横にひき、パンチ直前のような姿勢。
「――ポン!」「――ポン!」
チョキ対パーで、相子にはならず、すぐに決着はついた。
そのチョキの手の持ち主を目で辿ると……――。
「やったぁ!勝ったぁ!」
「…………嘘」
信じられない、という風に目を丸くして仲倉は自分の出したパーを、まるで手相を視るように見た。
生徒の間で、
「凄い!」
「やるね早霧ちゃん!」
と、謎の歓声が沸く。
――おいおい皆……たかがジャンケンだぞ?
見ると佐々木は、
「いやぁ……これだからスターは、困っちゃうなぁ」
と勝手に照れていた。
これでは偶然ということもあるので、仲倉はもう一度勝負を挑んだ。
「ええ、ええ。何度でもやってやりましょう」
誰の物真似なのか、佐々木は若干鼻声気味で、少し特徴的な喋りをした。
しかし――……。
「勝ちます」
チョキ対グー。
佐々木の勝ち。
「いえーい!勝ったぁ!」
「…………もう一回!」
「勝ちます」
パー対チョキ。
佐々木の勝ち。
「やった!これでもう三回目!」
「…………ワンモア!」
「勝ちます」
グー対パー。
佐々木の勝ち。
「さぁさ、もう懲りて、やめにしない?」
「いやまだ!」
しかし次の予想は……――『負けます』だった。
そしてやってみると案の定、チョキ対パーで、佐々木が負けた。
「やったー勝った!予想で勝った!」
と、佐々木はあえて強調するように踊り煽った。
「ぐぬぬ……」
と、仲倉はよほど負けたのが悔しかったのか、机を拳でバンバンと叩いていた。
小話をすると、「おはようサンデー」というのは、僕の友人の朝の挨拶の口癖です。
この前、男友達と集まって雑談をしていると、
「カップル見るとむかつくよな」
と友達の一人が言いました。
するとそいつは、
「ワッフル見ると腹が減るよな」
と一言。
大爆笑。