”5” 怖い話はまず雰囲気作りから
バウムクーヘンを食べました。
美味しかったです。
時刻は夜の十時。
佐々木早霧は今、友人ふたりと学校にいる。
予め開けておいた教室の窓から、その矮躯な身体を滑り込ませ、侵入したのだ。
なぜそんなことをするのか?――というのは愚問だろう。少年少女は誰しも肝試しをする運命にあるのだ。
「早霧ちゃん……そろそろ帰らない?」
早霧の友人のひとり――慈が、怯えるように早霧を盾にしながら、その袖を引っぱる。
「慈ちゃん暑いから離れて――もう、大丈夫だってば。“六個目までは”全部出鱈目だってわかったんだし」
“六個目”というのは、この淑聖女学園の七不思議のことだ。
彼女たちは今の今まで、『喋る肖像画』、『歩く二宮金次郎像』、『トイレの花子さんならぬ太郎君』などの七不思議を、その召喚法に則って実験していた。
「で、でもぉ……」
「そんな声出さないの」
音を上げる慈に、千歳は厳しく当たった。
三人は横一列に並んで廊下を歩いていた。
皆懐中電灯を持ち、歩みを進める。
どうやら見張りは職を全うしていないようで、彼女たちは思う存分校舎を徘徊することが出来た。
冷たい空気。冷たい校舎。
もう冬か、と千歳はポケットに手を突っ込みがてら思った。
その後しばらくは無言で校舎を歩いた。
校舎が暗いだけに、やけに外の景色が明るく見えた。
――早く帰りたいよ……。
慈はそう思った。
思ってみれば妙な光景だ。普段人の熱気で溢れ返っているはずの校舎が、まるっきり無人である。
――まるで世界に私たちしかいなくなっちゃったみたい……。
と、慈が思い、
――少し感傷的な雰囲気ね……。
と、千歳が感じ、
――まるで貸し切りのディズニーみたい。
と、早霧がはしゃいだ。
渡り廊下を過ぎ、角を曲がった所に、階段はあった。こちらは旧校舎なので、手摺もついておらず、年季の入った印象を受けた。
「きゃっ!」
と、慈の声。
千歳と早霧が驚いて横を見ると、
「じ、G!Gが出たぁ!」
「爺? 仙人でも出た?」
「そんな七不思議あったかしら……」
「何ふたりともふざけてるの⁉ Gが出たんだよ!」
「G? ……やだー、慈ったらエッチな事考えてるの?」
「自慰じゃないよ!」
「もっと部分的な名称で」
「Gスポットでもねぇよ!」
あまりのパニック状態に、珍しく口調が崩れてしまった慈。彼女は、尻餅をつきながら、すぐ近くの床を指し示しながら怯えていた。
かささささっと、黒い小さな物体が廊下を駆け巡った。
「きゃーー!」
失神しそうな勢いで、慈は悲鳴を上げた。
「なんだゴキブリか……」
早霧が呆れたように言う。
ゴキブリはしばらくすると去っていった。
「もうだめ……私もうここにいられない……」
「しっかりしてよ慈ちゃん……どのみちさっき来た道を戻るんだからさ……」
慈に背中を掴まれながら、早霧は言った。それに冷たい視線を送る千歳。
軋む階段を下り、踊り場。
「さ、着いたよ」
と、早霧が鏡の前に立った。
「な……何もいない?」
と、不安げに慈は肩から鏡を覗いた。
そこには、彼女たちの姿が反転して映っているだけだ。
窓からの月明かりに、自分たちの顔が怪しげに光る。
「な、何もいないんだったら帰ろうよぅ……」
「待って」
千歳が言った。
「今から儀式を始めるから、慈は黙ってて」
「ぎ、儀式って……」
「いいから」
厳しい口調で言われ、こくこくと頷く慈。
七つ目の七不思議。
――それは、深夜十時に鏡の前で呪文を唱えると、“鏡の向こう側”の自分に、引きずり込まれてしまう、というもの。
これ以上慈に怖がられても困るので(というか何でついて来た)彼女に入っていないが、早霧の頭の中にはしっかりと情報がインプットされていた。
「それじゃあ、いくよ」
と、早霧は深呼吸をした。
右手の人差し指を鏡に付ける。鏡の中の自分と指を合わせているわけだ。
「鏡よ鏡……そこにいるのは誰?」
その瞬間、鏡が光った。
次回もまた見てくださいね。
じゃん、けん、ぽん。