第83話 そして秋になり
秋。
アルハラの首都クララックは、この一週間、祭り一色に塗りつぶされていた。
農業国であるアルハラの秋祭りは、収穫祭を兼ねていて盛大だ。特にこの首都クララックでは、各所で様々な催しが開かれる。ここぞとばかりに近隣各国から集まった旅芸人の芝居や踊り。教会で神にささげられる歌。食べ物の屋台もあちらこちらで人山を作り、気前のいい宿屋の前では主人が酒や菓子をふるまっては客を呼び込んでいる。
今年の流行りは、イデオンに端を発した新しい芝居だ。
旅芸人たちは千年前の勇者たちの英雄譚を歌った曲に合わせて、華麗に舞った。
髪を黒く染めた美しい女が主人公だった。
女主人公の側には常に、対照的に真っ白な髪をした逞しい男が寄り添う。彼女らを取り巻く仲間たちは時に離れ、時には協力して世界の危機に立ち向かっていった。
地上には魔物が溢れ、空からは今まで見たことがないほど巨大な魔物が、人々に襲い掛かってくる。勇者たちの戦いは困難を極めた。
何度かの激しい戦いの後、ようやく魔物の勢いを止め、巨大な魔物を地に落とした。しかし魔物は必死に逃れ、とどめを刺すことができない。
地中深く逃げ込んだ魔物は、いつかまたよみがえるだろう。
彼女らは託す。未来の子孫たちに。
一人一人の力は小さくとも、手を取り合って。
どうか、どうか……。
歌の終わりに合わせて、黒髪の女は膝をつき、祈る。
音楽は消え、代わりに観客の拍手が響き渡る。
伝説の英雄の活躍に人々は一喜一憂し、熱狂した。
これが、シモンが選んだ方法だ。
俺達を助けるにはどうしたらいいのか。
たとえ森の民を連れ出してアルハラを脱出したとしても、その後はどうすればいい?きっと追っ手はかかるだろう。逃亡奴隷として世間の目も厳しいかもしれない。
だったら森の民の印象を良くすればいい。
そしてシモンは遺跡で手に入れた本をもとにして、いくつかの物語を書き上げた。商業国であるイデオンには、雑多な人種が住んでいる。その街で、この物語は多くの人々に受け入れられた。
シモンの巧みな売り込みで、その物語を原作として歌や芝居が作られ、各地で好評を博した。
文化はイデオンから。その言葉通り、流行りはやがて周辺各国に広がる。そして暑さも盛りを過ぎ凌ぎやすくなった頃、厳格な人種差別の国アルハラでも、庶民の間で噂が広がり始めた。
さすがに黒髪の民が迫害されて苦しむ物語はアルハラでは演じられなかった。しかし流行りの大昔の勇者譚は、受け入れられる。
アルハラでは主人公の髪の色を変えようという話も持ち上がった。けれども女主人公の黒髪、寄りそう男の白髪はそれ自体が物語の鍵だからという原作者シモンとの契約のため、結局はそのまま忠実に再現されることになる。
イデオンから波紋のように広がった古の勇者たちの物語。
それと連動するかのように、ガルガラアドが世界に向けて声を上げた。
これまではあまり他種族と交わろうとしなかった魔族。だが自分たちも勇者の末裔として世界と手を取って歩もうと思う。閉ざされた門を開き、人族とも交流をしたい。
ガルガラアドからの使者はイデオンやサイラード、そしてアルハラに向けても送り出された。
これはレーヴィが働きかけた結果だろう。
アルハラはガルガラアドからの使者を追い返したが、波紋はきっと広がり続ける。
◆◆◆
俺達は一週間前の祭りの始まりに合わせて、この国に入っていた。
内壁の内側にある、ごく普通の宿の四人部屋。大闘技大会を明日に控えた夜、俺とアルとクリスタの三人は宿の部屋でくつろいでいる。芸のできる狐と一緒に。
「どうだった、ポチ。闘技場に侵入するのはやはり無理だったか」
「ぐええ……」
「そうか。まあ仕方ないさ。城壁の内側に侵入できただけでも御の字だぜ」
リリアナは、今回クララックにいる間はずっと、ポチとして過ごしている。
髪の色を魔法で茶色に染めた俺達と合わせるように、真っ白だったポチの毛にも魔法で色をつけた。淡いクリーム色の毛は普通の狐よりも白っぽいが、外を歩く時は祭り用の華やかな衣装を身に着けていて、違和感は感じない。
頭に花飾りをつけて体にふんわりと薄絹を纏わせた狐は、一緒に通りを歩くだけでも投げ銭が飛んでくるほどの人気者だった。
もちろん俺達も外では旅芸人風の装いだ。
雰囲気だけだが。
特に芸ができないけれど、違和感なく歩ければ問題ない。
たまに人に囲まれれば、ポチに普通に話しかける。そのあとポチがお手をしたり観客に愛想を振りまく。それだけでも祭りに浮かれた観客は喜んでくれた。
この一週間ポチを連れて街中を歩き回り、街の様子や道を覚え、脱出経路を確認。そのうえポチだけだが、一度は警備の厳しい城壁の内側に潜り込むことに成功している。
かなり成長して今は犬くらいの大きさだが、細身のポチは到底人の通れない狭い穴をくぐり抜けることができる。
城壁の内側で森の民の閉じ込められている宿舎も見つけることができた。中にいる人質たちとはまだ接触していないが。
ついでに剣闘士の方の宿舎にも侵入できれば好都合だったが、それは無理だったようだ。残念だが仕方ない。
計画の予定は変わらない。
「いよいよ明日だが、問題ないな?」
「おう」
「くえええっ」
ポチは宿のベッドを一つ占領して、楽しそうにゴロンゴロンと転がって遊んでいる。
「要になるのはクリスタだ。頼むな」
「はい」
「くええっ。くあ?」
ゴロンゴロン。
「剣闘士の方は人質が脱出した後だ。そっちはアルと俺で」
「おう。まかせとけ」
「ぐあぐあ」
ゴロゴロ。
……。
気が散る!
仕方ないから立ち上がって、転がるポチの頭を押さえて止めた。
「ポチ、少し静かにな」
「ぐあ?」
緊張感のないポチにつられるように、俺達も肩の力を抜く。
自分のやることはもうわかっている。後は明日考えればいい。
そして眠くならない瞳を無理やり閉じた。
決行は明日。