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第8話 水浴び

 日が上るより少しだけ前。辺りはもうすっかり明るくて、俺は慌てて飛び起きた。

 うっかり寝過ぎれば、槍使いが容赦なくケリを入れてくる……。

 と思ったが、目に見える景色は鬱蒼と茂った森の中で。ああ、そうか。俺はもう自由なんだと思い出した。

 見れば、子狐のポチが焚火のなかに、くわえてきた枯れ枝を放り込んでいる。


「くあ?」

「ああ、ポチ。もしかしてお前、火の見張りとかしていてくれたのか?」

「きゅ!」

「そうか、ありがとさん。じゃあ今からは俺が見張っとくから、寝ていいからな」

「ぐえっ」


 ポチのやつ、寝ればいいのに全然そんな気配もない。川まで走っていったかと思うと、昨日取ってきた黄色い房の果実をくわえて持ってきた。

 小さくなっているたき火に枯れ枝をどんどん足して、果実を食べながら、昨日切り出して焼きかけていたカプロスの肉を、もう一度塊のまま焼く。気温が高いから、そろそろ本格的に干し肉にしなきゃ、やばいかもしれん。


 巨大な肉の塊を放置しているわりには、付近に肉食の獣や魔物は寄ってこない。ということは、ここら辺りはかなり広範囲にわたって、このカプロスの縄張りだったのだろう。付近に他の獣が近付くたびに、あの勢いで追い散らしていたんじゃないか?

 まあ何にしろ、安全に過ごせるのはありがたいことだ。


 焼けた端から肉を食って、腹ごしらえもできた。

 よし。今から干し肉作りだ。

 が、その前に!

 肉を食べ終わったポチを誘って、一緒に川に行った。ゴロゴロ転がっている石の間を流れる水を手ですくって飲む。川の水は程よく冷えていて気持ちいい。そのまま頭から水をかぶって、顔も洗う。左目のまわりがずきずきして、触った感触も少しデコボコしている。火傷を負った時、すぐに治療ができなかったからだろうか。


 もう治らないかもな。治癒魔法も万能ではないのだから。

 鏡を見れば、きっと恐ろしく醜い顔がそこにあるのかもしれない。水面をのぞいてみたが、絶えず流れる波紋に、ぼんやりと輪郭がうつるだけだった。

 そういえば勇者の選定基準には、見た目の美しさも含まれていると言われた。これでもう、名実ともに俺は勇者ではなくなったってことだ。


 そんな、どうでもいいことを考えながら、今度は着ているものを脱いで、真っ裸になった。そして川の中でズボンとシャツを洗う。もう何日前に洗ったか分からない服は、今更白くはならないんだがな。長袖のシャツは左腕が焼け焦げて、半袖になっていた。ズボンはカプロスと戦ったときにできたのだろう、何か所か穴が開いている。


 それにしてもこの川は浅すぎる。身体が浸かれるような池はどこかにないだろうか。今は天気も良いが、そのうち雨も降るだろうから、雨風がしのげる場所だとなお良し。カプロス本体もそろそろヤバくなってきたし、匂いがきつくなる前に、次のキャンプ地を探そう。


「ぴやっ」

「お、どうした?変な声出して」

「ぐえっ!ぐええ……」

「ああ、お前も水浴びしたいのか?ここ、浅いからなあ」


 ぐえぐえと鳴きながらそっぽを見ているポチ。きっともっと深い川でじゃぶじゃぶと泳ぎたいんだろう。分かるぞ、その気持ち。

 大きな岩をいくつか手で取り除けばいいか?。俺が肌着を洗ってる所の横に、ポチが浸かれるくらいの窪みを作ってやった。濁った水はすぐに洗い流されて、ポチにちょうど良い広さの水風呂になる。


「ほら、ここで体を洗えよ」


 ポチの首根っこを捕まえて水に放り込んでやった。


「ぐえ……くえっ!」

「な。風呂はいいだろう」

「くえくえ」


 最初は不満げだったが水浴びは気持ち良いらしく、ポチはバシャバシャと飛沫を上げて遊び始めた。

 楽しげなポチを横目で見ながら、俺は(かたわ)らの浅瀬で、次に肌着も洗う。ついでに身体も、このシャツでこすればいいか。

 シャツを水に浸して体をこすれば、全身は浸かれないがいくらかスッキリする。

 そして……うん。きっとすぐにダメになるな、このシャツ。


 今の自分の持ち物は、この肌着のシャツとパンツ、革の靴と綿のズボンと左腕が焼け焦げた長袖の上着。あとはもうつける意味があるのかどうか分からない、ボロボロの革の胸当て。刃こぼれした大剣と剣を背中に吊るす為のベルトだ。

 大剣はすっかり切れ味が落ちているとはいえ、重さがあって頑丈なので鈍器としても使える。胸当てはほぼ役立たずだがまあ、一応身につけていたほうが良いか。革の靴とベルトはいつまでもつだろうか。

 シャツとパンツは近いうちにぼろ切れになるだろう。が、最悪着れなくなったとしても、街に出るのにはズボンと上着があればどうにかなるな。


 よし。当分のあいだは大丈夫。

 人の住む場所を見つけるのがいつになるかは見当もつかない。そのうち人里に出て行くこともあるだろうが、おそらく随分先の事だろう。その時になれば、金はないが森でとった果物や獣の毛皮や肉を持っていけばいい。そうすれば服や道具など買うことも出来るだろう。

 しかしさすがに裸で店に入るわけにもいかないよな。つまり、ズボンと上着はしばらく封印だ。上着にズボンをくるんで持ち歩き、当分は肌着にパンツで行動だな。


 そして今は、洗ったばかりで濡れている服をその辺に掛けて乾かす。

 つまり、今俺は、素っ裸だ!人がいない森の中ってのは、いいぞ!


「ぐええ」

「なんだ?ポチはなんか不満そうだな?いいからこっちに来いよ」


 首根っこをつまみ上げると、ブルブルっと身を震わせて俺に飛沫をかけてきた。

 そういえば、ポチの頭の傷はどうなったのだろう?そのままジタバタするポチを膝に抱いて、押さえて頭を見た。


 ポチは頭から背中にかけて、白い長いたてがみが生えていて、そのフンワリしたたてがみが、今は頭の傷をすっかり覆い隠している。

 毛をかき分けてよくみると、とんがった耳と耳の間に、少しだけへこんだ傷跡が見えた。その傷口はもう閉じていて、最初の時よりずいぶん小さくなっているので、注意深く見なければ分からないくらいだ。

 この分なら、ポチの怪我は心配も無さそうだな。俺のやけどよりはずっと綺麗に治癒している。


「良かったな、ポチ。きれいに治って、えーっと」


 そのままポチの脇を手で支えて、ぶらーんと抱き上げた。自由になる後ろ足でもがいて、一生懸命抜け出そうとするのが可愛いな。ふふ。

 そしてポチを顔の前まで持ってくると、しっぽの付け根を確認する。

 うん。雌のようだ。そういえば少女の姿に化けてたっけ……


「おまえ、女の子だもんな」

「ぐえ、ぐあ、ぐあああああああ」


 ますます大暴れして、ついには腕から逃げ出したポチ。いったん遠くに走り去ったかと思うと、今度は助走を付けて俺に体当たりしてきた。しかも頭突きの後で、思いっきり顔を引っかくとは!

 何を怒ってるんだ?

 わからん。


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