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第68話 王冠の焼却とエフィムの話

「新しき王は……」

「その子は、わ、私の子供です!」


 ギードが口を開きかけた時、縛っていた女魔族の中の一人が声を上げた。

 ごく普通の魔族の若い女で、子供とは全く似ていない。だが起き上がれずに転がったまま、この険悪な雰囲気にもかかわらず俺たちに訴えている様子は、その場逃れの嘘とも思えない必死さだ。

 そんな彼女の声を聞いて、リリアナの腕の中の子供はまた声を上げ、足をばたつかせて暴れる。


「放せー、はーなーせー!」

「その子は私が小さい時から育てた、大切な子供なんです。決して意志を奪おうなどとは思っておりません」

「放せったら。ママ、ママーっ」


 魔法はリリアナに封じられているのだろう。小さな王は普通の子供のように泣いて暴れていた。


「いろいろと複雑すぎて、整理しないとこんがらがっちゃいますね」


 シモンがそう言えば皆、深くため息を漏らし、肩をすくめる。


「どうだろう。もし、君たちがこれ以上暴れないと約束するなら、私たちも抵抗はせずに君たちを客人としてもてなそう。そこにいる者たちの拘束を解いてもらえないだろうか。この状態で冷静に話し合うことは難しいだろう。我らとて、リリアナ様と戦う気はない。まともに戦ってはこちらも無事には済まぬからな。抵抗はしない。このギードの言葉を魔族の総意と信じてもらえるならばだが」

「リリアナはどう思う?」

「うむ。ギードがそう言うのであれば……私は信じよう」


 そんなことになるんじゃないかと思ってました、とシモン。まだ動けない魔族たち一人一人に、暴れないようギードとドグラスが言い聞かせながら拘束を解く。シモンやカリンとレーヴィもそれを手伝って後についていった。

 大きな城のわりに、中にいる魔族の数は少ない。魔族は個人個人が戦士としても魔法使いとしても優秀で、日常の業務の多くを魔法で器用にこなす。それは種族の総数が少ない国ならではの進化の仕方かもしれなかった。

 魔法使いとして優秀な彼らだったが、その多くは魔力を抜かれ、動けずに床に転がっている。そんな彼らに事情を説明し、ほんの少しだけ魔力を分け与えていった。

 そのほとんどが、納得いかない顔をしながらも、宰相の言葉にうなずく。そしてリリアナを見ると一様に、目を見開いて息をのんだ。


 ◆◆◆


 話し合いに向けて、一番説得が大変だったのは今代の勇者クリスタだった。

 彼女は父親も勇者だったため、この城で亡くして、さらには今は弟を人質に取られている。そんな彼女がようやく大人しくなったのは、ギードの言葉を聞いてからだった。


「九年前の刺客がお前の父親か。あの男は強かったぞ。この城の者も十人以上殺された」


 魔族は人ではない、人の形をした魔物のようなものだ。アルハラで生まれたクリスタは、そう言い聞かされて育ってきた。しかしこうして面と向かって話をすれば、やはり同じような人間だとわかる。そんな相手を父は十人以上も殺し、自分もまた、殺しにやってきた。自分の置かれた状況をようやく認めて、彼女は口をつぐむ。

 魔物ならいくらでも殺してきた。闘技場は俺たち奴隷にとって日常だったから。しかし実はアルハラも、闘技場での人同士の殺し合いはほとんど行わない。その意図が何であるにせよ、だ。クリスタは外の盗賊の制圧に行ったことはなかったから、今まで人を殺したことがないだろう。

 魔物の一種だと思っていた魔族は実は普通の人間で、正義の勇者だと思っていた父親はここではただの無法者の暗殺者だった。それは受け入れがたい事実で、だが圧倒的な説得力を持って彼女の口をふさぐ。

 彼女にとって、今ここが、初めて見た外の世界なのだ。


 しかしだからと言って、簡単にはあきらめられない事情もある。

 前回の勇者である俺が、どうやら生きたままこの城から逃げ出したらしいというのは、アルハラの上層部の耳に入っている。だからこそ明確な人質のいるクリスタが勇者になったのだ。弟を生かしたければ絶対に逃げ出さないように、最後まで戦って死ぬようにと言い含められていた。


「ならば……ならばいっそ、ここで私を殺すがいい」

「うむ。アルハラの刺客は融通が利かんな。毎度毎度、迷惑なことよ」

「すまんな。俺も半年前に迷惑をかけた」

「いや構わんよ。けが人こそ出たが、君は足が速いばかりで一人も殺せてないからな。リリアナ様が無事と分った今、君に恨みはない。そんなことよりもまず、あの王冠のことだが……」


 話し合いは王の間で行われている。急遽運び込まれたテーブルに着いて俺たち五人とクリスタ。魔族側には宰相のギードとドグラス将軍、子狐少年王のエフィム、その母親と名乗る女、書記官らしき男と、兵士らしき女がいた。

 そして、王座にはいまだに触手がうごめくままの魔道具が放置されている。ギードの言葉にみんな一斉にそちらを見た。


「気持ち悪い魔道具だ」

「本当ですね。あれを頭に載せるのは、僕もちょっと嫌ですねえ」

「いや、戴冠する前は普通の角型の王冠だったのだ。あんな気持ちの悪いものではなかった」


 その魔道具が何かは、城を回る間に話しておいた。ギードの言葉を信じるならば、今うごめいているのが、最後の一つだという。


「あれは、燃やしてしまってもよいかの?」

「もちろんです、リリアナ様。そんな危険なものを今まで……まことに申し訳ありませんでした」

「よいよい。知らなかったのなら気にするな。ここでの思い出は悪いことばかりではないからのう」


 そういうと、リリアナは席を立ち、王座に近寄った。

 短い詠唱と共に彼女の手に現れた炎は、ふわりと宙を舞う。そして王座のクッションの上でうごめく王冠に届くと、バフッと音を立てて燃え上がった。


「ギュエエエエォゥォウウオォ」

「ひええっ」


 気味の悪い悲鳴のような王冠の燃える音に、シモンが飛び上がって変な声を出す。

 王座の周りに置かれていたクッションも巻き込んでひとしきり燃えた後、やはり何ひとつ残さず、王冠の魔道具は無事消滅した。

 そして残されたのは、装飾も燃えてただの石造りの椅子となってしまった王座だけだ。


「しかしそこのおチビさんはどうしてここにいて、そして王になったのじゃ?私がここにいた時にはまだ城にはいなかったであろう」

「それは彼女から話してもらおう」


 母親と名乗る女は緊張で硬くなりながら、話し始めた。

 彼女とエフィムとの出会いは三年前の夏、山の中でのことだった。その時はまだほんの小さな子狐姿で、怪我をして倒れていたのを偶然彼女が救ったのだ。

 てっきり真っ白いだけのただの子狐だと思った彼女は、家に連れ帰って手当てをし、そのまま飼い始めた。子狐は何でもよく言うことを聞き彼女に懐く。ちょうど子育てを終えて寂しくなっていた彼女は、家の中で子狐を我が子のように育てていた。それから二年後のこと。子狐がいきなり少年の姿に変わったのだ。


 子狐が少年に変わった後もしばらく、彼女は少年を隠し育てた。エフィムと名乗ったその少年は山で魔物に追われて怪我をしたのだが、すっかり治った今も助けてもらった恩を返すまでと言って、彼女のそばを離れようとはしない。

 事情が変わったのは、リリアナが失踪したからだ。

 エフィムがリリアナと同じ幻獣様だと気づいていた彼女は最初、引き離されることを恐れて家に隠していた。しかし混乱する国内の様子にいたたまれずに、エフィムに相談して城へと案内することに。

 リリアナが消えたことにショックを受け沈み込んでいた人々は、エフィムの登場に歓喜する。幻獣様はもともと神のごとく王座に据えられている存在だったので、子供だからと言っても王座に据えることに反対は出ない。

 エフィムが絶対に離れないと言い張ったため、三年間育てた彼女を側仕えに召し上げ、二か月前にようやく戴冠したのだった。


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