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第67話 宰相のギード

「くあ?」

「くえっ」

「ぐえ?ぐああ」

「くあっ、ぐあー」


 ポチとチビ狐の会話は何か全くわからんが、心がほっこり温かくなるな。

 このままずっと見ていたいが、そうもいかない。

 まずは部屋の中に転がっている魔族たちを、部屋の中にあるもので簡易に縛っていった。この部屋の中に居るのは女ばかりだ。皆、魔王である子供の世話係なのだろう。魔力が空になった者はすぐに動くことはできないが、じっとしていればやがて回復する。

 子供を守ろうとする女は、何をするか分からんからな。すまんが拘束させてもらう。

 この国の指導者との話し合いが終わるまでは、暴れないでいてほしい。


「ぐえええっ」


 俺が魔族を縛っていると、チビ狐が駆け寄ってきて引っ掻こうとした。前足からはピリピリと、魔力で生み出された雷が放電している。

 これは……小さいからとて、油断はできないか。ポチの同胞だし、魔法は使えるようだ。

 受け止めずに避けると、すぐにポチが駆け寄ってきてチビを押さえこんだ。


「くえ、くえええっ」

「ぐえ……」

「きゅっ」

「なあお前ら、何言ってるかわからんが、仲良くしろよ?チビはポチの言うことをちゃんと聞くんだぞ?」

「ぐええええ」

「くえ!」


 チビは不満そうだ。それに対してポチはすっかり大人の余裕を見せている。


「……とはいえ、本当に何言ってるか分からんな。ま、いっか」

「我らが王に、無礼な!」


 年長者らしき女が声を上げた。

 本当に、新しい魔王はリリアナの時よりはずいぶん大切にされているらしい。

 ぎゃんぎゃんと騒ぎ始めた女たちだったが、ここで言い争う時間ももったいない。彼女らは一か所にまとめて転がしておくことにした。


「さて、問題のこいつだが……」


 王座の周りに置かれたクッションの上で、あの気味の悪い黄金の角がうねうねと触手を動かしている。


「やっぱりこいつ、気持ち悪いな。正直、俺だって近付きたくないぞ……」

「リクさーん、責任者らしき人を、連れてきましたよー!」


 気の抜けるような、シモンの朗らかな声が室内に響いた。今までぎゃんぎゃんと喚いていた魔族の女たちが、入口に目をやり、入ってきた者の顔を見て口を閉じる。

 シモンが気を失ったクリスタを肩に担ぎあげていた。その後ろからカリンとレーヴィが、後ろ手に縛った二人の年配の男を連れて部屋に入ってくる。


「リクさん、無事でしたか」

「ああ。シモンもカリンもレーヴィも、無事か。良かった」

「城の残りの者たちは、まだ当分動けないと思います。念のためこのあたりに倒れていた者は、その辺の部屋に放り込んでいます」

「そうか。そいつらが動き出す前にさっさと終わらせるとするか」


 さて、話し合いのお時間だ。


 ◆◆◆


 リリアナの魔力吸引は敵味方、人や動植物の区別なく広範囲にわたって効果を及ぼす。吸引される魔力の量は一定なので、魔力量が人族や魔族よりも桁違いに多い俺、クリスタ、そしてリリアナの同族であるチビ狐にはあまり効果がない。

 しかしシモンたちには魔族同様、動けなくなるほどに効いたはずだ。

 そんな彼らを助けたのは、リリアナが渡した髪の毛入りの魔石だった。大容量の魔力を蓄えた魔石を身に着けていたシモンとカリンとレーヴィの三人は、いったん倒れたもののすぐに魔石の魔力で回復する。

 そして、その魔石を使って魔族の男を二人起こすことにした。話し合いのためにここに連れてきた、その二人は……。


「久しいの、ギード、それにドグラス将軍」

「……リリアナ様」


 チビ狐を落ち着かせたポチが、人化して戻ってきた。腕の中にはやはり同じように人型に戻った新魔王を抱きかかえている。というか、ギュッと抱きしめていて、子供はその腕の中でバタバタと暴れているんだが。

 ギードと呼ばれた男は、リリアナの姿を見たのち、俺に目を移し、口を開いた。


「君がリーダーかね?見たところ、アルハラからの刺客のようだが」

「リーダーって訳じゃないが、俺が話をしよう。ギードさん」

「うむ。ではすまぬが、この腕の紐をほどいてはもらえんかね?なに。話合いできそうな相手に、今更抵抗などせぬよ」

「……そうだな」


 縛っていた紐をほどくと、ギードは少し肩を回して、それから頭を下げた。


「要求を聞き入れてくれて、感謝する。私はこの国の宰相をしているギード・ハルネスという。君は……リリアナ様と一緒のところを見ると、半年前に来た刺客かね?」

「まあ、そういうことになるか。リクハルドという」

「今回は、半年前の続きなのかね?君たちにとって討つべき魔王は、そこにいらっしゃるリリアナ様だろう」

「ふふ。ギードは相変わらずじゃのう。回りくどい皮肉など、リクには通じぬぞ。単刀直入に申せ」


 リリアナがそう言うとギードは、やれやれと小さく首を振ってから話し始めた。


「要求は何だ?君たちアルハラの人間には、正直迷惑している。こうして何度も何度も城に刺客を送り込んできて、抗議すれば『そんな者は知らない。我が国に黒髪の国民などいない』の一点張り。実際にアルハラの国民には黒髪の者はいないし、我々は刺客を単独犯として裁くしかない。だが実際君たちはアルハラから送り込まれてきたのだろう?こうして我々に勝った今、要求は何だ?」

「一つ断っておくが、今回に限っては、俺たちはアルハラの手先ではない。だから要求は……。要求か。一つあるな。あいつだ」


 俺が指さした先にあるのは王座。


「王になりたいと、そう申すのか」


 吐き捨てるようにギードが言い、隣にいるドグラス将軍が不穏な雰囲気を纏い始めたので、慌てて否定する。


「いやいやいや、王になどなりたいわけがない。あの魔道具、あれを破棄するのが俺たちの目的だ」

「魔道具……王の冠か」


 改めて王座のほうに目を凝らしたギードとドグラス将軍は、魔道具の根元でうねうねと動く触手を見て、息をのんだ。


「な、何なのだ、あの気味の悪いものは」

「何なのだって、お前たちが言うのか?あれを使ってリリアナを百年も支配していただろう。そして今はこんな小さな子供に」

「支配など……支配などしておらぬ。あれはかつて、幻獣の王にふさわしい冠をと作られた特製の……たしかにいちどつけたら外れないような仕組みになっているとは書かれていたが……」


 呆然と魔道具を見やる二人に、魔族にはもうこの魔道具の詳細は伝わっていないのだと知る。これが作られたのはリリアナの前の魔王、イェスタの時代よりもさらに昔のことだ。幻獣よりも寿命の短い魔族たちであれば、何度も代替わりしたことだろう。リリアナですら、ギードが生まれるよりもずっと前からすでにここで魔王だった。情報が失われるには十分な時間なのかもしれない。


「あれは、角を持たない王にふさわしい冠を、と作られたと聞いていました。外れにくい仕組みになっていて、とても豪華で美しい、幻獣様にピッタリの冠だと。リリアナ様もそれを外そうとしたことはありませんでしたし、今までは我が国の守護神としてここを守って……自ら守っていてくださったのだとばかり。なのにいきなり姿を消されて、我々国民は深く悲しみました。しかしあの気持ちの悪いものは一体……」


 混乱しているのか、ギードが切れ切れに纏まりなく漏らす言葉から、何となく今のガルガラアドの現状が見えてくる。


「あの冠はのう、我々の意志を奪う傀儡の魔道具じゃ」

「しかし、リリアナ様は普通にお話もされていて……確かに不機嫌なことは多くございましたが……」

「言いたいことが上手く言えねば、不機嫌にもなろう」

「そんな……」

「百年前、山から攫われてここに来た。ここにいる間、ガルガラアドの皆が私に良くしてくれたのは分かっておる。だが私は自由になりたかった。子供のころ、山で自由に駆け回っていたあの頃のように。ところでの、ギード。聞かねばならぬことがある」


 声を荒げるわけでもなく、ただ淡々と、リリアナはギードだけを見つめて聞いた。


「私の自由を奪っていた自覚がないのは分かった。ならばこの子はどうしてここに居るのかの?」


 リリアナの腕の中で、子供は今も足をバタバタさせて暴れながら、放せ、放せと叫んでいる。ほんの五、六歳にしか見えない小さな真っ白い子供。


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