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第61話 アルハラ国に入る

 雪をザクザクと踏みしめて隊商が街道を進む。

 首都ブラルの南側にある海沿いの街道は比較的暖かいが、そこにも雪が積もり始めた。本格的な冬の到来だ。

 イデオンから東に向かうとアルハラ、そしてそのさらに先にはガルガラアドと、一応道は繋がっている。だがアルハラとガルガラアドは今、国同士の緊張感が高まっていた。原因はもちろん、ガルガラアドの魔王をアルハラの勇者がさらって消えたからだ。アルハラは身に覚えのないことだと言い放ち、ますます関係を悪化させた。そのため今は、街道はアルハラまでしか行けない。

 冬でも交易を続ける商隊の後ろにくっつくようにして、俺たちもアルハラへと入ろうとしていた。


「ねえ、変ではないでしょうか?」


 そう不安げに呟いたのは、豪華な金髪を背中で無造作に括った美しい女だ。

 茶色のメガネが大人しそうな印象を与える。

 カリンだった。幻影眼鏡で変装したカリンと、髪を金色の染めたリリアナは、姉妹のようにも見える。


「似合ってるぞ」

「だったらいいのですが……」

「あ、みなさん、もう国境ですよ!」


 弾むようなシモンの声に、カリンも不安な表情を隠して笑顔を浮かべた。

 イデオンとアルハラの国境警備は、さほど仰々《ぎょうぎょう》しくはない。街道の両脇にアルハラの兵が立って見ているが、声をかけられることもなく通り抜けられた。


「今は魔族の方がいる場合だけ、止めて調べているそうですよ。無事入れてよかったですね。さあ、もうちょっと頑張って歩きましょう!」


 アルハラに入ってすぐの町は大きく、ブラルとの交易に賑わっている。前を歩いていた商隊も街壁に囲まれた町に入っていった。だが俺たちは街道を、そのまま先へと進むことにする。しばらく歩いて、日が落ちる前に街道沿いにいくつも点在する町のひとつに入った。小さな町や村は強固な石造りの外壁に囲まれたりはしていないが、ここは周囲をぐるっと木の塀で囲んでいる、比較的しっかりした作りの町のようだ。


 ◆◆◆


 冬は街道を旅する客も少ないので、宿はすぐに見つけることができた。俺とシモン、リリアナとカリンの二部屋に分かれて部屋を借りる。晩飯は宿の食堂で良いだろう。


「お客さん、この時期に来るとは、通だね。え?初めて?そりゃあ運がいいですな」


 グラグラと煮立った大きな鍋をテーブルに置いて、宿屋のオヤジが言った。


「食べ方は分かりますかい?」

「うわー、これ、雪山鍋ですよね?初めて見ました」

「そうです、そうです。難しいこたあない。鍋には魚と団子がたっぷり入っていますからな。このタレに付けて、あとは食べるだけでさぁ」


 じゃあ皆さん喧嘩しないように、と言い残してオヤジは奥へと戻っていった。

 テーブルの上に置かれた鍋は、まだ煮立ったままだ。白い湯気が湧き上がり、いい匂いが広がる。


「これ、雪山鍋と言って、この辺りでは有名な料理なんです。料理というか、この鍋自体の名前なんですけどね」


 四人でひとつの鍋をつつきながら、シモンの話に耳を傾けた。


「昔、この国の魔道具職人が、山奥の村で修行していた時に考えたんだそうです。冬になると雪に閉ざされ外に出れない村で、せめて食べるものくらいは熱々の物をって思ったんだそうです。その人は作った鍋に魔法陣を刻み、魔石を組み込んでみました。試行錯誤の結果、出来上がった鍋は火をおこしにくい場所でも問題なく使えたので、雪山ではとっても便利で評判に。男はこの鍋を作ってひと財産築き地方領主になりました」

「ほう」

「鍋は国中に広まり、それを使った料理が国のあちこちで独自に発達したんです」

「なるほどのう。雪山鍋と言っても、違う町に行けば違う料理が出てくるのかの?」

「ええ、そうなんです。ここは海に近いですから、魚介が入ってますし、タレは魚醤を使ってますね。奥地のほうだと肉と山菜が入っていて、首都で多いのは白いクリームにつけて食べる雪山鍋らしいです。ふぅっ、おいしい!」

「そうだな。確かにうまい。しかし熱いな」

「ええ、熱いですよね。あ、クラーケンだ、早い者勝ちですよ?いただきっ!」

「なにっ!それは今、私が食べようとしていたのじゃ!」


 リリアナとシモンの醜い争いを観戦しながら、俺達は熱々の鍋の中身を着実に減らしていった。立ち上る湯気に、眼鏡のカリンは少し食べにくそうだったがな。


 一度部屋に戻って、俺とシモンは二人でもう一度、宿の外に出た。

 小さいながらも宿場町だけあって、あたりが暗くなると街灯がともり、街道に近い場所にはいくつか酒場もある。

 なかから楽しそうな騒ぎ声が聞こえてくる店を選んで、席に着き、酒を注文した。


「皆さん、楽しそうですね」

「ああ。祝い事でもあったのか?」

「あら、お客さん。まだ知らないの?」


 ちょうど酒を持ってきた女の子が、トン、トン、トンとリズムよく酒の入った杯とツマミの皿をテーブルの上に置きながら話しかけてきた。

 空になった盆を胸の前で抱きかかえながら、小首をかしげている。


「ああっ、分かった。お客さん、イデオンの方から来たのね?ブラルには行ったことがある?」

「ええ、ブラルの町も見てきましたよ」

「まあ素敵!あそこの市場ってすごくおっきいのよね?どんな髪飾りがあるのかしら。行ってみたいわぁ」

「アクセサリーのお店もたくさんありましたよ。今は緑色の花の髪飾りが流行ってるみたいです。通りを歩いているお嬢さんも緑色の花の飾りを身に着けていましたよ」

「ほんと?わあ、ありがとう。幸運の緑色の花飾りね。ふふふ。誰かに買ってきてもらおーっと」

「ところで何のお祝いなんだ?」

「え?ああ。昨日発表があったのよ。もうすぐ勇者様がガルガラアドの魔王を倒しに行くんですって。少し前にも一人、勇者様が旅だったんだけど、憎っくき魔王に倒されたの。だから敵討ちをするようにって神託が下りたのよ」


 彼女はそう言うと、芝居がかった様子で天井を見上げた。


「今から首都に行けば、パレードも見られるかもしれないわ。私も休みを取っていきたい!ねえ、お客さん、連れて行ってよ。うふふ、冗談よ!では、またご注文があったら呼んでね」


 ひとしきり喋ったあと、笑いながら手を振って彼女は奥へ戻っていった。

 そのあとはシモンと二人、あたりさわりのない話をしながら、周りの人々の会話に耳を澄ませた。

 楽しそうに話しているのはアルハラの住民だろうか。今度の勇者様なら大丈夫だと、杯を傾けながら唾を飛ばして叫んでいる。

 勇者の出陣は二週間後に迫っていた。

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