第60話 ブラルお買い物レポ
首都ブラルで一番店が集まっていて人通りも多いのは、中央市場だ。
ほぼ正方形に近いこの町の中央に位置し、その真ん中にはレンガ造りの大きな建物がある。敷地はかなりの広さがあるが、四階もの高さがある建物はこれひとつなので、遠くからでもよく見えた。その建物を中心に、広場が四方を取り囲み、東西南北の広場はそれぞれ特徴のあるフリーマーケットになっている。
フリーマーケットの売り場は規則正しく区切られ、商業ギルドの管理のもとにギルドに所属している商人に貸し出される。壁はないけれど屋根と床がある売り場スペースは、いくらか出店料が高い。出店料が安く屋根も床もない場所には、簡素なテントが並び、通路にはみ出さんばかりに商品が並べられていた。
多くの店は長期契約で、ずっと同じ場所を確保していることが多い。何度も通って顔見知りになれば、それなりにお得な話が聞けたりもする。
小規模な店はずっと出店する余裕もないのか、毎回見るたびに違う店が入っている場所もある。何度来ても飽きずに見てまわれるのはいい。
特殊な武器も近隣諸国の珍味も、何でも売っていて、
「ブラルの中央市場で揃えられぬ物はない」
などと他国でも言われている、名実ともに世界一の市場だ。
そんな市場の中を寄り道もせずに通り過ぎながら、シモンが元気にしゃべり続けている。
「ですから、今日も中央市場のお店に行くと思うでしょう?それが違うんですよ。中央市場で商いをしている店の半分以上は、ブラルの別の地区にちゃんとした店舗を持っているんです。それがいわゆる、本店です。倉庫も兼ねていまして、保管も厳重ですから、高価な商品は本店に置いていて、市場のお客様から注文があれば、取りに走ったりもします」
時々振りかえって得意げな顔で説明しながら、シモンがずんずん前を歩く。
「冒険者ギルドで聞いたんです。変わった魔道具をたくさん置いている店ですって。使用用途が限られているためか、あまり売れないらしく店構えは小さいんですが、面白い物があるみたいです。その店、中央市場には売れ筋商品しか置いてなくて、護身用の雷の杖や、服の汚れが綺麗に落とせる洗い桶とか。あ、あと、新鮮な魚を数日入れておくと何故か美味しくなる箱なんていうものもありまして、そっちも僕としては面白いと思うんですけどね」
そんな話を聞きながら向かっているのは、中央市場を通り過ぎた先の、町の南西にある商店街だ。西のほうには、イデオンの王城が見える。王城の手前にある高級住宅街は入りにくい雰囲気をかもしていて、俺たちは王城を遠くに眺めながら通り過ぎた。
高級住宅街のすぐ外側と、その南にある商家の多い住宅街との境には、何軒もの大きな商店が軒を連ねている。
そしてその一本裏手の通りには、本当に小さな店がぎゅうぎゅうに並んで建っていた。
そのうちの一軒の前で立ち止まると、シモンは腰に手を当てて来るまでに何度も繰り返した注意をもう一度言う。
「ここです。いいですか。狭い店ですので、気をつけてくださいね。騒がない、走らない、商品を勝手に使わない!」
「うむ。もう、わかったのじゃ」
うんざり気味に返事をするリリアナだったが、ここまでの説明に期待も高まっているのだろう。シモンを追い越してさっさと店に入っていった。
「あ、待ってくださいよ、リリアナさん。僕も行きますからっ」
「ふふ。では私たちも入りましょうか」
「ああ」
入り口の戸を開けると、想像よりもずっと明るい店内だった。見れば、あちらこちらに明かりの魔道具が置かれ、室内を程よく照らしている。
ほかに客はいなかったが、俺達が四人入っただけでもう狭苦しい、小さな店だった。
店に入ったときには店員は見当たらなかったが、すぐに奥の扉が開き、小柄で眼鏡をかけた真面目そうな女が出てきた。
「いらっしゃいませ。あら、シモンくん」
「マリさん、こんにちは。今日はみんなで魔道具を探しにきました」
「ありがとう。ここには私が作った試作品しか置いてないのよ。使えるものがあるといいけど。一応どんなものか説明は書いてるけど分からなかったら聞いてね」
そう言うと、マリはさっさとカウンターの向こうで椅子に腰かけて、手に持っていた本を読み始めた。
左右の壁は作り付けの棚になっている。一応下のほうには大きなものが、上のほうの棚には小さなものが並べられていたが、形も用途もバラバラらしく、雑然としていた。商品の前には一つ一つ、小さな紙が置かれている。
『口の中に入れると水が飛び出し、歯を清潔に保ちます』
『温かい風が出て髪を乾かします』
『モップの先が回転して掃除が楽!』
はたして必要なのかどうか。髪など放っておけば乾くだろうに。
他にも使う場面が想像できないものが多い。
「……よく分からない物が多いですね」
「いろいろあるのう。ほう、『風呂に入れると渦ができて面白い』……店主、これは何に使うのかの?」
「はい?ああ、それはですね、お風呂に入れるんです。その小さな穴から風魔法が噴き出しまして、お風呂の中で泡がぐるぐると渦になります」
「それでどうなるのかの?」
「面白いです」
「うむ?」
「えっとですね、お風呂に渦ができたら面白いだろうなって思って作ったそうです」
「……なるほど」
凄いのかそうでもないのか、よく分からない。だが色々なものがあって店内を捜すのは面白かった。そんな商品の中から、変装に使えそうなものをいくつか探し出してカウンターに置く。
座って本を読んでいたマリが、立ち上がった。
「ああ、こんなに買っていただいて、ありがとうございます」
「一応、説明してほしいのだが」
「もちろんです。これは幻影眼鏡。どちらも女性用ですね。掛けるだけで使えます。えっと、黒縁の方は茶髪で地味な三十歳人族女性に見えます。こっちの茶色のほうは、金髪美人の二十歳人族女性です。かなり美人ですよ。服や体型などは変わりません。変わるのは顔と全体の印象だけです。身につけている間は魔力は常にご自分から吸い取られます」
それは見たことのある眼鏡だった。クラーケン漁船で出会ったレーヴィ。彼……いや、彼女の掛けていた眼鏡に機能がそっくりだ。
「これを、俺が掛けたらどうなる?」
「あなたが……ぐふっ。……ちょっと背が高いし筋肉質かなとも思いますが、お、お似合いかも……。ご心配なく。お客様の趣味に関しては口外いたしません」
口に手を当てて、必死に笑いをこらえているマリに、少しだけイラっとする。
「ふむ。もしや、魔族の姿になれる眼鏡もあるのかの?」
「ええ、ありますとも。今あるのはこれひとつだけです。魔族の一般的な二十代男性のお顔ですね」
「ほうほう」
「この国は人族が多いですので、幻影眼鏡はどちらかと言うと魔族の方が人族の姿になる物をお買い求めになります」
「なるほどのう」
「けれど職人が偏屈ですので、気まぐれにしか作らなくて、数がほとんどないんですよ」
マリの説明を聞きながら、眼鏡を三つ買った。他にも幻影シリーズとして存在感が多少薄くなるマント、足が長く見える靴、髪が薄くなるカツラなどあったが、どれも使い勝手は悪そうで、マントだけ一応二枚買っておいた。




