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第52話 同胞の行方

「ポチ!」

「リリアナ様!」


 地面に置いた荷物をひっかかえて、ポチが消えた砂浜へ駆け寄る。少しばかり掘っても砂ばかりで何も見えないが、この下にはきっと転移陣があるはずだ。


「カリン、もう動けるか?行くぞ」

「ああ、大丈夫だ」


 ヘタっていたカリンも立ち上がり、リリアナの服をまとめてリュックに放り込む。砂浜に来るカリンを待つ間に武器を手に、改めて魔力を身体全体に巡らす。身体強化は呼吸するように自然にいつも行っているが、こうして意識して巡らせば、効果も上がるのだ。

 ……と、カリンの向こう、さっき出てきた森からひとつの気配を感じた。


 隠れていたそいつは、俺に気付かれたと分かったとたん、堂々と茂みから出て、歩いてくる。


「よお、ご同胞!」


 そいつは、俺たちの家を壊して逃げた、あの奴隷だった。

 雑にまとめてくくられた黒髪に、整った顔。俺よりは年上に見えるから、三十過ぎくらいだろうか。

 人好きする笑顔を浮かべながら歩み寄ってくる男に、俺とカリンは油断なく武器を構える。


「おっと。待ってくれよ」


 男は動じない様子で変わらず笑みを浮かべていたが、いつでも戦いに移れるよう身構えているのは分かった。


「なあ、話を聞いてくれよ。俺はお前さんたちに、別に何も悪いことはしてねえだろ?」

「……俺の家を壊しただろ」

「けっ、ちっちぇー男だな。そこは風通しを良くしてくれてありがとうございますと……って、おいおい、ジョークだって」

「要件は何だ、さっさと喋れ。俺たちは行かなきゃならないところがある」

「それそれ。俺の要件もそれなのさ」


 男は取って付けたような笑顔を消した。そこにはただ冷たく感情の見えない、彫像のような男が、冷え冷えとした雰囲気を纏って立っている。


「お前、髪の色は変えてるが、俺たちの同胞だよな。仲間を助けてえんだ。協力してくれ」


 協力してくれ。そう言いながらも男は、射るような眼で俺を睨み、答え次第ではすぐに襲いかかってきそうだった。


「詳しく言え」

「俺は五年前まで、イリーナの森にある、最後の集落に住んでいた」

「最後の……」


 魔の森。おれたちがイリーナの森と呼んでいた此処には、森の民の集落がいくつも点在していた。皆、アルハラの奴隷狩りから隠れるように気を配っていたし、短い期間で村ごと移動していたので、俺は詳しく場所を知らない。しかし十年前に俺が捕まったとき、まだいくつか村は残っていたはずだ。

 しかし、男が捕まったときはもう、他の村は全滅していたという。幾人かはイデオンに逃げて無事に市民権を得ているが、ほとんどの同胞はアルハラで奴隷となっている。


「俺は捕まった時にもう二十七でな、勇者にするには歳を食いすぎてるからって、怪しげな組織に売っぱらわれたのさ」


 男は本名を名乗らなかったので、組織の中では「ノア」と呼ばれていた。非合法のその組織は、幹部がアルハラ国と繋がっている。日頃は野盗として生業を立てていたが、時にはいくつかの国で暴動を起こすような、破壊工作もしていた。

 身体強化が得意な森の民は、奴隷としては戦わせてよし、肉体労働させても有能であったが、反抗されては危険なため、いくつもの枷や見張りを付けられている。男もまた、一族のものを人質に取られていた。

 組織の中にいると、ごくまれに同胞の様子が漏れ聞こえることもある。大抵はさげすむ言葉と共に人族が吐き出す罵声の中に含まれている情報だったが、男は丁寧にそれを拾い集め、今の状況を知った。

 森の民の多くは、アルハラのなかのとある城に集められていること。

 利用できる者は利用するが、反抗的で管理が難しい者は次々と殺されている事。

 勇者役としてガルガラアドに送り込んだ同胞が、魔王を倒して行方をくらましたこと。

 そして……自分の枷になっていた一族の女が、すでにこの世から居なくなっていることも。


「だから、俺は逃げ出すきっかけを探していた。そこにちょうどあの騒ぎだ。お前らには感謝してる」


 そう言いながらも男は、氷の表情を崩さない。


「俺はせめて、生き残った仲間を救い出したい。全員をなんて、そんな甘っちょろいことは思っちゃいねえ。たった一人でも二人でもいい」


 もしも逃げ出せなかった同胞が全員死んだとしても、俺はその方が幸せだと思う。そう言った男は、一瞬顔を歪めたが、すぐに冷静になり、話をつづけた。


「ここに、遺跡があるという伝説を聞いたことがあるか?」

「いや」

「そうか。これは一族の長の家系にしか知らされん伝説なんでな。おい、そこの魔族の女。ここで聞いた話、少しでも他で洩らしたら、殺す」

「……」

「どうせこれから、一緒にそこに入るんだ。少しくらいは情報をくれてやろう」


 遺跡は大昔にいた本物の勇者が作ったものだという。男は遺跡の伝説は聞いていたが、実際に入り口がどこにあるかは知らなかった。逃げ出してしばらくは身の回りのことを整えるので手いっぱいだったが、どうにか武器も防具も無事手に入れた。そして食料や野営道具を抱えてこの廃村に暮らしながら、この近くにある筈の遺跡の入り口を探していたのだ。


 何日探しても、どうしても見つからない入り口にイラついていたとき、たまたま俺たちが通りかかったのを見て、男は陰から様子をうかがっていた。

 まさか遺跡を探しに来たとは思わなかったが、見つかれば面倒だ。散歩のような気軽な雰囲気なのですぐに帰るだろう。ところがただの白い狐だと思っていた生き物は、魔力を使い魔法陣を起動して消えてしまう。


「もう一つ、奴らから手に入れた情報があるぜ。ガルガラアドの魔王は幻獣なんだと。お前……『勇者』だな」

「……だったらどうする」

「どうもしねえさ。俺はそこの遺跡に入りてえだけだ。言い伝えじゃあ遺跡の中には、本物の勇者が残した宝があるらしい。そのうちひとつは、俺たち同胞を強化できる装備だ。俺はそれさえ手に入れられれば、あとはどうでもいい」

「俺達と一緒に入ろうとする理由は?」

「どうせ中で鉢合わせるだろ。こんな所で無駄に争いたくはねえ」

「お前を信用しろって言うのか」

「お前、ほんっと(こま)けーな。よし、ちょっと待ってろ」


 多分嘘は言ってない。そうは思えど、ついつい疑ってしまう。

 男は腰から短刀を取り出した。

 カリンが杖を持つ手に力が入る。

 そんなカリンを見て男はニヤリと笑い、短刀を自分の左手のひらに突き刺した。

 だらだらと血が流れる傷口に、右手の指を突っ込む。


「ほらよ」


 取り出した何かを俺に投げてよこす。

 血まみれの指輪。ズボンで軽くぬぐい、改めて見れば、そこには見覚えのある意匠が。


「俺の一族の長の証だ」

「確かに……この意匠は見たことがある」

「捕まる時に手の中に隠したが、結局俺は一族のほとんどを助けることができなかった。それは俺にはもう持つ資格がねえ。だが、この遺跡を探索する間の担保くらいにはなるだろ」


 (おさ)だったのか……。

 男は冷気を漂わせながら、壮絶な笑みを浮かべた。

俺は指輪を男に投げ返す。


「すまなかったな。これは俺が持つものじゃない。返そう」

「……そうか。で、どうする?」

「俺達はリリアナを探しに遺跡へ入る。お前も一緒に来ればいいだろう」

「そっか。……俺の名は、アルフォンス。赤い大樹の一族の……元、長だ。アルって呼んでくれ」

「俺はリクだ。鹿の王の一族、リクハルド」

「カリンだ。まずは手当てをしよう」


 珍しくカリンが歩み寄って、アルの左手に治癒魔法をかけ始めた。

 ようやく空気が緩む。

 さっさと手当を済ませて、リリアナを探しに行こうか。

 伝説の勇者の作ったという遺跡の中へ。

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