第47話 夜襲
俺とリリアナには、こんな闇の中でとりわけ役に立つ特技がある。人族が苦手としている身体強化。それを大っぴらに宣伝しているわけではないが、何度か一緒に戦うことのあった西の鳶のメンバーは察しているだろう。野営の準備が済んだら、まだ明るいうちに休ませてもらった。そして辺りが深い闇に覆われた時間帯に起きて、見張りを担当している。
静かな夜だ。強化するのは目でも良いが、どちらかと言うと全方位に役立つのは耳だろう。
あちらこちらで交わされる眠気覚ましの話題には、興味深いものも多い。商人たちに付き添ってあちらこちらを巡る護衛達の仕事は、新鮮な情報に多く触れ合えるものだ。
「最近、ガルガラアドとアルハラがきな臭いらしいぞ」
「マジか?夏にアルハラに行った時には、そんな話は聞かなかったぜ」
「ガルガラアドから来たやつに聞いたんだよ。なんでも、アルハラの刺客がガルガラアドの至宝を奪って逃げたとか。ガルガラアドが激怒して軍備を強化しているらしい」
「へえ。アルハラの闇市に流れてきたりしねえかな。その至宝ってやつ」
「どうだろうな」
「明日着く村で、すごくイケメンの黒髪の冒険者に会ったのよ。この前の依頼の時。また会えないかなあ」
「おいおい。仕事中によそ見しないでくれよ」
「分かってるって!」
「今日は静かだな」
「ま、盗賊も毎日出張ってる訳じゃないからな」
「この調子だと、今回は何事もなく荒れ地を抜けられそうだ」
「だといいな」
「俺、この依頼が終わったら結婚するんだ」
「お、ついにか」
「さあ、リリアナさま、暖かい茶をどうぞ」
「ありがとう。それよりもカリンはそろそろ寝なければのう」
「しかしリリアナさまが起きているのに……」
「寝不足ではいざという時に動けまい」
「はっ」
喋り声を聞き流していると、ふと、気付いた。
遠くで鳴いていた虫の声が消え、一瞬の静寂の後また闇に滲むように鳴き声を上げる。また消え、そして鳴き始める。
まだまだ充分に遠いが、静かにゆっくりと、野営地に向かって近付くものがいる。
退屈しのぎのおしゃべりは終わりのようだ。
「カリン、すまぬ。寝るのはもう少し後が良さそうじゃ」
「はっ」
俺とほぼ同時に、リリアナも気付いた。
他の隊商の護衛達はまだ気付かないようだが、彼らに声を掛けて騒ぎになるよりも、このまま黙って俺たちが先にガツンとやったほうが効果が高いな。
「ゾラ、何か来たぞ。盗賊だろう」
「あら。……すごい耳ね。私にはまだ全然」
「耳は良いんだ。西から……三十人くらいだろう」
普通にしゃべりながら、さりげなくそばで寝ている奴らを起こしていった。
馬車の反対側では、リリアナも同じように、たき火を囲むやつらを起こしている。
「どっちだ?魔獣か?」
「おそらく盗賊だな」
「めんどくせえ。魔獣なら素材が売れるのによ」
エリアスが軽口を叩きながらこっそり槍を手に取る。
まだ距離は遠く、盗賊たちの足音はほとんど聞こえない。方向をざっと指示して、俺とリリアナが最初の一撃を与えることを伝えた。
闇夜での奇襲の効果は高い。相手に気付かれさえしなければ。
そして今晩、奇襲するのは俺達だ。
研ぎ澄まされた聴覚の今、周囲は市場の雑踏を通り抜けているように賑わっている。
風が揺らす草木のざわめき。獣や虫の語らい。パチパチと弾けるたき火の音。遠くに聞こえる魔獣たちの戦う声。近付く盗賊たちが時折踏み折る小枝の、パキッという乾いた音。そして、リリアナの紡ぐ魔法の呪文。
エリアスたちに左手で合図し、右手に剣を握った。
エリアスとゾラ、それに御者たちもそれぞれ武器を手に取ったのを確認し、リリアナの呪文のタイミングを見計らって足にぐっと魔力を込める。
「行くぞ!」
返事は待たずに、そのまま全力で一気に野盗との距離を詰めた。
俺が駆けだすのと同時に、リリアナの手から透明な赤い渦が放たれる。強化した目には、キラキラとした濃い魔力が取り巻いているのが見えた。
ドーンッ!
渦は狙いを過たず、野盗たちの足元に落る。地面に着くと同時に魔力は渦の中に吸い込まれ、一瞬で膨れ上がった渦が弾けて、耳をつんざくような爆音を奏でる。炎を巻き込んだ風が着地点の周囲に吹き荒れた。熱風が容赦なく、その周りにいた野盗たちの身体を吹き飛ばす。
もう、すぐ近くにまで駆け寄っていた俺にまで、熱い爆風が吹き付けた。
「やべえな、リリアナ。威力あり過ぎだろ」
高温の炎の魔法を風の魔法でくるんで圧縮したこの技は、落下した場所で弾け、中の炎を巻き込んだ風が四方に広がる、広範囲攻撃の魔法だ。
危うく巻き込まれかねない距離まで近付いていた俺のところにも、男が一人、吹き飛ばされてきた。
「う……なに」
「まず一人」
倒れている男を、当分目が覚めないくらいに殴りつけて、武器を奪っておく。
「やり過ぎだ、リリアナ。俺の仕事がないぞ」
「なんだお前。くそっ」
「すまんな、稼ぎの邪魔して、よっ」
「ぐはっ……」
近くにいたもう一人の野盗が駆け寄ってきたので、叩きのめす。風と炎にあおられて、最初からフラフラだったので、手ごたえはない。
かろうじて爆風に巻き込まれなかった野盗は、あと十人ほど。
少し離れた場所に散開していた奴らのうち、遠くにいる方に俊足で駆け寄って剣を叩きつける。
ガッ!
金属のぶつかり合う音が響いた。
「畜生っ、何者だ、お前!」
「それはこっちのセリフだ。剣の速さには、ちょっと自信があったんだがな」
殺さずに捕えようとして勢いを殺していたとはいえ、剣を受け止められたことに、軽く驚きを覚えた。
これは本気で切りかからねえと。そう思った矢先に、向かい合っていた男が腰に付けていた革袋を引きちぎって投げつけてくる。
男の指先から細く儚く光る魔力の線が、革袋に繋がっていた。
導火線だ!
「やべっ」
慌てて飛び退って避けた。爆発音の後、俺がさっきまで立っていた場所に、バチバチと火花が散っている。炎というよりも、これは雷の魔法だろう。この手の使い捨ての攻撃用魔道具はそれなりに高価で、小競り合いの場面で見ることはほとんどない。よっぽど金回りの良い野盗だったのか、奪った積み荷の中にあったのか……
「ちっ、避けやがったか。てめえら、退くぞ」
言い終わるよりも前に、もう一つ革袋をこっちに向かって投げつけながら、男は振り返らず一目散にその場を離れた。今度も同じ、雷の魔法が目の前でさく裂した。
雷の魔法は退却の合図でもあったのだろう。残っていた者も皆、その場から離脱し始める。
反応の遅かった奴を二人、追いかけて引きずり倒した時には、他のやつらはもう遠く離れていた。隊商を残して深追いするのは得策じゃないだろう。
ようやく駆け寄ってきた西の鳶のメンバーたちと一緒に、爆風に飛ばされ気を失っている野盗達を縛り上げた。