第26話 港町へ
「今から行くミルル村は、デードの実が名物なんですがお二人は知ってますか?デードの実は黄色い、指のような細長い実が房になってまして、そりゃあもう甘くて美味しいんです。あまり日持ちがしないので、このミルル村に来た時しか食べられないんですよ」
「黄色い、房」
「これは確かにうまいのう。シモンにも、ほれ。食べながら行こうかの」
リリアナが荷物の中から黄色い実を取り出して、俺とシモンに手渡した。あの崖の上で見つけた、うまい果実だ。
今朝、家を出てくるときにいくつか持ってきていたのだ。
「ななななんでデードの実を持ってるんですか、リリアナさん!」
「今朝、森で採ってきたのじゃ。美味いからのう」
「これってミルル村の近くでしか木が育たないという話なんですが、いったいどこで」
「……これを出したのは、まずかったかの?」
リリアナが気まずげに俺を見たが、もう出したものはしかたがない。俺もそんなに珍しいものだとは思っていなかったし。
せっかくだからと口に放り込んでおく。
うん。うまいな。
シモンに崖の上の家について話すついでに、俺とリリアナの過去も簡単に打ち明けた。
シモンは、「そんな大切なことを軽々と仲間になったばかりの僕に話しちゃあいけません」と怒っていたが、実際のところ、もしシモンが裏切ろうとすれば、黙らせるのは俺にもリリアナにも容易なことだ。
内緒に、秘密にと同行者にまで気を使って過ごせば、窮屈だし。
「逆に聞くが、俺たちと一緒にいたらお前の方が危険な目に合うかもしれないぞ。俺はアルハラ国に生きているのが知られれば、刺客が送られてくるのは間違いない。リリアナはどうも、その存在自体が狙われやすいようだ」
「僕は護身については一通りギルドで講習を受けていますし、逃げるのは得意ですから。ただ、お二人が戦っているときに助けに入るほどの腕はありませんので……」
「構わぬよ。リクはこう見えても、魔王を倒した勇者じゃからのう」
ふふふ、と何故か得意そうに顎をあげて言うリリアナ。どう考えても俺はリリアナほど強くはないと思うんだが。
シモンの生い立ちの話などもしながら、のんびり進むうちに、ミルル村が見えてきた。
「今後の予定ですが」
「ああ、この村で一泊して、翌朝にはどこかの港町に向かって出発するつもりだ」
「分かりました。じゃあその先のことは宿屋に入ってからにしましょう。あ、リリアナさんの髪の毛だけでも先に染めておいたほうがいいですね。僕、髪染めを買ってきます」
「おお、髪か」
リリアナがさっと自分の髪をひと撫ですると、真っ白だった髪が金色に変わった。
「どうじゃ?似合うかの?」
「わあっ、可愛いですね!すごいです。さすがリリアナさんです!」
目を見開いてシモンが褒めていた。が……。
「リリアナさん、幻影の魔法ができるのになぜ今まで白髪のままで?」
「それは……思いつかなかったからかの?」
それから数日間、旅を続ける間中ずっと続いた常識の講義については、割愛していいだろう。
幻影の魔法は髪や目の色など、見た目をほんの少しだけ変化させられる。たったそれだけでもずいぶん違って見えるものだ。俺もリリアナの魔法で、髪の色を栗色に染めた。こうすると、シモンと兄弟と言っても通じるかもしれない。
◆◆◆
ミルル村で予定通り一泊して荷物を整え、北の港町に向かった。この国から大陸に向かう船が出る港町は三つあるが、どこに行くのがいいか三人で検討した結果、首都に次ぐ大きな港町ネヴィラに向かうことにした。
「ネヴィラには僕の知人が何人かいまして、その中の一人が大陸の情報に詳しいので、彼に会って話を聞きましょう」
「そうだな。ついでにしばらく滞在して、渡航費用を稼がなきゃならん」
「お金は余裕があった方が良いですからね。僕も貯金は持ってきましたが、冒険者として依頼を頑張ります」
シモンはギルド職員として研修と実績があるので、冒険者登録してすぐにCランクに上がっている。つまり俺たちと同じランクだ。
旅の途中、何度か魔物にであったが、シモンは危なげなく戦い、思っていた以上に戦力になることを証明した。聞けば、十五歳の時にギルド職員になってもう三年、魔物の討伐などの荒事にも積極的に参加していたのだそうだ。
「本当は最初から冒険者になりたかったのですが、三年前は僕、今のリリアナさんと同じくらいにちっこくて、周りのみんなに反対されたんですよ」
「そうか!三年でこんなに背が伸びたのか。では私も……」
「そうですね。リリアナさんもきっと大きくなると思います」
にこにこしながらシモンがそういえば、まあそんなこともあるかと思ってしまう。今のままでも十分に可愛いぞと言いかけたが、嬉しそうなリリアナを見て口をつぐんだ。
ミルル村から五日、途中小さな宿場町や野宿をして、ようやく高い塀に覆われた町が見えてきた。
あれがネヴィラだ。今は平時なので街門は広く開け放たれ、門番も身分証をちらりと見るだけで通してくれる。
活気に満ちた通りは、アンデよりも人通りが多い。港町で外国に近いのに、ネヴィラのほうがアンデよりもサイル人が多いのは意外だ。
サイル人は身長が俺よりも頭一つ以上も大きいので、建物も自然と大きくなり、さらに都会なので石造りの背の高い建物が並ぶ様は圧巻だ。
「まずは宿を取りましょう」
冒険者向けだがそれなりにちゃんとした宿を探し、三人部屋を借りる。旅の間に比べて格段に寝心地の良さそうなベッドの上で、リリアナがぴょんぴょんと飛び跳ねている。
「さて、これからどうしようかの」
「ああ、冒険者ギルドで依頼を探してみるか。そういえばシモンの友人に会って情報を聞かないとな」
「友人は夜には会えると思いますから、先にギルドに行きましょう。どんな依頼が良いでしょうか。ここのギルドでは、他にはあまりない珍しい依頼がありますからね」
荷物を宿に置いて、町の様子を眺めながら三人で並んでギルドへと向かった。道行くサイル人の男女の朗らかな笑い声が、心を浮き立たせる。
「ここは良い国だな」
シモンとリリアナも笑いながら頷いた。




