俺と謎のお客さま
さて、今の状況を整理しよう。俺の前に立っているのはサラサラとした髪を揺らす少女。カウンター越しに俺へ話しかけてくる。それだけ見れば微笑ましい光景だろう。
だが……
「お主、妾の話を聞いておるのか!」
少女は俺に怒っていた。
* * * *
* * * *
俺は今日もいつも通りギルドのカウンターに立って、受付の仕事をしていた。依頼の達成や迷子の相談を受けて、業務をこなしていく。途中ランクを誤魔化した冒険者に暴言を吐かれても、笑顔で乗りきった。そうしないと精霊が切れそうだったからな……。
お昼休憩を取ろうと席を立ったとき、隣のカウンターのガンフォルさんのところで文句をつけている冒険者がいたのでフォローに入る。
「いかがなされましたか?」
「チッ! このじじいがよう、せっかくロックウルフを討伐したのに依頼達成にしねぇんだ。あんちゃんからも言ってくれよ。なあ、頼むよ」
そう言われて男の足元を見るとそこには確かにロックウルフが横たわっている。しかし男の持った依頼書は討伐後も綺麗な姿でと書かれているが、このロックウルフは傷だらけだ。これは確かに認められないだろう。
「お客様、こちらのロックウルフですが「お主、言葉が読めぬ訳でもなかろう」」
____依頼の条件を満たしておりません。
そう言おうとしたときに、別の声が聞こえた。その声の持ち主は、男の後ろに並んでいた紫色の髪の女の子だった。
「あぁ? ガキが口出しするんじゃねぇよ!」
男は自分よりも年下に注意されたのが悔しかったのか更に怒り、標的を女の子に変えた。けれど女の子は男の様子など気にせずに、呆れたように言葉を返す。
「綺麗な姿と書いているのが、お主読めぬのか?」
「っ、馬鹿にしやがって~!!」
男は腹ただしそうに少女へ向かって手をのばす。男の手が後数十センチといった距離になったとき、少女は焦る素振りを見せずに口を開いた。
「殴るのか? この人数の中で?」
少女に周りの状況のことを言われて、男ははっとしたように手を止める。それから辺りを見回すと、気まずそうにしてから背を向けた。
「……くそが!」
男は最後にそう言ってロックウルフを担ぎ、扉に向かって歩いて言った。その様子を見ていたガンフォルが少女に声をかける。
「お嬢ちゃん、ありがとのぉ」
「気にするでない。妾も並び疲れていただけだ」
紫色の髪をした女の子はそう言ったが、ガンフォルをそのままにしなくて本当に良かった。ガンフォルは今では優しげなおじいさんだが、昔は『魔弾』呼ばれ名を馳せたB級冒険者だ。あのままいけば男はどうなっていたか……。
受付とは、事務能力だけでなく相手の力をある程度わかる必要がある。そうでなければ受注者の力に合わない依頼を行わせてしまい、死なせてしまう危険があるからだ。しかし相手の力を見抜くのは容易な事ではないため、受付にはやたらと強いものがいる。
しかし、冒険者はそんなことは知らない____。
「本当に良い子だの~。さて、用件は何だい?」
「列がすごいからの、妾はこっちの者に頼む事にする」
そう言って指を俺に向けて来た。俺今から休憩なんだけどとは思ったが、カウンターの列を見ると言えなかった。
「……わかったよ。それで、用件は何だい?」
「妾を探している依頼はないのか?」
「ん?? つまりお前は迷子ってことか?」
自分を探す依頼っていうことは、誰かに探されているんだよな。迷子とは言わなかったが、きっと恥ずかしくて言えなかったんだな。
「違う、妾は迷子などではない! 妾はただ妾を探している依頼があるのか聞いておるのだ」
「あー、はいはい。わかったわかった」
「何もわかってないだろう。お主、妾の話を聞いておるのか!」
少女が怒っているうちに、人探しの依頼を探す。ここの王国が広いと言うこともあるだろうが、人探しの依頼は毎日何十回もギルドにくるため探すのに時間がかかる。最近来た全ての依頼に目を通してみると、そんな膨大な依頼の中でも目の前の少女の特徴に当てはまる事が書いてある物は僅か3枚しかなかった。
「見つかったか?」
「ちょっと待て。うーんと、1枚目は紫色の髪で、歳は8さ「違うな。それでは無い」」
少女は全ての特徴を聞かずに否定した。歳が8才じゃなかったのか?
「ええっと、2枚目は紫色の髪の毛で、歳は……何だこれ?」
「どうしたのだ。」
「歳は不詳。ただし見た目は7才頃。あー、これはきっと誰かがふざけて依頼したやつだな。さて、次は3枚目だ」
「その必要はない。2枚目の依頼書を見せてみよ」
少女は俺から依頼書を受けとると、長い睫毛を伏せて紙を見る。それから少しすると顔を上げた。
「ふむ、これは妾の事だな。ここでは依頼達成の場合どうするのだ?」
「依頼書に魔力を通すんだが、そうすると紙が消える。消すことができるのは依頼した本人とその相手とギルドの職員だけだな」
「つまり妾がこの紙を消せれば、探されてた相手だと証明される訳だな」
「そうだが違った場合は……っバカ!」
俺が言葉を言い終わる前に、少女の指先は青白く光った。気付いたときにはもう遅く、少女は必要以上の魔力を依頼書に通している。
依頼書は保護するために『カウンター』という魔法がかかっている。その効果とは、通した魔力の何倍もの威力を相手に返すというもの。そこから除外されるのは先程あげた者のみなのである。
しかし、目の前の少女は通す魔力を緩めない。あんな意味のわからない依頼書だったのに。
依頼書は俺の心配とは裏腹に、静かに溶けるように少女の手から消えていく。
「これで妾がこの依頼書の相手だと証明されたな。ん、そなたは何を呆けておるのだ? 依頼者にはどうやったらこの事が伝わる?」
「……依頼者には依頼書の一部を渡している。今のでその紙も消えたから、紙が無くなった事に気付いたとき来るだろう」
「そうか、ではじきに来るな」
少女は何故か確信を持ってギルドの入り口を見ている。俺は気付いてから来ると告げたのに。
それから少しした時だった、ギルドの中に強い風が吹いたのは。
「嬢様、御無事なようで何よりですぞ」
強い風が吹き思わず目を閉じているうちに、目の前には白髪で綺麗な身なりをした男が現れていた。その男は、少女の隣に音もたてずに佇んでいる。
「ふん、お主にしては遅かったな。何をしておった?」
「いやはや、じいはもう歳ですので。あぁギルドの方、この度はありがとうございました。嬢様は少々気難しい方で「じい、そんな話は良い。帰るぞ」」
男が少女からこっちへ視線を移し、礼を言ってきた。しかし、少女はもう出口へ体を向けて帰ろうとしている。少し不機嫌そうな顔に見えるのは何故だろうか? その様子を見て、白髪の男は少し肩をすくめた。
「おやおや。すみません、私たちはこれで失礼いたします。では、また」
男は少女に引っ張られながらも、こっちへ向かって恭しく礼をして雑踏のなかに消えて行った。
「……何だったんだ?」
強い風が吹いてから事があれよあれよと進み、俺は状況が整理できないまま二人が行った方向を眺めていた。
* * * *
* * * *
ギルドを出てから、後ろを歩くじいに話しかける。
「じいから見てあの男はどうだった?」
「至って普通の男に見えましたな。ですが、あの愛され方は異常かと」
確かに何も知らず行けば、あの男が『白虎』や2つ名として__と呼ばれる者とは気づかない。だがじいの言った通り、カウンターの下からは微かに竜と精霊の気配がした。
本来『愛し子』とは何千人の中から1人の確率で生まれ、その中でも適性のある精霊に選ばれる者の事だが、あんなに好かれる者がいるとは聞いたことがない。
「確かにそうだな。だが、あれが『白虎』だぞ。妾達に必要な者だ」
「ええ、承知しております」
「わかっておらぬではないか。何だあの現れ方は? 他にも別れのときにまたなどと言いおって」
「まあまあ、良いではありませんか。他は抜かりなく」
「ふん、当たり前だ。あれこそは失敗してはならぬ。……まあ良い、今日は会えただけでも収穫だ」
じいと話ながら、足を暗闇に向けて進める。その度に二人の影が揺らいでいき、目の色が変化していくことを道にいた猫だけが見ていた。
お久しぶりです。今回は説明回兼今後へ繋がる話です。いつもより少し長くなってしまいましたが、お読みいただきありがとうございました!
今後も更新は遅くなってしまいますが、2週間に1回ぐらいは更新するつもりです。あ、暇なときはバンバン更新するので!
それではこれからも『英雄は受付に。』と北国の杏をよろしくお願いします。