俺と竜血
「それからどれだけ待っても夫婦は戻って来なくてね、私はシャムを育てる決意をしたんだ。でもそれからは大変だったねぇ。息子はいるが人間だしね、猫耳族の知り合いはいないし、どう育てようか悩んだもんだよ」
お婆ちゃんはシャムと過ごしてきた日々を思い出しているのか、顔を綻ばせる。その顔は、子供の成長を喜ぶ親の顔をしていた。
「でも、シャムは立派に育ってくれた。ジグロさんから見てシャムはどうだい?」
「十分立派に育ってますよ。心の優しい良い子です」
今日一日しか見てないが、助けるためとは言え自分が必要なものを迷わず誰かに渡せるシャムは良い子に違いない。
「そうかい、嬉しいねぇ。
……なぁジグロさん、今後私に何かあったらこの子の面倒を見てくれないかい?」
「何でそんなこと言うの、お婆ちゃん!?」
「そうですよ」
「ふふ、二人とも本当に真っ直ぐ育っとるね。
私はね、呪いだかで体が弱っているときに病気になったみたいだ。噂では聞いていたが、自分の体のことは本当にわかるもんなんだね。きっともう私は長くないだろう。
それに人と猫耳族の寿命は違う。だからねジグロさん、シャムの事を頼んでも良いだろうか?」
俺達の中に沈黙が流れる。
シャムも知らなかったようだしショックも大きいだろう。俺は情けないことに「任せてください」も「お婆ちゃんはきっと大丈夫」も口から出てこなかった。
しかし沈黙は長くはなかった。
『その心配はいらない』
俺の横でそう一言言ったアルク。
俺やシャムが反応できないでいるうちに、お婆ちゃんの上に乗って自分の血を垂らした。すると赤かったアルクの血はお婆ちゃんに溶け込むように透明になり、やがて消えて行く。
その光景が終わると、シャムははっとしたようにお婆ちゃんに質問した。
「お婆ちゃんどう!?」
「特に何ともないねぇ。あぁ、でも力は大分戻った気がするねえ」
「アルクどういう事だ?」
なぜ病気が治らない? 竜血はこの世で最も万能な薬のはずだろう? 言葉には出ない疑問が出てくる。
『静かに見ておけ』
アルクがそう言うのと同時に、お婆ちゃんに異変が起きた。
「ゴホゴホッ! ヒュー、ヒュー」
顔を青くして、苦しそうに呼吸を繰り返している。その姿は先ほどまでの様子とは大きく違う。
「お婆ちゃんに何をしたの、ジグロさん!」
「シャム……」
泣きながら言うシャムの姿で、自分の行動を深く反省する。俺は竜血の噂を知っているだけで、実際の事は知らない。なのに深く考えずに了承した……。
苦しむお婆ちゃんを見ながら、次にとるべき行動を考える。しかし俺の思考は纏まらない。
「シャムすま「ジグロさん、謝らないで下さいな」」
"すまない"そう言おうとしたとき聞こえてきた穏やかな声。その声の持ち主は_____
「お婆ちゃん!?」
布団から起き上がりこっちを見ているお婆ちゃんだった。顔色もずいぶん良くなり、いたって健康そうだ。
「アルク、これは……?」
『ただ主になったお主を助けてもらった礼だが?』
首を傾げてアルクは言う。その顔は何がわからないって顔だ。
……俺だってその言葉まではわかっている。主従契約を結ぶと主の魔力量に引っ張られる事があるため、俺を回復させてくれたことはアルクも回復させたことになるってことだろ?
けど今俺が言いたいことはそっちじゃない。
「いやだってさっきまでお婆ちゃんが苦しんでただろ!?」
『病気を一瞬で治すのだ。苦しむのはむしろ当たり前だろう? まさか何の代償もないと思ったのか?』
「そんなこと聞いたこと無いぞ!」
『ふ、人間はわがままだな』
人間のことを知れて嬉しいのだろうか、楽しそうに鈴を転がすような声で笑う。そんなとき、後ろからシャムの声がする。
「ジグロさん、あの、お婆ちゃんのこと助けてくれてありがとうございます。後、責めてしまってごめんなさい」
「私からもありがとうございます。このご恩は一生忘れません」
振り返ると、似た笑顔で二人が並んでいた。その光景は血が繋がっていなくても親子だった。
「いや、あー、お互い様ですよ。じゃあ俺はもうそろそろギルドに戻ろうと思います」
外はもう暗くなり始めており、このままいるとジェイムズとの約束を破ってしまう。アルクも肩に乗ってきたのを確認して、ドアノブに手をかける。
「お邪魔しました。二人とも元気で」
挨拶をしてから外に出る。戸が閉まる直前、俺の背中に言葉が届いた。
* * * *
* * * *
「ジグロ待ってたワ~」
ギルドに帰る途中、俺の頭付近を精霊が飛ぶ。その光景は端から見たら素敵だが、俺から見たら前が見えないだけである。
「今日は色々ありがとな」
「アラ愛し子の願いなら喜んで聞くわヨ。それでネ、調べてみたら呪いがかかってたのは井戸だったワ。罰当たりな事をする人がいるようネー」
「井戸か……。人によるものか?」
「そこまではわからないワ。わかることと言えバ、猫耳族の子は人間じゃ無かったカラ何の影響もなかったようネ」
話を聞くに、お婆ちゃんは毎日そこの水を飲むことで少しずつ呪いが体に貯まっていったようだ。
「そうか。その井戸はどうした?」
「サラマンダーが蒸発させテ、ウンディーネが新しく水を入れてたワ。加護付きのネ」
加護付きなら体にもう影響を受けなくなるだろう。これであの二人はまた一緒に笑って過ごせる。
「アラ、何故嬉しそうなノ?」
「なぁに、ただの思いだし笑いだよ」
俺はシャム達の話をしていたら、家を出るときに言われた言葉を思い出して笑ってしまったようだ。
______本当にありがとうございます、英雄ジグロ。
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* * * *
ギルドに着くと凄い行列ができていた。
「何があったんだ?」
少し遠回りして職員の入り口から中に入ると、混んでいた原因がわかった。ある筋肉が目的で人が集まってたらしい。
「ジェイムズサインして!」
「私には握手!」
「うむ、良いぞ! 我輩ももう立派な受付だな。ん、ジグロ。戻ったのか?」
「し、仕事をしろーーーーーー!!!」
この日、夜のギルドに俺の声が響いた。そして膨大な量の仕事が残されてたのは言うまでもない。
更新できたー。ジグロの力(愛し子とか)は後で説明します。
今度時間があるときにでも、色々編集していきます。
今日もお読み頂きありがとうございました!