俺と力試し
今日は稀に見る大雨だった。良くいうバケツをひっくり返したようなっていうやつだろう。朝からどしゃ降りで城内にいても雨音が聞こえてくる程だった。
その天候を喜んでいるのは精霊たちぐらいで、メイド達は洗濯物が乾かないと外を見ては嘆いていた。
精霊たちはその悩みを知らずに外へ出て、楽しそうな顔をして雨粒で遊んでいる。
俺は窓越しにその雨粒で遊ぶ不思議な光景を見ていたが、部屋の戸が開く音で振り返った。
「あら失礼、驚かせてしまったようね。ノックはしたのだけど雨音で消されちゃったみたい」
「いや大丈夫。アンが来るってことは稽古についてかな?」
「ええそうよ。今日の稽古だけど第4訓練所で行うことにしたわ。場所がわからなかったらそこにいるメイドか場内にいる兵士に尋ねればわかるから」
「え、第4訓練所……? 前みたいに第1、第2じゃなくて?」
ここに来てから今まで雨が降らなかった訳じゃない。そのときは第1訓練所、若しくは第2訓練所を使って稽古をしていた。
今日は1と2のどっちでやるか伝えに来たと思っていたため思わず確認してしまった。
「そろそろ良いかと思って」
アンはそれだけ言うと俺に背を向け部屋を出ていってしまう。相変わらず俺の話に長くは付き合ってくれないようだ。
俺は閉じられた扉を眺めつつ先程の意味深な発言について考えていたが、最終的には第1、第2訓練場が混んでいるのだろうという結論で終わった。
「ここが第4訓練場……」
メイドに教えられた通りに王宮内を進んでいくと一際綺麗な建物の前に辿り着く。一瞬その建物の綺麗さから道を間違えて別の建物に来てしまったのかと思ったが、中から聞こえてくる激しめの音がここが正解だと告げてくる。
俺は意を決して真新しい戸を引き中を覗きこむと、そこにはいつも見る兵士たちよりガタイの良い兵士たちが激しくぶつかり合っていた。
俺は何も見なかったことにしてそっと戸を戻そうとしたが、そのタイミングでアンが到着してしまう。
「無事に着いたようね。さ、中に入りましょう」
そういうとアンは戸を大きな音をたてながら開け、表情を変えずに中へ入っていく。
稽古中そんな大きな音を立てると怒られるんじゃないかと思いつつ俺も続いて中へ入ると、案の定男達はこっちを睨むように振り返っていた。
しかし______
「おい、アン様が来たぞ!」
「本当だ、是非手合わせしていただきたい……」
「久しぶりに来たが正解だったな」
何故かアンを認識すると皆一様に目を輝かせながらこっちへ向かって歩いてくる。前にいるアンもそれに慣れた様子で応え、俺は何だか置いてけぼりの状況だ。
俺はアンの稽古着の裾をそっと引張り、目でどういうことだと尋ねる。
それに気づいたアンは「私もそのつもりよ」とまた意味のわからないことをいうと俺を前に押しやり兵士たちを見る。
「稽古中申し訳ないわね。この子と手合わせしてほしいのだけど時間がある者はいるかしら?」
「はい?!」
その場にいた者全員が驚いた。
さっきも言ったがここにいる男たちは皆逞しい体をしている。それに比べ俺はどうだ。ちょっと体に筋肉がついたとはいえ、まだ子供だぞ!? 当たったら吹き飛ばされてもおかしくない体格差だ。
「アン様それはあまりにも……」
「あら、何も問題ないわ。それにジークもやりたいと言ってきたし」
「やはりその子はジーク様でいらっしゃいましたか。
しかし、能力開示でとても優れた結果を出したとは聞いていますがあくまでもロイゼの子。魔術が本分では?」
「……誰が三カ月教えたと思っているのかしら?」
「ほう、それはそれは。剣を持つからには子供相手だろうと本気で行かせてもらいますが構わないですよね?」
「ええもちろん。そうじゃなきゃ稽古にならないもの」
……俺を置き去りにして会話を進めないでほしい。っていうかそんなこと一言も言ってないよねアンさん!?
部屋に入った時に言った「私もそのつもりよ」という発言をもっと良く考えておくべきだった。相手は脳筋。俺と同じ思考回路のはずがない。
俺は首を勢いよく振りやりたくないと拒否するが、あれよあれよと捕まり稽古場の真ん中に連れられてきてしまう。
そしてそれを取り囲む、いや見学するように周りに人が集まってきた。
……こうなってしまったら覚悟を決めるしかない。剣を持つ手にギュッと力を込め前を見据える。
ゾクッ______
急に目の前の男の雰囲気が変わった。相手は俺がやる気になったのを察したらしい。さっきまでの優しげな表情はどっかへ行き、今は不敵な顔をして構え直している。
「いい目に変わったな。どうやら覚悟を決めたようだ……。
ならば行かせてもらおう!」
そういうと稽古場の床が軋むほど強く床を蹴り、俺に向かって真っ直ぐ跳んでくる。
予想以上の跳躍力。まずい、そう思ってももう遅い。相手は俺に一撃を喰らわせに来ている。
焦りから考えることができず、ただ待ち受けることしか出来ない。くそ、足が震えている。これから逃げ出したい、そう思ってしまう。
しかし動かない足のせいで目から入ってくる情報は止まることなく俺へ選択肢を与えてくる。
ああ、視界の端では兵士たちがやっぱりという顔をして情けない俺を見ている。アンは______。
いつも通りの冷たい目。けど何故か「何してるのよ、早く動きなさい」と言われた気がした。
俺は相手が剣を振り上げた時くすっと笑った。
いつも通り、変わらない目。けどその諦めが込められていない目が俺に剣を握らせる。
俺は相手の剣を待ち構えるように構え、対峙する。ただしまともに受ける気などない。
子供が大人にパワー負けするのは明らかだ。俺は瞬時に剣へ魔法をかけ氷を纏わすと角度を変え攻撃を流す。
「く、うあああ!」
「その歳でこれを捌くか。しかしこれへ対応するのでいっぱいになってしまったようだな!」
流したといっても十分なパワー。力を抜けば吹き飛ばされかねない。歯を噛み締め、手から剣が落ちないようにする。
その間に相手は後ろへ一旦跳び、また体勢を立て直して振りかぶる。
が、
「アンより遅いんだよ!!」
俺は逆に切り込むように剣を振る。
相手は面白いと小さく呟き、それを待ち構えるように構え直す。
流石は兵士、俺の予想通りだ。
俺は相手が構えるのを見計らうと剣を放り投げ、相手の首に向かって蹴りを放つ。その時風魔法で足にブーストをかけることを忘れずに。
「くそ、箱入りじゃないのかよ……!」
勝った。相手の焦る顔を見てそう確信した。
しかし、一瞬のうちに足を止められるだけでなく空いた手で剣先を喉元に持ってこられていた。
「な、んで……」
「流石に子供に負ける訳にはいかねぇんだ、わりぃな。
さてアン様、期待した結果にはなりましたか?」
男は俺を床に下ろすとアンの方を笑って振り返る。この男もアンが何を考えてるかまではわからないらしい。稽古場にいた者全員がアンの方を見つめる。
「まあまあ良かったわね。これならもうあそこに連れってっても命を落とすことは無さそうだわ」
「あそこ?」
「ええ、これからは実地で経験を積ませるわ。明日からはギルドに行きましょう」
アン的にはそれで説明が済んだらしい。納得出来ない俺を放置して自分は残った時間は試合をしていた。一対十ぐらいで休憩もせずに。
この城であの人以上に動ける人間はいるのだろうか……。
後から教えて貰ったが、第1、第2稽古場などは見習いの兵士たちが、第4稽古場は城で働く本物の兵士たちが使うところらしい。
それは負けてもしょうがない。むしろ負けて当たり前かもしてない。
後、やけに第4稽古場が綺麗な理由も聞いた。なんでも稽古をしてる途中で吹っ飛ばしたりしちゃうらしい。そんな情報知りたくなかった。
お待たせしました!
次回からギルドに行くことになりまた少し話が進んできたかと思います。
どうなっていくのか楽しんでもらえたら嬉しいです。
前回誤字脱字報告ありがとうございました! 直すところ多くて申し訳ないです、助かってます。




