俺の職場
空を見るとドラゴンが飛び、それを追いかける冒険者。
その光景を見て活気づく人の中には、別の種別の者も混じっている。
その町の片隅の草木の中で微睡むノームや風の中で遊ぶシルフ達。
この世界は不思議なものが満ちている。
魔法、スキル、精霊、様々な生物、名前の無いものだって存在している。
けれど、この世界の者は共存してきた。古から今日まで歴史を創ってきた者として。
その中でも特に間に立ってきたのはギルド。人と人、人と人ならざる者達を遥か昔から繋げてきたのである――。
* * * *
* * * *
「今日も良い天気だなー」
仕事に向かうため玄関の扉を開けると、そこには染み渡った空が広がっていた。そんな空に目を奪われ、思わず俺の口から言葉がこぼれる。
暫しその空を静かに見ていると、耳元で歌う様に囁く声が聞こえた。
「アラ、久しぶりネ。オ寝ぼけサン?」
その方向に目を向けると、薄い緑色の髪に綺麗な羽をパタパタと動かし佇む者がいる。
そんな彼女は、俺と目が合うとにっこりと笑った。
「あー、お早うシルフ。今日も優雅に飛ぶね」
「嬉しいコト言うじゃないノ。今日モ仕事カシラ?」
「そうだね」
「アラアラ、そうなノ頑張ってネ」
俺がそう答えると、気まぐれな彼女は興味が薄れたのか青く澄んだ空に飛び立っていく。
「自由だなー」
「そういう生物ですので」
「うおっ! あ、ジェイドか」
急に俺の影から黒い何かが出てくる。そんな光景は何回見ても慣れるものじゃない。
しかし、その本人はそんな事を気にせずに喋りだす。
「ジェイドなど一括りにしないで下さい。主にならば喜んで名を呼ばれましょう」
何でそんなに恍惚とした表情浮かべているんだよ…。名前で呼ばれる意味わかってる? もしかして変態なの?
このジェイドは簡単に言うが、この世で名前をつけると言うことは大きな意味を持つ。
自分の子なら後の運命を決め、その他の者ならば契約を結んだ事になる。これがこの世の、この世界の常識だ。
「嫌だよ、何で名を縛らなきゃいけないんだよ。俺は仕事へ行かなきゃいけないんだ」
話が長くなりそうなのでジェイドを置いてさっさと職場へ向かう。王国一のギルドへ。
「ジグロ様ーー!」
勿論、後ろから聞こえた変態の声は無視して行った。
カランカラーン、カランカラーン
「間に合った…!」
途中何回も彼女達に話しかけられ、結局ギルドについたのは朝の鐘ぎりぎりだった。頰を伝う汗を拭いながら肩で息をしていると、同僚が呆れた様な顔をして俺を見てくる。
「間に合っちゃいるがギリギリすぎるな。何だ、今日も精霊にでも話かけられてたのか?」
「……うん」
「ふっ、愛し子も大変だな。おっと、そろそろ時間だ。さっさとカウンターに行け」
「はいはい」
♪~♪♪~
『おはようございます。今日は火口に凶暴な飛竜が現れたので登山はお止めください。ところにより、天使の涙が降るでしょう。
今日も依頼は南口に貼り出してあります。それ以外の方は受け付けカウンターにお願いします。それでは今日も良い一日を』
俺がカウンターに立つのと同時にアナウンスがかかる。このアナウンスは天気とその日の情報について、毎日放送している。
毎日放送する理由の一つとして、これがギルドが開く合図になっているからだ。
ここはインスワール王国一のギルドだけあって、開いた直後から多くの人が訪れる。
受け付けは50人近くいるが、あっという間に長い列ができた。
「お兄ちゃん、魔草の収穫の依頼を受けたいです」
今日の最初のお客は猫耳族の幼い女の子。カウンター越しにグレーの耳と尻尾を揺らしながらこっちを見上げている。
俺は視線を合わせる様に座り直すといつもより声を和らげながら話しかけた。
「お嬢ちゃんランクは?」
「Eランクです」
「んー、Eランクか……。
あのな嬢ちゃん、冒険者の心得全部わかるかい?」
「ええっと。
一、自分よりランクが上の依頼は例外がない限り受けるな
一、依頼は最初から最後まで責任もってやるべし
一、己の力を過信するな
一、行動のすべてに責任を持つべし
一、命を第一に考えよ
です」
途中詰まりながらも、全部答えた嬢ちゃんの頭を撫でながら話す。
「うん全部合ってる。それで説明するとな、魔草の採集はDランクで嬢ちゃんのランクはEランクだろ? さっき言った心得の一番最初のやつになっちゃうんだよ」
その言葉で女の子の耳としっぽが下がる。その様子を見て多少罪悪感が生まれるが、これが俺の仕事だからしょうがない。
女の子はしばらく俯いていたが、何かが浮かんだ様でぱっと目を輝かせて帰ろうとする。
「わかりました! では、失礼します!」
「待て待て、嬢ちゃんこれから内緒で行こうとしてるだろ?」
俺の言葉で固まる目の前の女の子。動揺している様で尻尾の揺れが凄いことになっている。
たまにいるんだよな、自分のランク以上の依頼を隠れてやるやつ。受付の人間は力を見抜けるからこそ、こうしてカウンターに立っているというのに。
「だって……! お婆ちゃんがっ」
「ん? お婆ちゃんがどうしたんだい?」
「倒れちゃって、それで、魔草が必要になって、えっと薬屋さんのは高かったから、自分で取ってくればお金も貰えるし、えっと……」
……つまり倒れたお婆ちゃんのために魔草が必要ってことか。
薬屋だと高かったから、自分で取ってくれば魔草は手に入るしお金も貰えるからやろうとしたって事ね。
「嬢ちゃんと一緒に行ってくれる冒険者がいればいいんだけど……」
依頼は一緒に行う人の中に、その条件を満たす者が1人でもいれば行う事が出来る。
しかし魔草の採集はなかなか難しいわりにランクが低いため、あまり冒険者は行こうとしない。
薬屋で魔草が高いのも採りに行く者が少ないと言う理由がある。
「お困りかね、友よ?」
その声に反応して横を見ると、いつの間にか屈強な体を持つ男が立っていた。
「ジェイムズ!」
俺より先に嬢ちゃんが反応する。その声を聞いたものがざわめきだす。
「あのBランクの!?」
「初めて見るけどやっぱ強そうだな……」
この国でBランクともなれば知名度が高い。現在、C級へ成れれば立派と言われる風潮だからだ。
「ジェイムズ丁度良いところに来た! 今からこの子と一緒に魔草の採集へ行ってくれないか?」
「はっはっは、このジェイムズにDランクの依頼か。流石だな、ジグロよ。是非、と言いたいところだがお断りさせてもらう。
その代わりと言ってはなんだがここは任せてくれ」
「それって……」
「我輩が受付をやるからお主が行けば良かろう。実は我輩、受付を一度はやってみたかったのである」
その目は本気だ。ふざけているわけでもなさそうだ。しかし意味がわからない。
「お兄ちゃん強いの?」
女の子が疑うように俺を見てくる。どうしたもんかと悩んでいると、その質問に答えたのはなぜか横の筋肉。
「当たり前であろう。この男はえ」
「あーあーあー、もちろん強いぞ」
今何を言おうとした……! 俺の安息の地を滅茶苦茶にする気か。余計な事を言おうとした筋肉をじっと見て、もう一度俺は確認する。
「ジェイムズ、本当に良いんだな?」
「ああ、もちろん。冒険者の心得『行動のすべてに責任を持つべし』に誇りを持って」
重いよ、重すぎるよ。俺今まで受付やってるときに冒険者の心得なんて何一つ思ってないよ。
「あー、わかった。じゃあ信じてここを預ける。夕方までには戻ってくるから」
「お兄ちゃんいいの? ありがとう!」
グレーの髪を揺らしながら、目の前の少女ははじけるような笑顔を俺に向けてくる。俺は目の前の女の子に笑い返すとカンターを出て隣に並び、一緒にギルドの扉をくぐり抜けた。
皆さん初めまして、北国の杏です。
初投稿です。
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それでは今後とも『英雄は受付に。』共々よろしくお願いします。