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みるくてぃー

作者: 高木圭介


男は久しぶりに外に出た。風は冷たい。日差しが目に、体に染みる。

男は特にあてもなく、町を歩く。雑踏、人混み。

ぶらりと電車に乗り、人を、町を、世界を見る。


金貸しの広告に、つくりかけのビル。隣国の驚異と国粋主義を訴える右翼団体と、太鼓をうちならし韓国語の歌を歌う左翼団体。

安心した。人は、町は、世界は、なにも変わっていない。


適当な駅で下車し、うろうろと歩く。少し疲れた。男は手頃なカフェを見つけたので入る。

不思議な雰囲気の店だった。


「お茶を下さい。」


出されたのはミルクティーだった。暖かい。器に両手を添えると冷えた指先に再び血が巡るのを感じる。

一口飲むと、上品な薫りと優しい風味。時間の流れが緩やかになるのを感じた。癒される。

かつて男には妻子があった。あの時はよかった。幸せだった。

ミルクティーを飲みながらそんなことを考えていると、時の流れがさらに緩やかなものとなっていく。


ずいぶんと長居してしまった。一杯のミルクティーであまり居座っても迷惑だろう。

男は思い立ち、代金を払おうとするが、店内に人気が無い。

声をあげるが、誰もいないようだ。

男は仕方なく代金をテーブルに置き、店を出た。


外は異様な景色が広がっていた。まち行く人が凍り付いたように動かないのだ。人だけではない。電車も、空を飛ぶ鳥も、まるで静止画のように固まっている。

男は混乱する。目の前にいる携帯を見たままの体制で動かない男に声をかけてみる。事態は変わらなかった。

しばらくそんなことを続けていたが、遂に男は、自分がミルクティーを飲んでいる間に時間が止まってしまったのだと理解した。



どれだけの時間がたったのだろう。もうずいぶんと長い時間がたったように思う。時計も沈みかけの太陽も、ずっと動かない。

男はひたすらに歩き、この静止した世界で動くものを探し続けた。

不思議と喉が渇くこともなく、腹も減らない。どれだけ歩いても疲れることはないし、眠くなることもない。

そうして更に長い時間がたち、男は遂にこの世界を受け入れた。

男は高速道路の真ん中で寝転ぶ。

時間が止まっているからといって、別に何に困るわけでもない。今までだってずっと引きこもっていたんだ。今さら慌てて、そしてどうなるというのだ。

人間は生きて、呼吸をしているだけで腹も減る。金も掛かる。

最初こそその異様、違和感に狼狽えてしまったが、よくよく考えてみればなんということはない。普段通りだ。

男は空を見る。飛行機が飛んでいる。動きはない。



そうして男は長い時間を過ごした。長い時間を過ごすうちに、あるところで男は自分の人生に満足し、死に場所を探すことにした。高いところから飛び降りてみよう。、俺はは死に、再びこの世界は動き出すだろう。

結局、男にとっては時間が動いていようと、止まっようと、同じだったのだ。男はこのまま何をするでもなく、何を成し遂げることもなく、ただ老いて、無為に死ぬのだ。時間が動いていようと、止まっていようと、同じだ。

男は歩く、長い時間をかけて、それにふさわしい場所を探す。

自分から能動的に何かをするのは久しぶりだ。


日本では毎年10万人が失踪し、行方不明になっている。

金貸しの広告に、つくりかけのビル。隣国の驚異と国粋主義を訴える右翼団体と、太鼓をうちならし韓国語の歌を歌う左翼団体。

世界はなにも変わらない。


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