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4. 失敗をする善良令嬢

ブクマ&評価ありがとうございます。

励みにさせて頂きます。

「あーあ、またやってしまったのかい。すぐに掃除道具を持ってきて・・・うんうん、君は悪くない。大丈夫だ。」


 翌日、ウエイトレスとして働き始めた。


 朝早くから調理の準備で忙しい厨房にお伺いする。決して良い格好をしたいわけではない。食堂が開くまでの間に、持ち込んだ屋台でホットケーキを焼いておく必要があるからだ。140枚ほど焼いたところで食堂が開店する時間になった。


 この食堂のシステムは一部食券制になっていて、デザートは保温用コンロに置いておけば、勝手に客が持っていってくれる。足らなくなったときに追加で焼けばいいだけだ。


 もちろん、ここを利用するのは市民階級だけではない。士爵、男爵という貴族たちも普通に利用する。当然、伯爵、子爵といった方々は別注となるので注文を取りに行かなくてはならない。


 礼儀は男爵令嬢として躾けられたから、問題じゃない。注文取りも注文票に書き取るだけだし、屋台を曳いた経験から幾人から同時に注文されても聞き分けられる。


 だが、できあがった料理を運ぶ作業だけはドシロウトだ。もちろん、初めてだから両手に1皿ずつ持たされたのだが、何度かの失敗ののち両手で1皿を持たされるようになった。


 どうしても狭い通路で客とぶつかってしまうのである。その度に料理長が飛んできて、慰めてくれる。ここでも一族の呪いが効果を発揮するのだろう。ぶつかった客のほうが謝ってきて、私が悪くなかったことにされてしまう。


 私が悪い。他のウエイトレスはその狭い通路をスイスイと渡り歩いている。でも、自分が悪いと言い出しても呪いにより吐き出された客の言葉は抵抗感もあって絶対に撤回されない。私は心の中で謝って笑顔を振りまくのが精一杯だ。


 すぐに掃除道具を持ってきて、ダメになった料理と割れてしまった皿を片付ける。そして、日常魔法の『洗浄』魔法を使って汚れた床を綺麗にする。今日、この魔法を使うのも10回目だ。


「ほう。結構、魔力が多いんだね。」


 料理長の一言が落ち込んでいた私を救ってくれる。親友アレクサンドラの『鑑定』スキルによると一般人と比較して魔力が随分と多いことが分かっている。ほかにも、『職業』ステータスとかいろいろなことが分かるらしい。


 失敗しても悪くないどころか、褒められてしまう。全くやっかいな呪いだが、このときばかりは感謝した。


 結局、親友は『職業』ステータスを教えてくれなかったが、きっと『金貸し』だと思っている。親友が『鑑定』スキルを使ったときに苦笑いをされたからだ。


 そんな失敗の相手の1人がケイ男爵だ。王宮騎士団所属で若手ながら現国王の警護も勤めるほど優秀らしい。普段は騎士団の食堂を使うらしいが、今日は現国王の警護時間の兼ね合いもあって、こちらの食堂にやってきて被害をうけたようだ。


 制服にべっとりと付いた料理を『洗浄』魔法で綺麗にする。


「ありがとう。新しいウエイトレスさん? 初めてだね。君に会うのは・・・。」


 もしかしてナンパだろうか。失敗した相手の弱みに付け込んでという話は良く耳にするが私は被害を受けたことが無い。たいがい失敗しても無かったことにされてしまうからだ。


「君みたいに綺麗で美しい女性がこんなところで働いているなんて、僕はなんてラッキーなんだ。名前を聞いてもいいかな?」


 本当にナンパらしい。


「はい。ティナと申します。」


「ティナちゃんか・・・・・・素敵な名前だね。」


 一族の呪いから悪意を持って話しかけてくるのは難しいから、きっと、純粋にそう思っているに違いない。なにやら、くすぐったいな。


「この娘はパティシエでもあってね。今日のデザートから担当してもらっているんだよ。」


 料理長はナンパだと思ったのか、私を隠すようにしている。


「うん。オペラ座のホットケーキを思い出したよ。あれは、ふんわり柔らかだったけど、こっちはサクサクだった。どちらも、とっても美味しかったよ。」


 料理長も食べたことがあるのか、うんうんと頷いている。


「ありがとうございます。」


 オペラ座のホットケーキとは幕間にだけ数量限定で供される逸品でもちろん卵をふんだんに使用したものらしい。原材料からして、私が焼いたホットケーキとは天と地ほどに違う。そんな高級品と比較されるなんて恥ずかしいにも程がある。


「マムちゃんに食べさせてあげたいな。」


 ケイ様が何かを思い出すようにそう呟く。やっぱり、ナンパじゃなかったらしい。ナンパなら他の女性の名前を呟くなんてありえないもの。なーんだ。少しガッカリしちゃったじゃない。


「それは無理じゃないかな。あの方がこんなところに現れたら大騒ぎになってしまう。」


 料理長がそう言うなんて、相当高貴な方なんだ。


「そうだね。そういう心遣いができる方だったから、絶対に来ないだろうね。」


「マム様とはいったいどういう方なのですか?」


 カチンと来た私は思わず言い返してしまう。


「知らないのかい? 前国王の側室だよ。」


 ケイ様が苦々しげに言う。好きだった女性らしい。


「この娘は若いから知らないかも知れないな。もう10年になるのか・・・?」


 知らないはずが無い。先の帝国との戦いで帝国が敗けた原因になった人物だ。戦いの女神とされた人物で、歌で兵士たちを鼓舞したと言われている。


 そのお陰でビクトル男爵家は所有する鉱山を奪われ、飛び地にされ、領地の民は貧困に喘いだのだ。侵略戦争を仕掛けたのは帝国だったから恨むのは筋違いかもしれないが、恨んでも恨みきれない相手だ。


「とても綺麗で可憐で芯が強いのに儚げだったとか・・・。」


 私は笑顔を顔に貼り付けて言う。まるで私の噂話とそっくりだ。きっと中身は全く違うに違いない。皆、騙されているのだ。


「そうだね。君もそんな感じがするよ。しかも、美味しいホットケーキが作れる。君には、ここに来れば逢えるよね。通ってみようかな・・・。」


 私は泣きそうだった。恨んでも恨み切れない相手の代替品にされるなんて、しかも相手は本当にこの国の民を幸せに導いたのだ。一族の呪いで噂される偽物の私なんかと余りにも違う。

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