3. 荒稼ぎをする善良令嬢
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結局、翌日からの採用となった。
残り198枚のホットケーキを売るために屋台を王宮から市中に移動する。途中、王立学園があるが素通りする。下校時を狙えば客は多いだろうが、王宮食堂での価格を安く見せるため、高価で売るつもりだからだ。学生には手が届きにくい価格設定と思う。
そのまま、市場に屋台を曳いていく。飲食店の営業許可は取ってあるので、その店のデモンストレーション扱いにすることにする。開店予定日と店舗名を書き屋台に張り出す。これで余り売れなくても一族の呪いを使い涙を見せれば材料費を店舗で持って貰える可能性がでる。
うまくデザートを出す店の横に空き地を見つけ、そこに屋台を横付けする。
しかも有名店なのか、店の前に行列ができている。店舗内を見ると空席がところどころにあり、行列を作ってもらうことで繁盛店のように見せかけているらしい。
ホットケーキを10枚・20枚と焼いていくと次第に甘い匂いに釣られたのか、行列から離れポツリポツリと買ってくれるお客様が出てくる。しかも、その店は高級店なのか生クリームと果物を添えたセットが良く売れていく。
できていた行列の半分ほどのお客さんをこちらに取り込んだときだった。残りのお客さんが一気に店舗に入っていってしまった。どうやら、こちらに気付き空席を埋めてしまう作戦らしい。
私はさらにとっておきの秘策に出る。今から焼く1枚のホットケーキに香り付けのエッセンスを投入する。このエッセンスは香りがキツイだけの安物だが、屋台のように屋外で客寄せに使う分には十分なものなのだ。
その香りを店舗に流れ込むように団扇で扇ぐ。そうすることで高級なエッセンスの香りが漂う店がエッセンスの香りが混ざり合い、なんとも息苦しい空間に変化してしまうのだ。
急に客を入れたからと言って、デザートの製造ペースが上がるわけでもなく、待ちきれずお客が出てくるようになれば、エッセンスを投入したホットケーキの出番は終了だ。そのまま、コンロに放り込み炭になるまで燃やしてしまう。
屋外だから周囲の残り香も一気に消えていくが、僅かな残り香がこちらに客を引き寄せる。
「いらっしゃいませ! ありがとうございます。」
保温状態のホットケーキを一気に売りぬく。と、出てきた、出てきた。
「誰だ! うちの店の隣で営業しているバカは!!」
誰ですか!
お客様を屋外に放置していたバカは!!
と、心の中で呟き、決して視線を合わさない。
客はまだ並んでいるので、左下のコンロも近火に変えて黙々とホットケーキを焼いていく。
周囲には客以外にワイワイ、ガヤガヤと野次馬が集まり出す。
「これ、試食用のホットケーキです。よろしければ、食べてください。」
最初に焼けた1枚を細かく刻んで、野次馬の前に差し出す。ついでにこれも親友が考案した楊枝に指した1片を怒鳴り込んできたオッサンの目を見て差し出す。一族の呪いは近くに居るだけで効力を発揮するが、目を合わせれば完璧だ。
手で払えば、一気に周囲の野次馬たちがこちらの味方につく。呪いに抗わず、1片を食せば褒めずにいられない。
私はダメ押しとばかりに笑顔を振りまく。これだけで周囲のトゲトゲしかった空気が温和なものに変わり、幸せな気分になっていく・・・。
オッサンは渋々といった感じで、その一片を口にいれた。
よし!
私は心の中でガッツポーズを決める。
「なんだ。この純朴な味なのにサクサクしてフワフワして、本当にこの値段なのか? うちだったら、この50倍の値段を付けるところだぞ!」
目の前のオッサンの褒め言葉が止まらない。それと共に焼きあがったホットケーキを順番に客に売っていく。と、野次馬たちが客の列に回りこんできて大渋滞を引き起こしている。
もちろん、その間も手は止めない。一気に焼けるホットケーキは20枚ほどなので時間がかかるのだが、その間にも試食用のホットケーキに手を出した野次馬たちが口々に褒め始める。
実は手で払っても同様に野次馬たちに売れるのだが、人々の反感を買った店が潰れてしまう。今回は今日だけの営業だから、どちらでも構わなかったが集客能力のある店舗を失うのは、こちらにとっても損失である。
それに今回は、実店舗の宣伝も兼ねているのだ。良い印象も持ってもらうことも大切である。
200枚分のホットケーキを売りさばいても、まだまだ客は途切れない。
さらに200枚分の材料を仕込んでいく。
その間も笑顔を振りまき、店舗名と開店予定日を叫ぶ。
「へえ、『アレックス』だってよ。今度、行ってみようかな。」
この店舗名は、親友アレクサンドラが獣王国で使っていた名前だ。
親友とは私が獣王国で商売をしていたときに知り合った。
ただ知り合ったのでは無い。周囲の獣人たちに絡まれていたときに助けて頂いたのだ。我が一族の呪いはそれほど強く働かない。
涙を見せても、強い意志を持つ人々の意思を変えさせるだけの効果はないのだ。その分、どちらともつかない周囲の人々の意思を味方に付けることで最大限の効果を発揮できる。そして皆が納得する値段をつけることで利益を伸ばしていく。そういう商売の仕方が基本だ。
そのときの獣人たちは余程、強い意思で居たのだろう。そのときは何故か分からなかったが・・・。
その獣人たちも『勇者』様を目にすると一目散に逃げ出していった。その時に親友は何故か男装をしており、名前も『アレックス』と名乗ったのだ。
その時は『勇者』様とは知らず、格好の良い女性だな。と、思っていたのだが、その後、帝都で催された魔王討伐のパレードにその姿を見つけたときは驚いたと、共にココロトキめかせたのだった。
次回はアレクサンドラとの出会い編です。