1. 守銭奴な善良令嬢
ブクマありがとうございます。励みにさせて頂いています。
「それにだ。君が帝国の男爵であることを隠しておけるところというと王宮には殆ど無いに等しいんだ。」
「やはり隠さなくてはなりませんか?」
「ああ、露骨にスパイ扱いされることになるだろうな。君は全くスパイに見えないが・・・。」
まあ、スパイなんだけど・・・。親友アレクサンドラの一族の呪いとは違い、敵対する国でも我が一族の呪いは有効なのね。私が心の中で何を企んでいても・・・多少尻尾を出してしまったとしても・・・いや多分現場を押さえられたとしても、スパイ活動とはみなされないんだろうな。
とんでもない解釈をされるから、窮地は脱しても行動範囲を狭められるのが痛いのよね。この呪い。
「わかりました。お受けいたします。」
本当は、情報を広く集められるところならば、どこでもいいのだ。ただ、上流階級の方々が来ないのは痛いが、どちらにしろ機密情報が手に入るはずもないので、そのあたりは、親友の伝手で裏の情報屋を雇ってなんとかすることにしよう。高くないといいけど・・・。
「あと市場での営業許可なんだが問題なく取れた。飲食店と縫製店でいいのだな。」
アレクサンドラに伝手を使う見返りに彼女の領地で産出される炭酸水とレース編みを売ることをお願いされている。うちほどではないが彼女も一族の呪いで貧困に喘いでいる時期があったのだ。決してタダでは利用させてくれない。
一時期、私もこの炭酸水で作ったホットケーキの屋台を帝都で売り歩き、かなり儲けさせてもらったから、彼女の店で出すデザートの大半を作れる。食堂のウエイトレスが暇な時間帯だけでも、屋台を引いて儲けさせてもらおう。
「はい。ありがとうございます。」
「この飲食店のデザートは貴女の考案と聞いているが、それを食堂でも出して貰えないだろうか? 実は、食堂で出されているデザート類は外注で高いけど不味いと不評なのだよ。食堂なので値段の上限は決まっているがなんとかならないだろうか?」
デザートは全て親友が考案したものだが、私が考案したものとしたほうが圧倒的に信用されるので許可を得てそうしている。アレクサンドラは苦笑しながらも許可してくれた。
一族の呪いが上手くハマりだしているみたい。儲けるための情報が向こうからやってくるのだ。これを使えば簡単に儲けられるはずなのだが、我が一族は総じてお人好しばかり、殆どの情報を他人に譲ってしまい感謝だけされ、それで満足している。
私は少々やりすぎるらしく・・・帝都で売ったホットケーキの屋台も荒稼ぎをしすぎたせいで、あっという間にブームが過ぎ去ってしまった。親友の設定した値段なら、もっと長期間に渡って稼ぎ出すことができたらしい。
食堂で出す値段の上限が決まっているから、荒稼ぎは無理だが、お客を集める必要が無いのは大きい。こんどこそ、親友に商売が下手だなんて言われないように頑張ろう。
「こちらこそ、お願いします。」
*
「このお嬢さんが、パティシエ兼ウエイトレスか。うちの要望にピッタリな人材だ。流石は女性には顔が広いトニーだ。どこから、こんな人材をみつけてくるんだい?」
女性には顔が広いって・・・『誑し』ってことかな。でも、男性の料理長に言われるなら、悪し様に直接『誑し』と言われそうだけど・・・。どちらにしても、気をつけたほうがよさそう。
まあ確かに気遣いもできてイケメンで王宮の人事を握っているとなればモテるに違いない。
「もうその言い回し止めていただけませんか? 俺は1人の女性しか愛せないんです。もう10年にもなるというのに・・・過去は変えられないっていうのはツライですね。」
ふーん。過去には醜聞が撒かれるほどのプレイボーイだったんだ。でも一途なんだ。一途なら私にとって安全パイ、告白して手酷い裏切りに遭う可能性も少ない。
我が一族の呪いは恋愛にも影響が出る。男性を好きになって告白しても、『君にはもっと良い人がいるよ』と社会的地位の高い男性を勧められてしまうのだ。我が一族の歴史を紐解いていたときに出会った酷いエピソードだ。
だから、男性に対する恋愛はしないと心に決めている。どうせ想い続けるなら、親友のほうが良い。女性同士なのに相手は『勇者』様なので公言しても皆納得してくれるから楽だし・・・。
「ああ、すまん。すまん。1度聞こうと思っていたんだが、絶対に手が届かない女性を想い続けるほうがツライと思うんだが、そうでもないのか?」
絶対に手が届かない女性?
「いえ幸せな10年でしたよ。ユーティーには散々嫁さんを貰えとせっつかれてますけどね。これだけは変えられない。」
「お前なあ。あの方のお悩みを一つでも取り除いて差し上げようとは思わないわけ?」
「それとこれとは別です。あの可愛い顔が苦い顔になるのは心が痛みますけどね。」
「・・・ああ、ゴメンゴメン。放っておいて・・・。この男、現国王のユーティー様と兄弟として育ってきてね。将来の右腕と嘱望されている人物なのだよ。お嬢さん、どうかなこうゆう男性は?」
「義兄弟ですけどね。止めてくださいよ。俺はあの方を想うだけで手一杯なんですから・・・。」
ああ、現国王は庶民の中で育ったと聞いた。この男の母親に育てられたらしい。
なるほど、だからこの年齢で王宮職員の人事を握るほどに登り詰めているわけなのね。確かに世の女性なら放っておけないかもしれない。
「気持ちは分かります。私も生涯手の届かない存在を愛し続けるつもりですから・・・。」
「へえ、そうなんだ。もったいないね。でも、食堂で恋愛沙汰で問題を起こされるよりはいいよ。偶にいるんだよね。綺麗な女性が少し多めに料理を盛り付けただけで勘違いする輩が・・・君も気をつけてね。」
料理長は穏やかな笑顔で諭してくれる。
「はい。ありがとうございます。」
どんな忠告であっても、こう答えることにしている。一族の呪いで言ってくれていることならば、絶対に変わらないので反論してもどうもならないからだ。
「じゃあ、早速だけど・・・デザートの材料は持参しているね。どんなものを出すつもりなのか。教えてもらおうかな。」
いよいよ、デザートの試験だ。これに受からなければ、ウエイトレスだけの薄給になってしまう。何が何でも料理長を舌を満足させなければならない。