プロローグ
拙作「オタクの悪役令嬢は復讐を果たせる?」に登場した男爵令嬢ティナが主人公の物語です。
どんなことをしても善良に見えてしまうという呪われた一族に生まれた主人公が人生の転換点を迎え苦心しながら、生き抜いていく物語です。
「どういうことですか。私は就職先を斡旋して頂けるという話でお伺いしたのですが?」
この帝国の創世記から存続するビクトル男爵家の長女ティアスザンナは、帝国の懐刀と呼ばれて久しい宰相ドトーリー様の執務室に呼ばれていた。
歴史あるビクトル男爵家だが、南北別々の国に挟まれた広大な山の斜面を領地として持つ単独領主である。だが帝国で唯一、飛び地に存在するため、隣国との関税により酷く貧しい。以前は鉱山を持っていたのだが、帝国が起こした戦争に負け、指揮した王弟の身代金として差し出した経緯がある。
しかも、当時の当主がお人好しだったせいか、僅かな賠償金で納得させられ、その賠償金さえも傷ついた兵士たちの治療費に消えていったのだという。
当主だった父は日に日に膨らむ借金を気に病むでもなく、飢饉があると税をかけず施しをする人だった。
そして、魔王が出現し、討伐隊が組織されると真っ先に当主の座を私に譲り、幾人かの同志と共に出兵して帰らぬ人となってしまった。
その父の残した借金を返すために私はありとあらゆることをした。農民が税が高いと言い出せば、一族の人間を派遣し泣いて謝らせた。私の一族には呪いが掛かっている。泣けば罪悪感を持ち、笑えば心温かくなる呪いだ。
実際にそういう人間が多かったのだが、心清らかに見えるらしく。利益率の高い商売に手を出すなど少しでも悪いことに手を染めようとすると、本気で止めようと諌めにやってくるほどだった。
私の当主としての執務は成功した。この呪いを利用すれば、簡単に有利な条件や有用な情報が引き出せるからである。だが、初めだけだった。大きく儲けようとすると、商売に手を出さざると得なくなる。
一族の人間は皆お人好しで商売に向かないこともあって、何の知識も持たない私が指揮をとったのだが……商売のイロハも知らない私が成功し続けるはずもなく。借金もほとんど減らない。
そこで以前商売の途中で知り合った親友の『勇者』アレクサンドラを頼って、副業を世話してもらうことにしたのである。
「もちろん、紹介しよう。エル王国の王宮に……。」
そう言って、にっこりと目の前の男が笑う。食えない笑いだ。親友の話では『威嚇』スキルが効かなかった強靭な神経の持ち主らしく、先ほどから泣いて見せているのだが我が一族の呪いも効かないらしい。
「そんなっ。それでは話が違います。」
「この話を蹴るというつもりかな。皇帝ゴディバチョフがワザワザ準備のために動いたのだが……。」
ひっ
こ、これは断れないじゃないの。ここで断ったら、最悪領地も爵位も取り上げられてしまう。
この男ならやりかねない。しかも、親友のアレクサンドラの顔まで潰してしまうことになる。だがこのままでは引き下がれない。
「この話を受けるとビクトル家に利することになるのでしょうか?」
最悪、隣国との友好のために使い捨てされて終わってしまう。
「ほうほう。代々の当主とは違いますな。そうですな。ビクトル家にも利益が無いと動けませんか。」
この男……うちの当主たちがお人好しなのを知っていて有無を言わさず押し付けるつもりだったらしい。
「も、もちろんですわ。」
ひぃ……親友アレクサンドラとは違い、度胸より一族の呪いを利用した笑顔で世間を渡ってきた私には天敵だわ。
「そうですね。エル王国に領地が併合されれば、民の暮らしもよくなるでしょうが……特別にビクトル家の借金をこちらで持ちましょう。」
確かにエル王国に物資を持ち込む際に掛かっている関税が無くなれば、随分とマシになる。やはり、こちらの借金を持つくらいの予算は取っているはずよね。
こんな小娘相手に何を小出しにしているのよ。こんなことなら、アレクサンドラが持っているという裏組織を使ってでも事前に調べてもらうべきだったわ。
「当座はエル王国の内情を報告すればいいのですね。最終目的はなんでしょうか?」
「ふふふ。なかなかやりますね。流石はアレクサンドラ様を誑し込んだご当主様だ。でも、これっきりでお願いしますね。『勇者』様を利用するのは……実を言いますとあの方を味方に持つ、貴女は帝国的にも世界的にも脅威なんですよ。あの方を利用すれば、一国の王になることも可能ですから……」
アレクサンドラは気安く話しかけて仲良くしてくれるけど、本当は恐れ多いことは分かっているつもりだ。だから、決してこちらからお願いしたりしない。今回のこともアレクサンドラが積極的に動いてくれたのだ。
まあ私が商人として向いていないことが原因なんだけれど……。
しかし、一国の王か……周囲の男性が放っておかないはずだわ。ものの噂ではどこに行ってもプロポーズされるとか……。
「そんなことはしません! 彼女は私に取って大切な親友なんですから。」
「その言葉を忘れないでくださいよ。でなければ、闇から闇へと抹殺する輩が出てくるでしょうから、貴女のことまでは手が回らないかもしれない……。」
ひぇっ
目の前の男はヤルつもりだ。一族の呪いを受けないこの男ならやり遂げるだろう。
「まあいいでしょう。最終目的は、貴女たちを使って、友好条約を勝ち取ることです。それをやり遂げれば、男爵の年金の100年分の恩賞を差し上げましょう。」
ここまで全て予算を取ってあったのだろう。何か我が一族に対して悪意があるような気がする。我が一族が人に恨まれるなんて有り得ないことだ。きっと、職務に忠実なだけだろう。
「わかりました。お受けします。」
*
帝国皇帝が準備に動いたからか、わが領地のエル王国への併合手続きも滞りなく終わった。もちろん、領主としての地位も確保され、私は一代限りの帝国の名誉男爵であるとともにエル王国の男爵を襲爵した。
エル王国の国王は25歳で即位されたばかりの笑顔の可愛い青年だった。なんでも前国王の王弟の息子で母親が市民階級の出自だったことから、即位にはかなりの抵抗勢力が居たらしいが、前国王の鶴の一声で押さえ込んだらしい。
前国王には子供がいない。正室には我が領地の北に位置するルム国から王女を娶ったらしいが出産の際に母子共々、お亡くなりになったそうである。
第二夫人として、先の帝国との戦いで女神と謳われた女性がいらっしゃるのだが、公式行事には滅多に顔を出さない女性らしく、私の襲爵の儀式にも親王の隣の席は空席だった。
*
「食堂のウエイトレスですか?」
襲爵の儀式も無事終わり、王宮職員の人事の責任者であるトニー氏のところへ訪れた。
「そうだ。我が国には、王宮職員として女性を採用した例は無い。」
嘘よ。事前に調べたところ、王宮で働いている女性が居るのは分かっている。
「ああ、彼女たちは全て侍女なんだ。」
私が時折通り掛かる女性を目で追っていると・・・そんなふうに答えてくる。
「侍女・・・ですか?」
「そうだ。ビクトル家の当主を名目上とはいえ、国王に生涯を捧げる侍女にするわけにはいかないだろ。だから、王宮食堂の料理長の一存で決められる。ウエイトレスという形での採用となったんだ。それに君は多くの人々と関われる仕事をしたいと言っていただろ・・・。」
確かにそう言ったが・・・まさか、食堂のウエイトレスだなんて。
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