運命の始まり
感覚的には停止した時間、空気中の水分が存在を否定されたように消失する。
直後、ビュンと風を切る音と共に恐ろしいほどに鋭利な金属の弾丸が業火を纏って空間を揺らした。
異変はもう一つ。
闇に包まれた幄が光に割れる。美しく切り裂かれた雲の隙間から、光が射し込んだ。いや、それは光ではない。触れる物の全てを炭素の塊へと変貌させる雷鳴の槍だ。
その圧倒的な暴力の矛先にあるのは、誰から見ても不釣り合いな存在。
「‥‥‥‥」
それは病的なまでに白い少女。
服や装飾品がと言うのではない。皮膚や瞳、暴風になびく髪の末方までも雪のような純白に染まっている。
まもなく迫る驚異に対して、少女は防衛の手段を持たない。その身に纏った布切れからはダガーの一本も取り出せはしないだろう。そんな、絶望的な状況で、
「クスッ‥‥」
少女は笑みを浮かべていた。見る者に畏怖を抱かせる冷たい微笑を。
『忌まわしき刃に終焉を!』
姿のないナニカの宣言と同時、停止した時間が動き出す。光速にも近いスピードで絶対の法則が波打った。
轟音、暴風、業火、常世の地獄が襲いかかる。
元来、細砂しか存在しない空間から粒子すらもが昇華する。当然、そこに少女の存在は許されな‥‥
「なめるなよ?」
冷えきった宣告と同時に、全ての事象が無へと帰結した。美しく鋭利な閃光の斬撃が、空間の全てを断ち斬ったのだ。
そして、その手を天へと掲げ、訴えかけるように言葉を紡いだ。
「神ごときが、『────』を殺せると思うな」
空は沈黙した。
1
数十年前、召喚士逹は自由な存在だった。
異界の力を使役する彼らは、酒に溺れて街を焼き、ギャンブルに負けて生態系を変え、世界中に混乱を招いた。
そして、『とある事件』を皮切りに、召喚士という存在は恐怖の象徴となった。
世界は自覚したのだ。力を手にすれば振るわずにはいられない。嬉々として引き金に手をかけるのが人間であると。
各国は、それぞれ召喚士に対する制約を求めた。ある国は腕輪によって自由な召喚を封じ、国の軍隊とした。また、ある国は全ての召喚士を二四時間の監視体制に置くことで、平和を取り戻した。
そして、世界第二位の経済王国『イデア』には一風変わった制約が存在する。その制約とは住み分け。
南北に広い土地を持つ島国『イデア』の広大な砂漠を全て埋め立て、全長四〇〇キロメートルに及ぶ外壁で覆い尽くした摩天楼。
召喚士の暮らす街『召喚特区』である。
2
「鬱になりそうだ」
『召喚特区』に住む受験生、三雲夕斗は魔導書の処理を進めていた。処理と言っても大したことではない。あらゆるスペルで書かれた紙媒体を読み進めていくだけに過ぎない。
一見、それは読書にしか見えない。本好きな人間にしてみれば読書だけして生きれたら幸せなことだろう。しかし、三雲が読んでいるのは魔導書だ。読んでいるだけで精神力を削られたり、体力を奪われたりするものではないが、読むのは非常に苦痛な物。例えるなら一文字毎にフォーマットが違う書物を逆さにして、終わりから読んでいる感じに近い。
「契約式の前日までジャックポットしてた人が何言ってるの」
そう告げたのは三雲の隣に座るツインテールの少女、宮日結夏だ。6歳からの付き合いだが、正直特筆する点のない女子。昔のアダ名がジミーちゃんだった位だ。呼んでいたのは三雲というオチがあるのだが。
「結夏、お前は間違っている。今朝までだ!」
「馬鹿なの? 死ぬの?」
毒を吐きながらも三雲の倍以上の速度で魔導書を処理していく。才能の差が恨めしい。
「‥‥いよいよ、明日だね」
そう話す宮日の瞳は憂いを秘めていた。
「終わっちゃうね。中学生活‥‥」
「ああ、そうだな」
小中9年間の集大成、それは明日に控えている。
召喚士育成専門校・サモナールの入学試験。倍率はそこまで高くないが、人生初めての受験という重圧が二人にのしかかっていた。
とりわけ、三雲は前述の通り鬱になりそうな段階だ。受験の重圧から「最期の一週間に勉強しても変わらねえだろう」という誤った境地に辿り着き、この一週間はゲームセンターの主になっていた。コインゲームに小銭を費やしながら、危機感を取り戻したのが今朝である。
成績自体は悪くない三雲だったが、前日ともなると流石に危機感を感じて魔導図書館までやって来た訳だ。
「危機感が遅すぎるんだよ‥‥。落ちても知らないよ?」
言い方は刺々しいが、心配してくれているというのは理解できる。正直、不安は募っていた。
「うるせえ。何とかするよ‥‥」
宮日が暗に示したのは筆記試験に関する事ではない。普段は遊んでいても、テストでは学年でも指折りの順位だったりするのが三雲という少年だった。
問題は、
「頑張りなよ。アンタは召喚獣がいないんだから」
そう、ここだ。
実技試験の内容は毎年違うが、召喚獣同士の決闘や魔物の討伐が基本的な内容だ。後者なら創意工夫の割り込む隙はあるが、前者ともなれば召喚獣は必須。別に選ばれし力や伝説の剣を持っていない三雲には死活問題となる。
「分かってるよ。今更契約なんて無理だしさ」
召喚士とは言っても世界に存在する全ての魔物や神を使役できる訳ではない。そこには契約法があり、形式がある。
呼び出す事ができるのは他の召喚獣を用いて屈服させるか、取引によって契約を結んだ召喚獣のみ。召喚教育が始まる中学後期からは、進路選択と契約獣契約が教育カリキュラムに組み込まれている。
当然、三雲も契約の儀は幾度となく行った。S級の神獣からE級の魔物まで、あらゆる条件で取引を行おうと試みた。しかし、返ってきた答えは一つだけ。
『認められぬ』
それだけだった。
考えてみれば、犬や猫に嫌われやすい人間というのは少なからず存在する。最新の科学では人間特有のフェロモンが関係しているらしいが、三雲は契約獣に嫌われるフェロモンでも発しているように契約が成立しないのだ。
「まあ、安心しなよ。もしもの時は結夏様がちゃんと護ってあげるからさ!」
そんな風に宮日は笑って見せた。
「頼りにしてるよ」
昔から宮日はこんな奴だった。
思春期の男子中学生よりも素直じゃなくて不器用。感情表現も下手で、でも三雲は知っている。
宮日がこんな笑い方をするときは、不安な時だ。それでも、それを覆い隠して、誰かのために浮かべる笑顔だ。
「ありがとな、結夏。心配してくれて」
そんな風に心中で呟い‥‥
「ッ!?」
みるみる宮日の顔色が赤くなっていく。声に出てたらしい。
「あ、いや。普段色々と助けてもらってるからって意味で。深い意味とかはないんだけど」
朝、起こしてもらったりとか。弁当作ってもらったりとか。友達に「新妻かな?」とか揶揄されるレベルの親切を受けている三雲である。普段から感謝はしているが、改まって感謝を伝えたこともない。むしろ、憎まれ口を叩く方が多い気もする。
「あ、あうううっ! いきなり何なんだね! 」
何か顔が熱暴走を起こしていた。風邪かな? とか考える辺り三雲の鈍さも大したものだ。
「ももも、もう帰るから!」
床にプリントを盛大にぶちまけながら、帰り支度を始める宮日。ガチのジミーちゃんになりかけている。
「大丈夫か? 具合悪そうだけど」
顔も赤いし、挙動も不審だ。諸原因は三雲にあるのだが、鈍感はどうしようもねえのだ。
「にゃにゃにゃにゃにゃ、にゃにゃにがー!?」
「日本語でオーケー?」
恐らく「何が?」と言いたいのは理解できたが最早発音はミミガーに近い。というか、大声のせいで司書のオバサンが凄い目を向けていて逃げ出したい。
「ぜ、絶対に合格しなよ‥‥? 一緒に学校‥‥行くんだから」
手早く荷物をかき集めると、そう言い残して足早に立ち去って行った。
何か怒らせたかな? とか心配する辺り鈍(以下略)
三雲は大きく息を吐き、
「必ず‥‥合格するよ」
送り出す背中に静かに誓った。
こんにちは。
普段は某チャンネルで安価書いてました。
初めての連載作品と言うことで、楽しんでいただけたら嬉しいです。