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『お試し下さい。』

『お試し下さい。』 =ヤル気万歩計の巻=

作者: 桃色 ぴんく。

 俺は、聞いてしまった。女子社員たちの噂話を。


「高山さんって、顔は結構男前なのに、デブいよね」

「そうよね~若い頃はもっと細かったって聞いたよ」

「やっぱオジサンになると太りだすのか~」

「若い時の高山さんと会ってみたかったわ」

「もうあんまりお菓子あげない方がいいんじゃない?ヤバイよ」

「だよね、最近特に激太りしてない?デブすぎてコワイ」 

  


 家に帰って、女子社員たちの会話を思い出す。そう言えば、この頃、確かに体が重いなぁ・・・と思っていた。特に気にもしてなかったけど、シャツのボタンもギリギリ留めれるレベルだった。

「もしかして、また太ったんかな」

しばらく乗っていなかった体重計に乗ってみて、俺は愕然とした。

 


 体重計が示した数字は・・・87.2キロだった。



 最後に量った時は、72キロぐらいだったはずだ。

若い頃は67キロでほぼ標準体重。ちなみに身長は175cmだ。

結婚してちょっとずつ太って70キロ前後をうろうろしていたが、87キロだって!?

一体、俺の体に何が起こったのか。俺は日々の生活を振り返ってみた。

結婚するまでは毎週ジムにも通ってたけど、今の生活と言えば・・・



 会社まではマイカー通勤。朝の8時前に着いて、仕事はデスクワーク。昼ごはんは、結婚当初は愛妻弁当だったが、今は作ってもらえず、社内食堂で特盛ランチセットを食べる毎日。3時のティータイムには、女子社員がおすそ分けしてくれるスイーツを食べ、定時になり、車に乗って帰宅。子供たちの帰宅時間が遅いから、晩御飯の時間がずれ、晩御飯を待てずに小腹対策で軽く1杯。家族と晩御飯を食べたら、風呂に入って即寝。時々、夜中にお腹が空いて目が覚め、冷蔵庫をあさることも・・・休みの日なんて特にやることもなく、借りてきたDVDを横たわって観るだけ。



「そりゃ太るよな」


 こんなに太ってしまってから、気付いても遅いかな。テレビのCMの『本気で痩せる!』というフレーズが聴こえてくる。また女子社員たちのお喋りの内容を思い出してしまった。「激太り」「デブ」という言葉が心に突き刺さる。


「こうやってテレビばっか観てるから余計ダメなんだ」

 俺は、テレビのリモコンを取ろうとテーブルの上に手を伸ばした。

 

バサッ


 置いてあった新聞紙を落としてしまった。拾い上げようとした時、ヒラヒラと1枚のチラシ広告が舞い落ちた。

「ん?」



 『本気で痩せたい方は、ぜひお試し下さい。驚くほど、効果大!』


新しいダイエット器具か、サプリか、はたまたジムか・・・と思いきや、それは『万歩計』の広告だった。

「万歩計かい。・・・機械でも薬でもなく、結局最後は歩けってことかな」

 俺は、その万歩計のネーミング『ヤル気万歩計』の『ヤル気』の文字に何故かものすごく惹かれてすぐに購入した。




 翌日、会社から帰ると、ヤル気万歩計が届いていた。

「おお、もう来たか」

「なにそれ?万歩計買ったの?」

 箱を開ける俺の横に、妻が寄ってくる。

「ちょっと太りすぎてきたから歩こうと思って」

「3日坊主で終わらないようにね~」

「絶対痩せてやるから。ちょっと歩いてくるよ」



 ろくに説明書も読んでないが、とにかく俺は歩いてみた。こうやって歩くの、久しぶりだよな。夕暮れから夜に変わっていく街並みを歩くってのもいいもんだな。今日は初日なので、とりあえず町内3周ぐらいでやめておこう。さてさて、何歩歩いたかなぁ。

 玄関に入ってすぐに万歩計を確認してみる。

「あれ、たったの1787歩。距離が短すぎたか」

 それでも、今まで歩くことすらしなかったし、と自分に言い聞かせ、家の中へ入る。



「おかえり~。えっ?ちょっと痩せてない?」

「あはは、冗談やめてくれよ」

 そんなちょっと歩いただけでいきなり痩せるはず・・・一応、鏡で確認してみる。確かに、ちょっと顔がスッキリしているような気もしないでもない。きっと、『ヤル気』になったから、なんとなく痩せたように思えるだけだな。明日から、毎日頑張ろう!



 翌朝、いつもと同じサイズのシャツを着た時、何かが違う、と感じた。

「あれ・・・」

 なんだか、いつもよりボタンを留めやすいような?

気のせいか。いくらなんでもそんなにすぐ効果が出るわけない。俺は会社に向かった。



 その日も、帰宅後に万歩計をつけて歩くことにした。 昨日は町内3周しかしてないから、今日はもう少し頑張るかな。5周、いや、倍の6周でやってみよう。

「倍でも3千ちょっとだもんな~1万歩って結構すごいよな」

 俺は、痩せていた頃の自分を思い出しながら歩いていた。あの時代から20年は経っているが、痩せたら俺だってまだまだいい男のはずだ。女子社員たちの憧れの的になったりして。



「ふう。今日は3618歩か。まぁこんなもんだな」

 家に入ると、妻がギョッとしたような顔をしている。

「どうした?」

「あなた・・・」

「なんだよ」

「すごい痩せてない!?」

「昨日の冗談の続きかぁ」

「違うって!鏡!いや、体重計乗ってみて!」

 妻に体を押されるように、風呂場の体重計の元に連れて行かれた。



「おお・・・」

 鏡で見る限り、かなり痩せた気がした。そして、体重計に乗ってみる。


「ええ!?71キロ??」

「すごい!なんなの!!!」

「まさかとは思うけど、この万歩計つけたらこんなに痩せれるのか!?」

「夢みたい!嘘みたいな話!どういう仕組みになってるのかしら!?」

 妻も、俺が痩せたことで嬉しく思っているようだった。



 ヤル気万歩計をつけて歩くだけで、こんなに効果が出るとは・・・。きっと目に見えて効果が現れるから『ヤル気』が出るんだろうな。明日もこのぐらい歩けば、もう標準体重に戻れるかも知れない。もしかしたら、ヤル気万歩計さえあれば、『どれだけ好きな物食べて太っても、すぐに体重を戻せる』のではないか。俺はなんてラッキーな商品を手に入れたんだろう! 



 翌日、思っていた通り、俺の体重は標準体重まで戻った。175センチ、66キロ。いい感じだ。

急にサイズダウンしたから、スーツや服を買い直したりもしたが、この先太ることなんてまずないのだから、少しの出費なんて痛くもなかった。

 会社の女子社員たちも、憧れの目で俺を見ている。ような気がしてきた。

「もしかして、あのCMで有名なとこで痩せたんですか?」

 短期間でこんなに痩せた俺のことがうらやましい子もいるようだった。

「まぁ、それじゃないけど。似たようなとこかな」

 不思議な万歩計のおかげだとは言えないので俺は言葉を濁した。



 

「あら?まだ痩せる気?」

 ウォーキングに出かけようとすると妻が声をかけてきた。

「うん。あとちょっとだけ、て思って。町内3周ぐらいかな」

「そっか。いってらっしゃい」



 町内を歩いていると、前から会社の女子社員の一人が歩いてくるのが見えた。

「おお、山田さん、今帰りかい」

「あ、高山さん。お疲れ様です。はい、ちょっと残業してました。ウォーキングですか?」

「軽く町内3周ほどね」

「毎日、歩かれてるんですね。すごいなぁ。私も見習わないと!」

「君はダイエットなんて必要なさそうじゃないか~」

「そんなことないですよ~最近甘いもの食べ過ぎて~」

 などと他愛ない会話をしていた、その時・・・一人の男が走ってきたかと思うと、一瞬の早業で山田さんのバッグをひったくっていった。



「ああ!私のバッグ!!!ど、ど、どうしよう!」

 完全に山田さんはパニックになっている。人通りもそんなになく、道行く人に助けてもらうより、追っかけた方が早いか・・・今の俺なら早く走れる自信もあった。

「俺がかならず取り戻すから、山田さんはここで待ってて!」

 おろおろしている山田さんに言い残し、俺は走り出した。ものすごいスピードで。



 ひったくり犯の姿が前方に見える。くそぅ、足の速い奴だ。足に自信があるからひったくりしてるんだろうけど。俺だって負けないぞ!まだまだ、走れるぞ!!!!

 山田さんのバッグを返せ!彼女の大事な物、何かはわからんが、お金やらスマホやらいろいろ入ってるんだろうから、早く返せ!俺は必死で走った。なんだかだんだん体が・・・



 バタッ



 ひったくり犯まであと少し、というところで、俺は地面に倒れてしまった。倒れた時に、ガチャッと万歩計も外れてしまったようだ。

「う・・・」

 ただ、転んだだけかと思ったが、俺は起き上がれなかった。



「きゃあああ」

「えっ、なに・・」

「やばくない、あの人・・・」

 倒れている俺を見た通行人たちがざわめく。なんだよ、人が転んだだけでそんな顔で見るなよ。あれ・・・起き上がれないぞ。なんでだ・・・体に力が入らない。遠のく意識の中、救急車のサイレンが近づいてきたような気がした。




「心配したわ。でも生きてて良かった」

 目が覚めると、俺は病院のベッドの上だった。どうやら、ヤル気万歩計をつけたまま、ひったくりを追いかけてしまったことで、かなり急激に体重が減ってしまったようだ。倒れて救急車に運ばれた時、俺の体重は30キロほどしかなかったらしい。

「焦らないで、ゆっくり体重戻していこうね」

「すまない」

「今度は太りすぎる前に、私がちゃんと見てるから。今まで、ほったらかしでごめんなさい」

 妻は、俺が太ってしまったことも、痩せすぎたことも、自分にも責任があるんじゃないかと反省しているようだった。違うよ。俺が自分に甘かったから、こんなことになったんだよ。

「はい、あ~ん」

 妻が、お粥を食べさせてくれている。ちょうどいい温度のお粥の味が心まで染み渡るような気がした。美味しさを噛みしめながら、俺は考えていた。



 何事もほどほどのヤル気がいいんじゃないかな、て。



         ~『お試し下さい。』=ヤル気万歩計の巻=(完)~


 

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― 新着の感想 ―
[一言] 万歩計を題材に、面白い内容です。 ストーリーが短い文の中にとても簡潔で、最後は優しさで締めくくられてるさわやかな印象が残りました。 読み終わって、つい笑顔になっている自分に気づくくらい、内容…
[良い点] 文句なしに面白いです。 駆け走りで読んだだけなので、細かなところについての感想が書けません。 申し訳ありません。
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