表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/11

鵜飼さん

 あくる二年生。俺は無事に二年生になる事が出来た。校庭に貼られた紙を見て、俺が二年三組に振り分けられたことを知った。

 予鈴ぎりぎりで校舎に入った。いつもこうだ。あまり早く着くと、手持無沙汰になってかなり残念な状況になってしまう。クラスから浮いているという訳では無いのだが、どうも人と話すのは苦手だ。いつもは雨宮と話すのだが、朝だけはあいつも朝練で居ない。

 俺は二階への階段を上り、自分の教室のドアを開けると、雨宮が抱き着かんばかりに突撃してきた。


「よかったなぁ。俺たちまた一緒みたいだぞ。やりやすくてしょうがねぇよ」


「あぁ。ラッキーだ。もしかしたら離れるかもしれないと思ってたからな」


 俺と雨宮は二年になって文系を選択していたが、同じクラスになれるとは言っていない。流石に文系と理系に分かれたらどうすることもできなかったが、同じ文系なら確率があるかもしれないと、春休み前に話していたのだ。

 少しばかり話していると、一人の先生が入ってきた。


 マッチョ先生だ。

 去年と同じく、俺たちの担任みたいだった。

 マッチョ先生とはその見た目からつけられた愛称だ。本当にムキムキなのだ。ジャージの上からでも分かるほど、筋肉が隆起している。

 それが畏怖と敬意を呼んで、マッチョ先生というあだ名が出来上がった。

 マッチョ先生も最初こそ照れくさそうにしていたが、すぐに慣れたみたいだった。マッチョ先生と呼ばれることにも慣れ、そして、満更でもない様子だった。

 マッチョ先生は教卓の前に手荷物を置いて、その大きな声で話し始めた。

 生徒たちもそれに従い、席に着く。


「お前らも今日から二年だから、この学校のルールもわかっているだろう。特に俺からいうことはない。渡すのはこのプリントだけだな」


 そういって教卓に置いた荷物を配り始めた。

 時間割だ。

 確かに必要だろう。

 後ろの席だった雨宮にもプリントを渡す。


「正直やることないんだよな。どうすっか」


 マッチョ先生はそう言うと、妙案を思いついた様な顔をした。


「委員会があったか。そう言えば決めろって教頭から言われてた。早速決めよ」

マッチョ先生はパイプいすを引き出してくると、黒板の端っこの方に陣取ってドンとそこに座った。腕を組んでそこから話し始める。せめて教卓に立てよ。


「まずは委員長からだな。誰かやるやついるか?」


 俺は絶対やらないという決意の下、自分の机の上を凝視する。誰もやらねーだろと思っていたが、すぐに二人の手が上がった。しかも男女二名であって、これで委員長のポストは彼らに決まった。名前はわからない。


「よーし、決まりだ。それじゃ、二人でこの後を決めてくれ」


 委員長たちは黒板の前に出て、キビキビと動き始めた。場馴れしている、と思った。


「それじゃ、委員会と係を決めます。自分のやりたい所に名前を書いてください」


 男の委員長がそう言っている間に、女の委員長が黒板に保健委員とか、美化委員とかを書き始めていた。すぐに係までの名前を全部書いた。

 それを確認すると、クラスのみんなが黒板の前に集まっていく。


「三名以上になったら話し合いか、じゃんけんで決めてくださーい!」


 男子の委員長がこのカオスな空間を見て、早速手を打った。

 所々もうジャンケンをしている所がある。

 俺も黒板に行こうとすると、後ろの雨宮が話しかけてきた。


「どうする? また国語係一緒にやるか?」


 俺たち二人は去年の一学期からずーっと国語係をやっていた。

 これはとても楽な係だ。

 基本は何もしない。何かあればみんなの前で連絡するくらいだ。例えば、「明日は古文の単語帳が必要です」とか、「課題の提出は明日までです」位だ。超ラク。


「そうだな。そうしようか」


 俺は国語係の下に書いてある名前を見る。というよりなかった。これはラッキーだ。他の係りも大して変わらないから、どれでもいいが。


「じゃあ、名前書いてくるわ。お前はそこに居ていいぞ」


「サンキュー」


 黒板前の人だかりは確かに面倒そうだ。雨宮が一人行ってくれるのは有難い。

 雨宮は自分の名前と俺の名前を書いて、満足するとこっちに戻ってきた。ややすると全部決まったのか、生徒たちは自分の席に戻り、静かに次の指示を待った。


「あ? 終わった?」


 マッチョ先生は目を閉じて、寝ていたようだ。

 しかしその眼は険しい。


「なんだよ。図書委員男子、一人いねーじゃねーか」


 確かに女子の名前は書いてあるが、一人だけだ。男子がいない。

 マッチョ先生は何事か悩んでいると、俺の名前を呼んだ。俺かよ。なんだよ。何かしたっけ。


「三谷ぃ。お前、また国語係か。んぁ? 雨宮もか。……よし、お前らどっちか図書委員な」


 ハァ? マジで。ウソ。やだ。やだ。面倒。でもこんなこと言えない。

 マッチョ先生怖いし。ガチムチだし。

 先生なんだから生徒の俺たちが逆らえるような立場じゃない。

 それにみんなの視線が俺に突き刺さっている。やばい。緊張してる。もうこんなの嫌だ。

 すると後ろにいた雨宮が先制攻撃をした。おのれ。裏切ったな。


「お、俺野球部あるから、できません。三谷がやります!」


 雨宮の言葉にマッチョ先生も納得している。


「じゃあ、図書委員は三谷だな。委員長、書いといて」


 女子の委員長が黒板に新たに俺の名前を書く。

 場所は図書委員の下だ。


「マジかよ……」


 それが終わるとマッチョ先生も席を立って、教室から出ていった。

 もうこれでホームルームは終わりみたいだ。

 今日は始業式だから、授業はない。全員部活でもあるのか教室を続々と出ていった。

 後ろで気配を消している雨宮の首根っこをつかんだ。


「おい……」


「いや、しゃーねーだろ!? お前だって俺が野球頑張ってるの知ってるじゃん。分かるだろ?」


 まぁな。

 雨宮の邪魔をするのは、確かに悪い。

 この高校の野球部はそこまででもなかったが、去年の夏はそこそこ良い所まで行った。雨宮も二年になってもしかしたらレギュラーになれるかもしれないと、張り切っているのだ。それを邪魔する図書委員は目の上のたんこぶになるだろう。

 俺は手を放して、雨宮を解放した。


「悪いな、明日にでも何か奢るよ」


「……それで手打ちにするか」


 俺は三ヶ月の図書委員の引き換えに、何かを奢る権利をいただいた。

 しょぼいな。

 雨宮はすぐに教室を出ていった。

 野球部は忙しい。みんなそれを知っているから、道を譲っている。


「はぁ……」


 俺は自分の名前が書かれた黒板を見ると、大きく息を吐いた。

 俺の隣に書いてある名前も目に入ったので、思わず呟いてしまった。


「鵜飼真琴……?」


 それが女子の図書委員の名前なのだろう。しかし聞いたことはない。それくらい当然か。一学年三百六十名いる学校だ。知らないやつがいたって不思議じゃない。

 しかし俺は唐突に約束があった事を思い出した。


「やべぇ。詠子が待ってる。行かないと……!」


 俺は急いで校舎から出ようと廊下を駆け足で走る。

 階段をバタバタと下りて、下駄箱で外靴に履き替えた。つま先を地面に二,三回当てて、ちゃんと靴を履く。

 ポケットにある自転車の鍵を握りだすと、そのまま駐輪所に駈け出した。

 鍵を開けて、荷物を前籠に放り込む。

 すぐに自転車に乗って、十五分の道程を進み行く。

 普通の街並みを何分か進み続けると、繁華街が見えた。ここは自転車通行禁止だから、下りて行かないといけない。


「急いでんのに……!」


 俺は自転車から降りて、押して走る。かなりデカい商店街だ。走るだけでも数分かかりそうなくらい遠い。歩きならさらにだ。

 重い自転車を押しながら急いで走っていると、ようやく駅が見えた。

 駐輪場にいつも通り自転車を置くと、急いで改札口に飛び込んだ。しかしその前に切符を買わなければならないことを思い出す。小銭を財布から出して、入れ込む。出てきた切符を手に取って、改札口を開けると、駅のホームに駆け降りた。


 その瞬間、ジリリリと電車が来る警告音が鳴って、ちょうどいいタイミングで来たことに安堵した。

 が、少し間に合っていない。

 電車の扉が開いて、人がぞろぞろと出てきてしまった。 

 慌てて階段を駆け下りる。一段飛ばしで階段を下りて、駅員さんに大声で呼びかけた。


「の、乗りまーす! ちょっと待って……!」


 駅委員の一人が俺に気付いたみたいで、ドアを閉めるのを待ってくれた。

 電車内に飛び込むようにして入ると、最初から乗っていた人が俺の登場に少し驚いていた。

 俺は突き刺さる視線の数々に、顔を俯かせる。

 くそ。恥ずかしいことした。扉の前で減速すればよかった。勢いよく飛び込む必要なんて皆無だった。駅員さんも待っててくれたのに。

 すると電車が動き出し、慣性で俺の体が揺れる。


「おっと……!」


 学校が早く終わったこともあり、電車の中は空いていた。

 空いている席に座って、スマホをいじる。

 目的の場所はここから三十分はかかる。

 ショッピングモールだ。はぁ。糞が。死ねよ、あの女。

 俺は適当にアプリをいじり、外を眺めながら時間をつぶす。いつもは一時間くらいはこうやっているのだ。慣れっこだ。

 何個もの駅を過ぎさり、人の出入りも激しくなる。多い場所では全員が入れ替わるような勢いで、人が出て行き、流れ込む。

 そろそろ目的の場所になるころになると、俺は立ち上がった。


 目的の白砂駅だ。

 大型のショッピングモールができたからか、人がたくさんいる場所だ。とはいえ、田舎基準ではあるが。大きな町の方に比べれば、幾分か少ないだろう。

 俺は人の流れに乗って、電車から降りた。

 階段を上って改札口に出ると、そいつはいた。


「遅い。何分待たせる気!?」


 姉の詠子だ。

 白いスカートに淡いピンク色の上着を着ている。茶色っぽいカバンをもって、フルメイクでそこに居た。今日は長い茶髪を巻いているようだ。いつもはストレートだから気づきにくいんだよ。

 今朝、詠子が俺に「ショッピングモールに行くから荷物持ちに来い」とふざけた事をのたまいやがった。

 俺は当然断った。心の中で。


「分かった」

 しかし俺の心とは裏腹に、口は勝手に唯々諾々と詠子の命令に従っていた。

 そう。俺は詠子の独裁政治に逆らえなくなっていたのだ。


 二人暮らしも長く、詠子の言う事を聞く期間が長かった。それが恐らく俺のこういう性格を生んでいる。詠子の言う事には絶対服従に近い。


「ごめん」


「ごめんだぁ!?」


 俺は心の中でのみ詠子を罵倒しながら、口を動かした。


「ごめんなさい」


 俺は律儀に頭を下げて、荒い口をきいたことを謝る。


「じゃ、行くわよ」


 へいへい。


 今は、女ものの洋服店に来ている。

 今日はこの店が目的だ。なんでも洋服が半額になるのだと。これから徐々に暑くなるため、春物を吐き出したいという店側の思惑に詠子はまんまとはまった形だ。

 それでも半額はデカいだろう。

 女子大生の詠子としては、洋服が多くて困る事など一切ないのだろう。


「これは?」


 詠子が試着室から体を露わにする。

 こいつは着るたび俺に感想を求めてくる。これを少しでも適当にすると、途端に機嫌が悪くなる。

 誠実に、本心で答えるのがコツだ。

 今は白の少しダボッとした上着と、黒い少し端の方が透けたスカート。顔は悪くないから、まぁ、似合ってるよ。


「いいんじゃない。かなりエロいよ。もう少し胸元開いてもいいんじゃない? あとは、スカートも。かなりいいよ、少し透けてるところがエロイ。エロすぎ。大学の男連中もこれは放っておかないんじゃない? 爆釣だ」


「そうか。やっぱりそう思う? 私もいいと思ってたんだよ。これも買うか」


 詠子はポイッとカゴに服とスカートを放り投げた。うずたかく積まれた服を見るとうんざりする。

 俺はこれだけの試着を見てきたのだ。いい加減飽きる。というより最初から飽きている。

 詠子は値札を見て、金の計算をしている。

 するとおもむろに立ち上がって、俺に手を差し出した。


「五千円、寄越せ」


 ふざけんな。そんな金、なんで渡さないといけないんだよ。絶対嫌だ。俺の金だし。親から渡されてる大切な俺の小遣いを何で渡さにゃらなんのだ。ありえません。却下。どれか一つやめればいいだろう。そうだ。そうだ。そうに違いない。

 俺はそう言おうとしたのだ。決してこれは俺の意思ではないはずなのに。


「サンキュー、永遠に借りとくわ」

 俺は財布を取り出して、偶々あった五千円札を詠子に渡した。

 二度と戻ってこないであろう五千円札に、血の涙を流しながら見送った。

 詠子は会計を済ませると、外に出て行った。俺もそれに従い詠子に付いていく。


「どうすんの?」


「もう帰るか。金もないし、目的のものは買えたしな。これ」


 詠子はズイッと荷物を俺に押し付けた。

 俺は心の中で呪詛を吐きながら、素直に荷物を受け取った。こういう時のために、カバンはリュックサックにしている。この性格が恨めしい。

 ショッピングモールを出て、駅に向かう。午後を少し回った程度の時間。道路にはご飯を食べようとどこかに行く人でいっぱいだった。

 それらをかき分けて、駅の切符売り場に着く。


「金」


 糞だ。この女。彼氏と一緒に来ればよかったのに。切符代をねだる相手が弟で残念だな。本当に残念だ。糞女。彼氏の一人でも作って、俺から離れろ。あ、その性格じゃ無理ですね。あぁ、残念。残念女。死ね。死んでしまえ。


「はい、どうぞ」


 俺は金を詠子に差し出す。俺も死ね。


 さらに三十分近く電車に揺られていると、自分の家の近くの駅に着いた。

 ここからは大して時間はかからない。

 二人で歩いているとすぐに家の前に着いた。

 玄関を開けて、荷物を詠子に手渡す。流石にこれ以上は持って行けとは言われなかった。自分の部屋にはあまり入られたくないだろう。

 詠子と一緒に二階に上がって、自分たちの部屋に入る。

 俺はリュックサックをベッドに放り投げた。

 と、同時にお腹が鳴る。

 そういえば、まだご飯食べてなかった。スマホを見るとすでに十三時。

 部屋を出て、詠子の部屋のドアをノックする。


「ご飯要る?」


 やや間があったが、返答はあった。


「……ダイエット中だからいらない。夜食べる」


 それだけ聞くと、俺は家の階段を下りて、台所に入っていった。

 買いだめしてあるカップラーメンの一つを選んで、湯を沸かす。ケトルの中に水を入れて、スイッチを押せば準備完了。

 カップラーメンの包装紙を破り捨て、かやくや粉末スープを入れていく。


「今日は醤油~」


 準備している間に湯が沸いた音が鳴った。ボコボコとうるさい。

 俺はケトルを手に取って、カップラーメンの容器に注いでいく。ふたを閉じて、三分待てば完成だ。

 お茶や箸の準備をして、テーブルの上にもっていった。

 テレビをつけて、少しだけ時間を流していると三分くらい経過したところで俺はカップラーメンに手を付けた。

 箸で麺を挟んで、口に持っていって勢いよく吸い込んだ。

 ズゾゾ、とすこしだけ下品な音を出しながら、麺を口の中に収め、咀嚼する。


「うまっ……!」


 化学調味料の力が俺の口の中で爆発している。

 基本飯は俺が作るから、カップラーメンなんて食べる機会はあまりない。詠子が食べないなら、俺も手抜きが出来る。

 久しぶりのカップラーメンの美味さに感激しながら食べていると、二階から詠子が降りてきた。そして俺が食べているラーメンを凝視し始めた。

 そうすること数秒。二人は動かない。

 テレビだけが音声を吐き出し、変な静寂が俺たちを包み込む。


「寄越せ」


 静寂は詠子から破られた。そして、要求は俺のカップラーメンである。

 ふざけるなよ! 俺のカップラーメンは渡さない。カップラーメンさんも俺に食べてほしいはずだ。自分で作れ。そうだ。自分で作ればいいじゃないか。

 そう言おうとしたが、俺の口から出た言葉と行動は、思っていたのとは違った。


「……どうぞ」


 俺はカップラーメンを押しやって、詠子はそれを受け取り麺をすすり始めた。

 俺は立ち上がって自分の部屋に戻る。そしてリビングを出て行こうとした瞬間、ボソッと言ってやった。


「……太れ」


 しかし、地獄耳の詠子は何かしら聞こえたみたいだ。


「……なんか言ったか?」


 俺は努めて冷静に受け答えをする。


「何も?」


 首を振って否定する。

 詠子は疑っているが、麺も伸びてしまうため、すぐに席についてカップラーメンを食べ始めた。

 よし。今日の晩飯が決まった。

 唐揚げだ。

 肉に加え、揚げ物という最強の組み合わせだ。鶏じゃ若干カロリーが低いが、あのカス女は唐揚げが大好きだ。たらふく食わせて、カロリーオーバーにしてやる。

 俺は作戦を練りつつ、二階に戻った。


 昨日はたくさん詠子に唐揚げを食わせることに成功した。たくさんの唐揚げを続々と揚げ出し、あつあつで食わせる。

 端から見れば中の良い姉弟だろうが、俺の作戦は上手くいった。たぶんカロリーはえらい事になっていたに違いない。

 もう俺は学校にいる。大学生の詠子はまだ家いるはずだ。昨日も大学が休みだったから、半額セールに行けたのだ。

 詠子が起き上がらないのを無視して、俺は学校へと足を向けていた。

 チャイムが鳴ると同時位に俺は学校について、マッチョ先生と鉢合わせた。同時に入室して、遅刻はしなかった。まぁ、これくらいは去年からやっていたから、マッチョ先生もお馴染みだろう。


「おし、席つけ、お前ら」


 ごちゃごちゃしていた教室内が、一気に整列された。全員席について、マッチョ先生の言葉に耳を傾ける。


「今日も特にない……事もないか。これがあった」


 そういうと一枚の紙をマッチョ先生は取り出した。


「今日、委員会会議があるはずだから、それぞれ場所確認しとけよ」


 マッチョ先生は掲示板に一枚の紙を貼る。あれに場所が書いてあるのか。図書委員である俺にも何かしらの会議に参加しないといけないのか。こういうのが面倒なんだよ。夕ご飯だって俺が作らないといけないのに、これで時間がとられてちゃ話にならない。

 しかし与えられた仕事を放棄するのは、かなり良くない。いや、だめだろ。自分の分くらいの仕事はやってみせる。しかし、図書委員って忙しいらしいんだよな。

 マッチョ先生は言う事が無くなったのか、そのまま教室を出て行った。恐らく体育の授業の準備があるんだ。去年もそんなこと言っていた。

 マッチョ先生が居なくなった事で、教室内が途端に賑やかになった。特に掲示板前にはたくさんの人がいた。


 すると後ろから雨宮が俺の肩をトントンと叩いた。


「これ」


 振り返るなりジュースが差し出された。オレンジだ。


「奢るって言ってたやつな」


「……オレンジは好きだけど。こんだけかよ。しょぼいな」


 そう言いながらも俺の顔は緩んでいるだろう。本当にオレンジジュースは好きだから、悪い気はしない。


「慌てんなって。今日から一週間はおごってやるよ」


「マジか。悪いな」


「これでも安いくらいだろ」


「まぁな」


 俺はオレンジジュースに口をつけ、一気に飲み干した。うま。


「贅沢なやつめ」


「今日から一週間はおごりだからな。ちょっとやってみたかったんだ」


 俺はニヤッと笑って、空になったペットボトルをリュックの中に放り込んだ。後から捨てるか。


「ちょっとあの紙見てくる」


「どうせ、図書室だろ」


「図書準備室の可能性もある」


 この学校には、図書室の隣に小さな図書準備室というのが併設されている。まぁ、会議を行う場所は図書室だろうが。

 俺は立ち上がって机と人の波をかいくぐり、掲示板の前に立つ。俺の身長は高い方なので、後ろから見る形だが背伸びするだけで、何が書いてあるかは見て取れた。


「やっぱ図書室だよな」


 と、呟いた瞬間前にいた女子が後ろに下がってきた。俺は避けきれずその女子とぶつかってしまった。


「ご、ごめん……」


 俺は謝ったが、相手は目礼するだけでそこまで重大事項に思っていないようだ。女子はそのまま特に何も言わず席に戻っていった。慌てた俺がバカみたいだ。実際バカだが。

ていうか今の誰だ。初めて見た。今まで見た事が無い。いや、相手だって俺の事は知らないし、俺だって知らないだけ。全然珍しくない。俺の行動範囲を考えれば当然だ。

時間と場所の確認を済ませたので、俺も席に戻った。


「時間はどうだった? 昼休み?」


 雨宮が手に持っていたお菓子を差し出しながら、俺に聞いてきた。お菓子をもらいつつ答えた。


「放課後だったよ。やべーな。ご飯少し遅れるかも」


「作ってるんだっけ? すげーよな。俺無理だわ」


 詠子の事を思い出して、若干嫌な感じになってしまった。


「俺だってやりたくてやってるわけじゃない」


 ムスッとして答えた。雨宮は失言だと思ったか、少し慌てている。


「ま、まぁ。出来て損はないよな。いいことだよ。むしろお前の姉ちゃんがやって、調理スキルでもあげた方が良いんじゃねーの?」


「……そんなこと言えたら言ってるよ」


 料理しろなんて言ったら、怒るに決まってる。あいつ下手だし。やる気にならない限り、料理なんて絶対やらない。職務怠慢だと言って、俺をなじる。そのはずだ。あの女は糞。


「しかし悪いことしたな。週二回くらいは拘束されるらしいじゃん。忙しくなるな」


 その時俺に名案が浮かんだ。というより当然の帰結だ。


「お前、一人で国語係やれよ」


 雨宮は言い返す事が出来なかった。



「ここも久しぶりだな」


 図書室の前まで来て、感慨深いものが出ている。

 ここに来たのは一年生の時に探検と称した学校散策の時だけだ。別に本は読む方ではないし、特別ここに用事はなかった。

 この学校は南北にそれぞれ校舎があるが、ここ図書室は北方面の最上階に位置している。南方面の校舎の最上階は化学室やら生物室やらがある。

 図書室の構造は教室を何個もぶち抜いたような縦長の構造をしている。入口の右手横には黒板と貸出カウンター。そこからはたくさんの本棚や勉強するための机といすが置いてあったはずだ。

 俺は図書室の中を思い出しながら、中に入るともう結構な人数がそこにはいた。黒板を見ると並び順が決まっているようで、俺もそれに従い席に着こうとした。

 本や机が並ぶ中を一つずつ確認して、俺の座るべき席を探す。


 ようやく見つけると、そこには可憐な女の人が座っていた。


「あ……」


 さっき俺とぶつかった人だ。

 その女子はボブカットのサラサラの髪の毛をしていた。肩にぎりぎりかかる様な長さだ。ほっぺはちょっと腫れぼったいが、そこがまた可愛い。身長はさっきぶつかったからわかる。多分一六〇㎝位だ。平均身長位だ。俺は百七十七㎝あるからだいぶ差があるなと思っていた。女子は横に立っている俺に気付かず、ずっと本を読んでいた。すごい集中力だ。

 俺は少しばかり固まっていたことを自覚すると、女子の隣に座った。えっと、確か、名前は、鵜飼さんだった気がする。昨日確認した。そうか、この人が鵜飼さんだったのか。


 鵜飼さんは本を読んでいたが、隣に座った俺に気付いたようでチョコンと小さく頭を下げた。

 俺もつられて頭を下げた。


「どうも……」


 俺がそう言うと鵜飼さんはまた頭を下げた。俺もまた頭を下げる。

 これ以上やっていたらバカらしい。鵜飼さんもそう思ったのか、違うのか、読書に戻って行ってしまった。

 図書室らしい姿だ。俺も何かしようとしたときに、相当な大声で誰かが叫んだ。


 誰かじゃない。多分司書さんだ。女の人で、ポニーテールで俺と同じくらいの身長がある。名札をしている。佐々田さんだ。

 佐々田さんは野球部ばりの声量で全員の注目を集めた。

 読書していた鵜飼さんもさすがにこの大声で、本の世界から引きずり出されたようだった。


「はい、ちゅうもーく!! 最初に言っておくけど、部活動やっている人は出て行ってもらっていいわよ!!」


 そう、これが図書委員が忌避される理由になっている。

 図書委員は部活動をやっているとある程度活動を免除されるらしい。しかしそれでも面倒な仕事は回ってくるので、誰もやりたがらない。

 すると続々と部活動加入者の面々が外に出て行ってしまった。


 佐々田さんは本当に止めることなく、彼らを見送っていた。

 俺も出て行こうかと一瞬思ったが、マッチョ先生には俺は無所属である事はばれている。これで出て行ったら後から絶対怒られる。そんなのは御免だ。俺は残る決意をして、席に座ったままになる。

 そうしている間に出て行くやつは出て行って残りは三分の一位になってしまった。

 司書さんはそれでも大声でしゃべり続ける。まぁ、他に利用者もいないし、図書室意外に広いから、後ろの方は声が伝わりにくいのかも。


「じゃ、昼の部か夕方の部を決めるわよ!! 昼が良いという人は前に出てきて!!」


 これは俺も知っている。図書委員は仕事時間が決まっているという話だ。お昼休みか放課後か。どちらも同じくらいの時間働く。でもやはり昼の方が人気のようだ。半分以上が櫃の部に志願して、前に行ってしまった。


 俺も行こうかと思ったが、隣の鵜飼さんは動かなかった。


 まて。


 確か、図書委員はだいたいペアでやるはずだ。という事は俺の場合は時間さえ合えば、鵜飼さんと一緒に仕事ができる。

 いや、一緒に仕事をしたいとか、あわよくば仲良くなりたいな、とか考えてるわけじゃない。そうじゃない。そうじゃないけど。


 チラリと横目で鵜飼さんを見た。


 やっぱり可愛い。


 詠子を見慣れているから綺麗系ではなく、可愛い系の方が俺は好きだ。あいつはスラッとしているモデルばりの体系をしている。でもモテない。性格が悪いから。本人は気づいていないが、それがにじみ出てるんだよ。アホじゃねーの。それ位わかれよ。お前の性格最悪だから。いくら顔が良くても、そんなの敬遠されるよ。フォアボール。惜しい。ツーストライクまで取ってるのにさ。ボール連発すんなよ。男も逃げるから。その内やばい奴に騙されそうだ。知った事じゃないが。


 しまった。考えがそれた。


 鵜飼さんだ。


 その対照的な詠子とは違うタイプであろう鵜飼さん。見た目だけど。

 でも、ここで時間をつぶして、詠子との接触が減るならかなり良いんじゃないか? それが鵜飼さんとの仕事だったら、申し分ないっていうか。むしろこちらからお願いしたいというか。

 すると鵜飼さんがノートを出して、何事か書き出した。

 たったの数文字だ。


 でも、俺はそれだけで夕方の部をやろうという気になった。


『良いの?』


 筆談だったが、鵜飼さんの優しさが胸に染み入った。

 いつも詠子から怒鳴られ、金すら奪われる俺に鵜飼さんは慈愛に満ちた対応をしてくれたのだ。恐らく、帰りが遅くなるけど良いの? という事だろう。好意的に解釈させてもらおう。これ以外に多分ないけど。ていうかなくして。悪意ある鵜飼さんって何か嫌だ。


 俺は「大丈夫」と言おうとしたが、鵜飼さんが筆談した意味を考えて、頷くだけにとどまった。図書室じゃあんまり喋っちゃいけないよな。

 俺が頷くのを見ると、鵜飼さんはまた読書に戻った。


 目線を黒板の方に向けると、佐々田さんたちは話し合いをまとめたようだ。あの十人近い生徒たちは昼の部で働くのだろう。

 残ったのは六人くらいだ。たったこれだけで夕方の部を回すのか。確かに週二回は図書室に顔を出しそうだ。


 佐々田さんが残った人たちにお礼を言いながら、シフトを言い渡している。問題があれば違う日に変えてもらえるそうだが、そういう人はいないようだ。悪い言い方に聞こえてしまうが、時間に余裕がある人たちがここにいるという事らしい。俺も含めてだが。


 俺たち以外の全員にお礼とシフトを伝えると、佐々田さんは鵜飼さんに抱き付いた。え、抱き着くの。鵜飼さんも驚いてるじゃん。


「真琴ちゃん、今年も来てくれたんだね! 感激だよ。ありがとう、愛してる!」

鵜飼さんは困っているようだが、ちょっとだけ声をひねり出した。


「……ぁぃ」


 可愛い。可愛すぎない? どうなってんの? 詠子と同じ性別なのこれ。どうなってんだ。詠子、見習え。やばいわ。可愛すぎ。顔真っ赤じゃん。どんだけ恥ずかしいんだろ。

 自分の世界に入っていた佐々田さんだったが、俺の存在にも気づいていたようだ。鵜飼さんに抱き付きながら、少し大きめの声でシフトを言い始めた。


「君の名前は?」


「三谷です」


「じゃ、三谷君は私と真琴ちゃんと一緒に月曜日と木曜日の放課後ね。真琴ちゃんも大丈夫?」

 

 鵜飼さんは真っ赤な顔で頷くと、佐々田さんから離れた。佐々田さんは名残惜しそうにしていたが、鵜飼さんは構う事無く、図書室をパタパタと駈け出して行った。

 その後姿を見ながら、佐々田さんがひとりごちた。


「やっぱり、真琴ちゃんは可愛いわ……!」


 激しく同意。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ