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10/11

鵜飼さんは逃走する

 翌日。

 いつもの土曜日みたいに朝十時に白砂駅に行って、鵜飼さんと合流するように約束した。

 

 正直言って昨日は寝れなかった。

 手話しに行くのとは全く違う緊張感が俺を苛んで、安眠をするのを妨害していた。


 六月の蒸し暑い空気が外を満たしていた。


「あっつ……」


 今日も暑い。今年は猛暑を予感させる。そんな陽気だ。

 俺は黙って家から出た。朝の九時位だが、詠子はまだ起きてこなかった。何かしら面倒なことに巻き込まれる前に、さっさと家を出る方が良いだろう。


 俺は駅に向かって、切符を買う。すぐに改札口に向かって、ホームに降りた。


 電車もすぐに来て、俺はそれに乗り込む。

 後は三十分程度待っているだけで、鵜飼さんが待っているかもしれない白砂駅だ。流石に早すぎたか。


 詠子から逃げるために逃げたというのも大きいが、何もする事が無いというのもデカかった。そのため家を早めに出て、駅で待っていた方が何かといいと思い、約束の時間よりだいぶ早めに出発した。


 服装は普通だ。ジーパンにTシャツ。後は半袖のパーカーを羽織っている。映画館は寒いかもと思って着てきたが、外で着ていると暑い。

 袖を捲りながらあとどれくらい待つか確認しようとすると、後ろから肩をたたかれた。


「うん?」


 するといつか着ていた白いワンピースに薄水色の帽子をかぶった鵜飼さんが立っていた。小さなカバンも持ってお出かけ準備万端である。

 どこにでもある駅構内でも、鵜飼さんの姿は映えていた。美しい白色が鵜飼さんを引き立たせている。


 一瞬ポカンとしていたが、すぐに意識を取り戻す。

 いつも詠子の服装をほめているので、たぶん褒めるのが正しい。


 褒めるというか、賛辞に近い。素直にきれいだと思う。


「に、似合ってるね」


 噛んだ。

 普通に言いたかったのに。


 しかし、鵜飼さんは駅の雑多な音に、俺の言葉は聞き取れなかったようだ。

 小首をかしげるだけで、俺が何を言いたいのかわかっていない様子だ。


「あ、まぁ、うん。いっか。おはよう。鵜飼さん」


 手話を交えながら挨拶する。鵜飼さんも小さな声と、高速の手話で挨拶を終えた。

 俺はゆっくりを心掛けながら、鵜飼さんと話した。


「は、や、い、ね」


 鵜飼さんは「あぁ」と言って、こちらもゆっくりと手話で会話を試みてくれた。ゆっくりで簡単な単語なら俺でもわかる。


『する事なくて。早く出てきちゃった。三谷君は?』


 鵜飼さんはゆっくり手話で告げると、俺にも問い返した。

 俺も同じようなものだ。詠子の妨害を避けつつ、ただの時間つぶしでここにいる。鵜飼さんが早めに来たのなら、ここにいる理由もない。


「同じようなものだよ。……早速行く?」


「ぅん」


 予定よりかなり早かったが、俺たちは白砂駅にある小さな映画館に足を進めることにした。

 鵜飼さんの秘密を知ることになったショッピングモールを通り過ぎ、幾分か歩き続ける。


 鵜飼さんがちゃんと付いてきているか心配になりながら、少し喋った。


「映画とか見るの? 今更だけどさ」


「ぃるよ」


 鵜飼さんは頷く。


「今日のどんなのか知ってる? かなり有名っぽいけど、俺どんなのかすら知らないんだよね」


 氷がどうとか言っていたが、意味が分からん。アニメーション映画なんて久しぶりだ。鵜飼さんも同じく知らないらしい。


 図書準備室や鵜飼さんの部屋でもない限り、俺たちが積極的に話すような環境は作りにくい。故に、俺がしゃべりかけ、鵜飼さんが頷く位のコミュニケーション程度しかできない。


 それでも黙っていても空気が悪くなるような事はない。

 沈黙すら心地いい位だ。


 日曜日という人の波を潜り抜けると、映画館が見えてきた。

 自動ドアを潜り抜けると、エアコンの効いた室内が俺たちを迎え入れた。


「さむっ」


 ちょっと過剰気味の空調にうんざりしながらも、受付に行った。

 少し並んでいる。俺たちもその後ろに整列した。


「今日は俺が奢るから」


 何かそっちのほうがカッコいい。というより、ここは男の俺が出すべきだろう。


「ぇ……!? ぇ、ぇつに、らいじょうぶ……!」


 鵜飼さんはすぐに俺の提案を否定したようだ。「大丈夫」っていったよね。たぶん。


「いや、俺が誘ったわけだし。なんか女の子に払わせるのもあれでしょ? ほらほら、大丈夫だって」


「ぇ、ぇも……」


「うーん、そうだな。助けると思って。逆に俺がそうしたいかな」


 すると、鵜飼さんが小さくコクンと頷く。


「決まり。映画館代位ならどうってことないよ。ちょっと多めにお小遣いもらってるしね」


 両親が不在ということもあり、若干余裕のあるお小遣いをもらっている俺である。千円強程度なら払えないことはない。

 そうこうすると、俺たちの順番になったようだ。


 女性の店員が元気よく挨拶して迎え入れてくれた。


「いらっしゃいませ」


「このアニメの席二つお願いします」


 カウンターにあるパンフレットの絵を指さして、注文を行う。注文でもないのか。なんと言えばいいのか。


「カップルですか?」


「は?」


 なんと?


「いえ、ですからカップルですか?」


「えと、なんで、そんな……」


「割引サービスがありますので」


 え、あ、えと。俺と鵜飼さん?

 後ろを振り返る。


 何も聞いていない顔だ。


 良かった。


 良かったのか?


 何という微妙な状況。

 店員さんも不審がっている。


 俺と鵜飼さんは別に、そういうのでもないし。

 いや、できるならそうなりたくもない事も無いかもしれなくも無いかもしれないけど。どっちだ。

 いやもう、別に。


 後ろめたいことしてるわけじゃないし。

 でも。


 恥ずかしい。

 もし鵜飼さんにばれたらと思うと、超恥ずかしい。


 穴があったら入る。

 なくても作ってはいるレベル。


 「は? 別にそういう関係じゃないんですけど」なんて言われること確実。


 そう。

 友達。

 お友達だ。


「えっと、お客様……?」


「友達です」


「そ、そうですか……」


 何か言いたそうにしていた店員さんを目線で押さえつけて、手続きに移らせた。

 鵜飼さんが後ろから覗いているが、何も言ってこない。


 大丈夫。

 聞こえているわけがない。


 鵜飼さんの補聴器は最新型ではない。

 最新の奴はかなり良い物みたいだから、雑音をカットできるとか何とか。でも鵜飼さんのは雑音をそのまま増幅する。現にちょっとしかめっ面だ。


「そ、それでは、お楽しみください」


「あ、はい、すみません」


 規定通りのお金を払い、その場を後にする。


「ぃかんは?」


 鵜飼さんは腕時計を指し示し、始まりの時間を確認する。

 チケットを見ると、もうすぐ始まるみたいだった。


 幾分か待ったし、三十分の余裕もどこかに行ってしまったみたいだった。

 すると鵜飼さんが俺の腕を引っ張って、ドリンクや軽食を販売しているコーナーへ引き連れていった。


「まぁ、確かに必需品だよな」


 少し混雑していたので、何を飲むか決めていると、鵜飼さんが財布を出してしまった。


「え、俺が出すけど」


「だめ」


 こんな時に限っていい発音である。

 有無を言わせず、千円札を出して払う準備を万端にしていた。


「うぅ……」


 ちょっとカッコよく見せる作戦が早くも終わってしまった。

 金払うのがカッコいいかは知らないが、なんとなくいい格好したくなってしまったのは事実だ。


 結局コーラだけ奢ってもらい、館内に入っていく。

 この映画もだいぶ時間が過ぎて、人も少ない。それに字幕版となればもっと少なくなるだろう。 


 しかし、字幕版の少なさ。

 まったく難聴者に対して配慮が欠けていると、俺は思った。

 バリアフリーだのなんだの言いながらも、結局はこういう所に配慮が行き届いていない。

 鵜飼さんは中度難聴者だからまだいいが、完全に耳が聞こえない人は映画なんて見ないのかもしれない。


 となりにいる少女を見ながら所定の場所まで行って、席に座る。


 まだ画面が映らないスクリーンを見ながら、コーラをすすった。


「コーラありがとうね」


 お礼を言い忘れているなと思って、お茶飲んでいる鵜飼さんにそう言った。


「ぉっちぉぉ」


 なんて言ったのか若干わからないが、表情としぐさでわかる。半券を見せているので、映画代のお礼でも言っているのだろう。


「じゃ、お互い様で」


「ぅん」


 値段に若干の差はあるが、心遣いだけでもうれしい。

 そんな風なことを考える浅ましさにも嫌気を出していると、暗くなり始めた。


 映画が始まるようだ。

 すると鵜飼さんが補聴器を外す。


「うるさい?」


「ぉっと」


 手話を使って『少し』と表現している。

 BGМも雑音として増幅されるようだ。


 かなり大きな音でないと、鵜飼さんは聞こえなくなるだろう。

 それでも、ここは映画館だ。少しくらいは聞こえていることを祈るしかない。


「字幕もあるしね」


 鵜飼さんはにっこり微笑んで、スクリーンに目線を移した。

 俺もそれを見届け、画面に集中する。

 あっという間の二時間だったと言っておこう。



 すぐに映画の時間も終わってしまい、俺たちは外に出て行った。

 字幕のおかげで鵜飼さんも映画を楽しめたようだ。今はちゃんと補聴器をつけている。


 やる事も無くなりどうしようかとなったが、ちょうどお昼の時間だったのでショッピングモールに行って、フードコートに足を伸ばした。

 何食おうかと思ったが、無難にハンバーガーでも食べようという話になった。


 なんかオシャレなお店にでも入ったほうがよかったのだろう。全然気が回らなかった。これが俺である。


「こんなんでよかったの?」


「ぉっけー」


 ハンバーガーに齧り付きながら、鵜飼さんはそう言ってくれた。


 正直、呆れられてもしょうがないのではないかと思ったが、高校生だしこんなもんで良い気もする。


「映画も結構面白かったね」


「ぉんなのぉ可愛かった」


 あなたのほうが可愛いと思います。

 なんて言えるわけなく。


「そうだね」


 と、適当に相槌を打つ。

 それにしてもうるさい。


 これじゃ、鵜飼さんの補聴器に雑音が混じりっぱなしだ。

 しかし鵜飼さんは気にしてはいないようだ。慣れているということもあるだろう。俺には分からない世界だ。


 ハンバーガーに舌鼓を打つ。

 それでも数分もすれば、高校生の食欲の前にハンバーガーはすぐに無くなってしまう。


 ポテトもジュースも飲みきって、ほかの人の邪魔にならないようにすぐにその場から立った。


「どうする?」


「服ぃたぃ」


 鵜飼さんの要望に従って俺たちはショッピングモールの中を歩き回った。 


 それは幸せだった。

 そう言い切れる。

 鵜飼さんが服を体に当てて、どうか感想を求める。

 俺は詠子とは違って本心からほめて、鵜飼さんが照れる。

 買うわけではないが、それでも足を止めず色々なお店に回った。

 雑貨とか、小物がたくさん置いてある店にも行った。

 用途の分からない品物に笑いながら、その辺を回る。

 それだけで俺にとっては十分だったし、鵜飼さんも楽しそうだった。


 一時間くらい経っただろうか。


「ちょっと……」


 鵜飼さんはトイレに行きたいようだった。チラッと化粧室のほうを見て、俺の確認を取る。

 いや、別に行きたいなら行ったらいいと思うよ。


「行ってらっしゃい」

「ん……」


 鵜飼さんはトイレに姿を消し、俺はその辺のベンチに腰かけた。

 最近はこういうサービスもあるのか。昔はこんなのなかった気がする。そんな事ないか。

 少し目を閉じて、鵜飼さんとの幸せの時間をかみしめていると、超絶会いたくない人に会ってしまった。


「あ、てめー、こんなとこに居やがったのか」


 詠子。

 なんでこんな所に。

 ここ、ショッピングモールだぞ。おひとり様でくると精神が崩壊する場所だぞ。なんという勇気だ。

 そんな事ではない。

 こんな奴にここで会ってしまったのは運の尽き。終わってしまう。ここで。それは困る。

 逃げるか。いや、鵜飼さんが。

 くそ。


「何黙ってんだ。ちょっと荷物持ちについてこい」


「ちょっと、今日は……」


 強く言えない。

 なんで。

 そんな俺を詠子は腕をつかんで引っ張っていこうとする。

 やめろ。そんなの公衆の面前でやる行動じゃない。血がつながってますよ、皆さん。


「ぇ……」


「あ……」


 鵜飼さん。

 やっと出てきてくれた。

 これでこいつと離れられる。

 あとで何言われるかわからないけど、今は一刻も離れて鵜飼さんと時間を過ごしたい。

 しかし。鵜飼さんは。


「……ッ!」


 え。 

 なんで。


 どこ行くの。

 鵜飼さんは走る。

 昔の俺のように。

 周りの目を気にせず、どこかへ行ってしまう。

 なんで。

 どうしたの。

 いや。

 そんなことじゃない。

 鵜飼さん、待って。


「待って!」


 俺は詠子の腕を振り払い、鵜飼さんを追いかけるが、人が邪魔すぎる。

 多すぎなんだよ。


 家にいろよ。

 鵜飼さんはそんな状況でも、するすると人の波を縫って、出口に行ってしまう。


「鵜飼さん、待って! 止まって!」


 ちょ、なんで止まらないんだよ。

 聞こえてないのかよ。


「あ……」


 聞こえていないのか。

 こんだけうるさいのに、俺の声だけ聞こえさせようなんて不可能だ。

 黙れよ。 

 五月蠅いんだよ。

 鵜飼さんに声が届かないだろ。

 やめてくれ。

 喋るのをやめろ。

 黙れ。

 あぁ。

 行ってしまう。

 鵜飼さんはそのままショッピングモールから姿を消した。

 


 どれだけ固まっていた。

 なんで、鵜飼さんは出て行ってしまったんだ。


 原因は。

 何故だ。

 俺が何かしたのか。

 それとも。


「おい、何勝手に移動してんだよ。さっきの女がどうかしたのか?」


 こいつか。

 こいつが何かしらしたのか。

 いや、こいつは何もしていない。

 何もしていないが、何かしたのだ。

 そうじゃないと、鵜飼さんが出て行ったことについて説明がつかない。


「おい、行くぞ」


「待った」


 俺は詠子の腕を再度振り払った。


「チッ、なん――!?」


「お願いします! ちょっと付いてきてください!」


「ハァ!? おい、やめろ! 何で土下座なんてしてるんだよ!?」


 俺は地面に平伏し、詠子に願い奉る。

 お願いします。


「ちょっとでいいから。マジで! 少しだけ、本当に少しだけだから!!」


「ちょ、辞めろ! 何言ってんのかわかってんのか!? 周り見ろ!!」


 確かに、雑魚共が何か言っているようだ。

 騒がしい奴らだ。

 今は小心者の俺でもそんなことは関係なく、土下座できる状況にあるだけ。そしてこの大勢の中でも大声で叫んでやろう。


「お願いします! 付いてきてください!!」


「……チィィ、さっさと立て! 早くここから出るぞ!」


 詠子は俺の頭に一撃蹴りを入れると、そのまま出口に向かった。

 俺は若干恥ずかしくなりながら、たくさんの目線にさらされた状況でショッピングモールを後にした。

 自動ドアをくぐり、詠子が振り返った瞬間にさらに顔面を殴られた。


「がぁぁ……!」


 目の前がフラッシュアウトする。

 花火が散っている。チカチカと視界が明滅している。


「なんつー恥ずかしいことしてくれてんだよ!? 当分行けねーだろうが……!」


 羞恥に顔を赤くする詠子。

 可愛くねーんだよ。

 俺は痛む鼻を押さえながら、再度懇願する。


「……ちょっと、付いて来て欲しいんだけど」


「……どこに?」


 図太い神経が次の行動へと導いているようだった。切り替えが早くて助かる。


「詠子のせいで友達がどっかに行っちまった。探すの手伝って」


「……なんで私のせいなんだよ」


「何となく」


「ふざけんな」


 詠子は立ち去ろうとするが、俺はその腕をつかむ。


「マジで危ないんだって。女の子ひとりじゃ危ない。それくらいわかるだろ。手伝ってよ」


「携帯つかえ」


「相手が持ってないんだよ」


「……今時そんな奴いんのかよ」


 詠子は頭をがりがり掻くと、俺に手を差し出した。


「金」


「分かった」


 俺は財布を取り出し、有り金全部を手渡そうとした。


「おい、アホだろ。何マジで出してんだ。体よく断るための方便だろうが」


「帰る分の金だけは勘弁してくれ。これで探してくれ。二手に分かれなくてもいい」


「おい、勝手に――」


 俺は再度頭を下げる。


「お願いします。事故にあったら困る。それくらい危ないんだ」


「……なんでだよ。そんな簡単に事故になんて合わないだろ」


「……難聴者なんだよ」


 詠子は俺の高度に合点が行ったようだった。俺が手話を覚えたことを含め。


「……女ねぇ。ガキが色気づきやがって」


「友達だって言っただろ」


「どっちだって良いんだよ。私より先に抜け駆けしてる時点でな」


 詠子は顎に手を当てて、若干悩んでいた。 


「しゃーないな。私のせいで怪我なんてしたなんて言われたら困るしな。だいたい、何が私のせいかすら分からないんだが」


「俺だって分かんねーよ」


 そう言いながらも詠子は歩き始めた。

 探してはくれるようだ。


「あれだろ。さっきの白のワンピースの女。別に私たちがくっ付いてたって問題ないだろ。姉弟だし」


「鵜飼さんはそんなこと知らないだろが」


「鵜飼さんなんて知らねーよ」


「その女の子だよ。話の流れで分かれや」


「……さっきから口のきき方がなってねーな」


 詠子は俺の腕の関節を極めながら歩く。


「いてててて……! ごめん。ごめん。ごめんなさい」


 俺の謝罪に満足したのか、詠子は俺の腕を解放した。俺は腕をさする。


「で、その鵜飼さんとやらはどこにいるんだよ?」


 確かに。このくそひろい世界で、鵜飼さんの居場所なんてピンポイントにわかるのか。


「もう帰ったんじゃねーの? お前に愛想が尽きて」


 後半の言葉は聞き流す。

 しかし前半の言葉は確かに、そうだ。

 家は近い。

 この白砂駅からは徒歩で十分もかからない。


「鵜飼さんの家か……」


 この状況で行くのは気が重い。

 何かしてしまったのだろうか。


 だが、詠子が来て状況が変わったのは確かだ。

 詠子に何かある。


 俺は歩きながら詠子に尋ねる。


「鵜飼さんに何かしたのか?」


「知るか、ボケ。初対面だわ」


 そうだろう。知るわけがない。

 何故だ。

 何故、鵜飼さんは突然走って行ってしまったんだ。


「まぁ、いいや。兎に角、鵜飼さんの家に行こうか。ここから近いから」


「……マジかよ。嫌なんだけど」


「俺だってあんまり行きたくないわ」


 鵜飼さんに何言われるかと思うと、本当に胸のあたりが重い。


「……友達なんだろ。仲直り位しろよ」


「……喧嘩してるわけじゃない、と思う」


「案外、マジ切れしてるかもな」


「……」


 俺たちは鵜飼さんの家に向かう。

 なんでこんな事に。



「ここか……?」


「うん、まぁ、そうだけど……」


 親御さんがいるみたいだ。

 なんということだ。

 逆に考えよう。

 何か知ってるかもしれない。


「押せよ、ブザー。私はいるだけだからな。自分で何とかしろよ」


「くそ……」


 鵜飼さんの家を前に俺は足踏みをするだけだ。

 どうする。押すしかないのだが。


 人差し指をぷるぷるさせながら、ブザーに指を近づける。

 ピンポーンという間の抜けた音がすると、いつものようにお母さんが応対した。


「三谷ですけど……」


 そういうと、少しの間があって扉からお母さんが姿を現した。

 俺に顔を近づけて、ひっそりと口を開く。


「……何かやった?」


 開口一番そういわれてしまった。


「まさか、襲い掛かっちゃったの? 駄目よ。早すぎるわ。健全なお付き合いからしか認めないんだから」


「……そういうのいいですから」


 お母さんはまだ続ける。


「真琴、帰ってすぐ部屋に籠っちゃったんだけど。何かわかる?」


「たぶん……」


 俺は後ろを指さした。お母さんは俺の陰に隠れていた詠子を見つけたみたいだ。


「あれ? 彼女いたの?」


 俺の顔を見て怪訝そうにそう言った。


「姉です!」


 すぐに訂正する。


「はじめまして、姉の詠子です。お世話になってるみたいで」


 誰だ。

 なんで真面目に話してるんだ。

 いつもみたいに暴虐ぶりを発揮しろ。


「あら、こちらこそ」


 オホホと笑う二人に俺はどうすればいいのか分からない。

 一通り笑うと、お母さんが話を始めた。


「何となくわかったわ。真琴呼んでくるから。ちょっと待っててね」


 お母さんが扉の奥に消えると、詠子が大きく息を吐いた。


「……ネコ被るの面倒」


「もう少し我慢してて」


 一分もしない内にお母さんに引っ張られてきた鵜飼さんが姿を現した。


「ぁ……」


 うめき声に近い声を発する。その眼は詠子にくぎ付けだ。

 目線で詠子を責める。


「……なんもやってねーよ」


 超小声でそういってくる。分かってるけど、鵜飼さんの目線がそう言ってるんだよ。


「う、鵜飼さん……」


「ぁぅ……」


 鵜飼さんがゆっくりと後ずさる。

 それをお母さんは押しとどめているが、時間の問題だろう。


 やはり反応を見る限り、こいつのせいだ。詠子め。邪魔な奴だ。本当になんなんだ。


「こいつは」


「ぃや……」


 鵜飼さんはお母さんを押しのけて、家の中に入る。


 やばい。扉が閉まる前に。


「ねーちゃんだから!!」


 同時にバタンと扉が閉まった。

 聞こえただろうか。


 つーか、ただの他己紹介だ。

 こんなのでいいのだろうか。


 俺の自惚れでなければ、これ良いといいのだが。

 数秒待つと、ガチャリと扉があいた。


「ぇーちゃん……?」


 片目だけ出してそう言っている。


「そ、そう! こいつ俺のねーちゃんだから! なんとも無いから! ただの肉親」


「ぇ、ぁ、そう、ぁったの」


 パタンと扉を閉められ、外に俺と詠子とお母さんが取り残されてしまった。

 どんだけ待ってもそれ以降扉が開くことはなかった。


「……結局、どういうことだったの?」


「ふん……!」


 詠子はそのまま立ち去ってしまった。

 かなりの早歩きだ。面白くなさそうな後姿だ。


「ま、結局のところ」


「ところ……?」


 お母さんが、溜めに溜めて言い放った。


「嫉妬ね」


「は?」


「綺麗なお姉さんと一緒にいて、ビックリしたんじゃないの? それで、逃げちゃったのね。どういう状況かは知らないけど」


「……嫉妬?」


 顔が熱い。

 本当にそうだったら、どれだけいいだろうか。何も悪感情がなかったのならそれでいい。

 すると二階の窓が開いて、鵜飼さんが顔を出した。


「ぁた、あぃた……」


 手話でも『明日』と告げると、鵜飼さんは部屋の奥に姿を消した。

 どうやら。


「もう大丈夫みたいね。一瞬、破局でもしたのかと思ったわ」


「……そういうんじゃないですから」


「そうだったわね。それじゃ、明日も真琴をよろしくね」


「学校で、と言っといてください」


 俺はそう言ってその場を辞去した。

 顔は晴れやかだろう。

 一瞬を除けば、かなり楽しい時間だった。


「冷や冷やもんだったな……。さっきのは……」


 鵜飼さんの逃走には、肝を冷やした。

 本当に嫉妬だったら。


「まさかぁ……」


 若干、いや、相当量の妄想をしながら駅に戻った。

 詠子は先に帰っていた。

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