不遇の時
俺の今までの学校生活は、そこまで楽しいと言える物では無かっただろう。
他人から見れば、青春を謳歌していないし、灰色と言われたことも何度かある。
他の奴らは、部活に精を出して、県大会に行っただの、全国出場を目指すといった目標があった。それ以外なら、女の子と楽しく付き合うなんてこともあるだろう。
俺はどれもしていない。
そんな何もしないでいたら、あっという間に中学の三年間が終わっていた。
他の奴らは卒業式に泣きっ面をさらして他の奴らに抱き付いていたりしていたが、俺は真っ先に家路についた。
いや、それなりに世話になったやつには挨拶をして帰った。
そこまで義理人情に欠く男だとは思っていない。
卒業した後は、高校受験だった。
別に離れる必要もないが、心機一転したいため、遠い高校を受験した。
電車で一時間、そこから自転車で少しばかりかかる。ちょっとアクセスの悪い場所にそれはあった。
場所こそ平坦なところだったが、自転車で行くとなると少し面倒だな、と思いながら校門をくぐった覚えがある。
校門をくぐり、校舎に入った。
受験票を見て、指定の教室に入ると皆勉強をして、テストに備えていた。
「……」
俺も黙って席について、カバンから勉強用具を取り出した。
ノートや参考書をパラパラ捲って、勉強しているふりをする。今勉強したところであまり関係ないだろ。必至こく位なら平常心になるべき。俺はそう思う。
三十分くらい適当に見直していると、席が全部埋まっていて、そろそろ受験時間になる事に気が付いた。
何をするか迷っていると、試験管らしき大人の人が二名入ってきた。
女の人が教卓の前に立ち、若い男の先生はその傍らに佇んでいる。
「参考書等をカバンにしまって、筆記用具と受験票のみを机の上に出してください」
俺たちはその言葉に従って、あくせく行動する。さっさと参考書をカバンに突っ込んで、机の上にはシャーペンと消しゴム、それに定規くらい。あとは、受験票。
俺は外を眺める。
面倒だ。
ここはそんなにレベルの高い学校じゃない。
公立ではあるが、偏差値は五十もあれば受かる。
俺は少しばかりその水準を上回っているから、少し余裕があるのだ。
ここからは大して覚えていることはない。
国語・数学・英語・理科・社会。全てを無難にこなし、自分の実力を発揮した。後日の面接も適当にしていると、あちらも突っ込んでくる事はなかったような気がする。なんか、好きな色とか聞かれた気がするが、こんなのなんの関係があるのか疑問だった。
無難に合格した。
そんなに心配していなかったし、レベルを考えれば順当だ。
「……ま、良かったか」
俺は合格発表の掲示板から遠ざかり、徒歩で駅へと向かう。結構かかりそうだ。
この学校も遠いというだけで選んだだけで、目的意識があったわけじゃない。
高校を何かしらの目的をもって選ぶ奴なんて言うほうが珍しい。どうせ偏差値重視の世の中になっている。
目的がある人物はそんなものにはとらわれず、学科で学校を選ぶだろう。
「なんか考えた方が良いか」
繁華街を通り抜けると、そこには小さな駅がある。
これからここを三年間使うんだよな。そう思うと何かしらこみ上げても良いようだが、特に何かしらが湧き上がることはなかった。
電車に揺られる事一時間程度。
我が家から駅は近い。
数分もかかることなく、家に帰り着いた。
今は誰も居ないようだ。
俺は適当に過ごして、明日からどうやって過ごすのか考えていた。
特に思いつかなかった。
そこから適当に日々を過ごしていると、あっという間に入学式になった。
糞つまらない校長の話を聞いて、各自解散になるころにはみんな疲れ切っていた。かれこれ一時間は話していたのじゃないか? 体育館で入学式は行われ、時計を見ながら早く時間余過ぎ去れと念じていたほどだ。体育館を最後出ていくときに時間を確認すると、確かに長針は一周していた。
「あの校長……」
話長すぎ。
全員そう思っているだろう。
あまり大声ではいわないが、独り言を言っている奴が散見できる。
校長に対して恨みの言葉を吐いているに違いない。
俺は体育館を出て、自分のクラスへ向かった。
一年二組。これが俺のクラス。一年間はここにいないといけない。
自分の席に着くと皆もあまりはしゃがず、どうすればいいのかわからない状態だ。しかし、すぐにとてもガタイの良い男の先生が入ってきた。
「お、席に着け。出席とるからな」
そういって、名前を確認しつつ、俺も必死に覚えこもうとした。
が、四十人も一発で覚えられるわけないだろ。
早々に名前を覚えるのはあきらめて、先生の言葉に耳を傾ける。
この学校の特色だとか、校則とか注意することとか。
まぁ、普通のことだ。それをゴリラみたいな先生の口から出てくるだけで、逆らう気力はなくなる。
元々、そんな度胸はないが。
最後に先生が、一言付け加えると教室を出ていった。
「特に部活には入る必要はないが、考えておけよ」
それだけ言うと完全に先生の姿がなくなって、教室に静寂が訪れた。
どうすればいいんだよ。
帰っていいのか?
しかし皆はそう考えていなかったようだ。
すぐにスマートフォンを取り出して、連絡先を交換し始めた。そうすると教室中が賑やかになって、精力的に行動がされるような状況になった。
いかん。俺もこの流れに乗って、ぼっちだけは避けないと。
俺は席から立ち上がろうとしたときに、後ろから肩を叩かれた。
「お前、どこ中? 俺、萩山」
名前は。なんだよ。
俺の顔にそう出てしまったのか、相手は慌てて名乗った。
「名前ね。俺は雨宮健吾。よろしく」
雨宮と名乗った坊主頭で、腕の太い青年はニカッと笑った。
おおう。いいやつそうだ。これはチャンス。
「俺は、三谷潤だ。明和中から来たんだけど、知ってる?」
雨宮は相当悩んだようだったが、聞き覚えはなかったみたいだ。
「悪り。知らねーや。遠いのか?」
「あぁ。電車で一時間、んで、駅からここまでだろ? 割とかかるぜ」
「うわ、マジか。俺んち結構ここから近いんだよ。十分もかからねーんだよな。それ考えたら、三谷だっけ? 尊敬するわ」
俺たちはひとしきり中学の話題で盛り上がると、部活の話になった。
「雨宮は、やっぱり野球部か? 見た目で悪いけど」
「そ。俺ってば野球を愛してるから。ここで頑張って甲子園でも行っちゃおうかな」
「そんなに強いの?」
俺の記憶ではそこまで有名じゃなかったような気がする。
「いーんだって。甲子園って結構無名校でも出場してるもんなんだぜ。もしかしたら俺だって出れるかもだろ? 甲子園初出場。結構聞く言葉じゃないか?」
「そういえば。テレビとかで見てると、そういうの聞くな」
「そういう事。俺も頑張って甲子園のヒーローになっちゃおうかな。……っと、そろそろ時間だわ」
「なんかあんの?」
「野球部っていうのは、忙しいもんなんだよ。入学初日から練習に参加できるらしいから、行ってくるんだ。これ、見てみ?」
雨宮は自分の足元に置いてあるカバンを見せた。デカい。運動部が良く使うようなエナメルバックがそこにはあった。中には運動用具が入っているのだろう。グローブとか?
「そうか。まぁ、頑張れ」
「おう、じゃ、明日な」
雨宮は手を振って教室から駆け足で出ていった。いつの間にか周りには人が少なくなっていた。もう連絡先を交換して教室を去ったようだ。
「あっ……」
連絡先、誰からももらってない。ずっと雨宮と話してた。しまった。そうでもないか。うん。行けるだろ。
「明日も話しかけよう。んで、連絡先でも交換すればいいや」
俺は明日も雨宮に話しかけることを心に誓いつつ、教室をでた。
それからは光陰矢の如し、という言葉がしっくりくるような時の流れ方だった。
あれから雨宮とも仲良くなり、教室の連中とは付かず離れずの距離感を保って過ごしている。雨宮ともよく話すが、休日に一緒に遊ぶような関係でもない。その前に距離が離れすぎて、俺と遊ぼうなんて考えるやつはいない。
春、夏、秋、冬。
テストに、休み、体育祭、文化祭。
色々な行事を消化していく。
その間も俺の灰色人生は変わらない。
部活にも入らず、女の子と遊ぶような関係にはならない。
普通。いや、普通以下。間違えた、普通未満。
適当に過ごしていると、あっという間に正月になって、海外出張している親も帰ってきた。
両親ともに一年中海外で仕事をして、俺たち姉弟は二人暮らしをしている。
そんな両親の帰郷も三日過ぎれば終わって、また海外へ行ってしまった。次は、一年後だろう。
冬休みが終わり、三学期が始まる。
特に何もない。適当に過ごし、テストを潜り抜け、一年が過ぎる。
本当に刺激がない。
一年過ぎて俺を待っていたものなど、皆無だった。
春休みが終わるまでは。
そう、この時まで。
俺の人生は変わる。
俺は、恋をしたのかもしれない。




