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懐かしい夢を見た。覚えはない筈なのになんとなく懐かしいと感じた。
小さな女の子が泣いていた。髪は綺麗な黒のロングでどことなく気弱そうな子だ。
少女の涙を拭おうとするも意識が定まらない。
目の前で泣いている人がいるのに何もできないのは堪らなく悔しかった。
少女は懺悔をするように泣き続けた。
「ごめん、なさい……。ごめん、なさい……。私、強くなるから。貴方が約束を忘れても、私は絶対に忘れないから。今度は私が貴方を助けるから……」
少女は無理矢理に笑顔を作り、掠れ声で言った。
「またね、カズくん……」
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「あの、もしかして御堂くんと白銀さんって付き合ってるの……?」
弓道場に戻って来るなり先輩に問いかけられた。控えめな先輩にしては珍しい能動的な行動だった。
「ええと……どうしてそう思うんですか?」
「えっ、だって御堂くんが倒れたとき、白銀さんがすごく必死な様子だったからそうなのかな、って……」
「そうだったんですか……。まあ、一応、白銀とはそういう関係です」
現在彼女(偽)という関係なのでどうにも曖昧な返事になってしまう。
「そう、なんだ……。すごいね。あんなに必死になれるなんて、よっぽど御堂くんのことが好きなんだね。私なんてオロオロしてることしかできなかったのに……」
先輩は一度俯き顔を上げると笑みを浮かべて言った。
「せっかくの彼女さんなんだから、大切にしないと駄目だよ?」
その笑みはどこか儚げだった。
午前中で練習を切り上げ、白銀と合流した。
「この後はどうしますか?」
「んー、特に用事はないな」
「それでしたら映画でも観ませんか? ちょうど今朝、お義母さまからチケットを頂きましたので」
白銀は財布から二人分のチケットを取り出す。見れば最近公開した映画だ。確か母さんが好きな小説を映画化したもので、前売り券の発売と同時に購入していたものだ。そういえば予定が合わなくてまだ観てないと言っていた。
そのチケットを渡すということは白銀は母さんに大分気に入られたらしい。
「じゃあ、折角だし観に行くか」
「はい」
駅まで歩き、電車に揺られること二十分。大型デパート内部の映画館に到着。上映までいくらか時間があったので少し遅めの昼食を摂った。
「まだ少し時間があるな……。どうするか」
「それなら食後のデザートにクレープなんてどうですか?」
白銀がある一角を指さす。確かにクレープ屋があった。
「じゃあ、そうするか」
連れ立ってクレープを買い、ベンチで座って食べる。
「白銀のやつもなかなか美味そうだな」
こういうとき、他人が食べているものはやけに美味しそうに見えてしまう。
「よかったら一口どうですか?」
「おっ、じゃあ俺のも」
お互いに相手のクレープを食べる。まるで本当の恋人同士みたいだな、と思い内心苦笑した。
「なんか不思議だな」
「何がですか?」
「いや、今まで全然接点がなかったのにこうやって一緒にいて違和感を感じないというか……。昔からこうしてたみたいに思ってさ」
「……そう、ですか」
そう言った白銀の表情はどこかぎこちなかった。
「そろそろ時間です。行きましょう」
白銀は立ち上がり歩き出す。
「あ、ああ」
残りのクレープを口に放り込み、白銀の隣に追いつく。チラッと横顔を覗いてみるが特に変わったところはなかった。
気のせい、かな……?
わざわざ聞くようなことでもないだろうと判断し、俺はそれ以上追及しなかった。
こういうときに観る映画といえばラブロマンスが定番だが生憎とバリバリのアクション映画だった。
内容は結構ありがちなもので、時代を越えてやってきた侍がヒロインを助けるために刀一本で悪の組織と戦う、というものだ。
ド派手なアクションや殺陣は秀逸の一言で、俺としてはなかなか楽しめているのだが、これって女の子向けじゃないよなー、と思って白銀を見れば、すんごい見入っていた。それはもう、たとえ天災が降りかかっても気付かないんじゃないかってぐらいだ。
ラストシーンは元の時代に帰ろうとする主人公をヒロインが説得し、二人で共に生きていくことを誓い合う、というものだ。
映画を観終わり、帰り道を二人で歩く。
白銀はまだ興奮が収まらない、という感じで、どことなく表情が柔らかかった。
いつも冷静沈着でクールなキャラをイメージしていただけにちょっと意外で微笑ましかった。
「白銀ってあの映画のファンなのか?」
「はい。原作は全て初版で購入しました。よければ今度お貸ししましょうか?」
「そうだな。結構面白かったし、お願いしようかな」
その後も映画の感想などを話しながら歩いていく。会話は途切れず、家に帰るまで続いた。