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「じゃあ、どうぞ……」
「お邪魔します」
門を開け、庭に入る。
白銀は平然としていたが、俺にとっては人生で一番気まずい帰り道だった。
なにせ隣に綺麗な女の子がいて、これから一緒に住むのだ。嬉しさよりも戸惑いの方が大きかった。
玄関の扉を開ける前にふと気付く。
「なあ、家には両親がいるわけだがどうやって説明するんだ?」
「心配しないでください。その辺りはすでに織り込み済みです」
白銀は自信あり気に頷いた。どうやら勝算があるらしい。ここは素直に任せるとしよう。
「ただいま」
鍵を開け、中に入る。すると母さんが玄関に顔を出した。
「おかえり。今日は遅かっ――」
母さんの声が途中で止まる。時を止めた張本人は礼儀正しくお辞儀をした。
「夜分遅くに失礼します。はじめまして、白銀悠美と申します」
現在、御堂家のリビングはかつてない緊張感で張りつめていた。リビングには父さんと母さん、俺、そして白銀がテーブルの四方を囲むように座っている。
口火を切ったのは白銀だ。
「改めて自己紹介させていただきます。私の名前は白銀悠美と申します。つまらないものですが、どうぞ」
白銀はお辞儀をしながら鞄から出したお茶菓子を置いた。
「これは、ご丁寧にどうも……」
父さんもお辞儀をしながらお茶菓子を受け取る。
「それで、当家にはどういった御用で?」
父さんがおそるおそる、といった様子で尋ねる。
「今日お邪魔させていただいたのは他でもありません。和明君との結婚を前提にしたお付き合いを認めていただくためです。どうか私たちの交際を認めてください」
白銀は椅子から降りて正座し、深々と頭を下げた。
なにか考えがあるのかと思ったら、まさかの直球ド真ん中だと!? なんていうか……すごく男らしい行動だった。性別が逆なら惚れていたかもしれん。っていうか白銀、澄ました顔で結構とんでもないことをするな……。
「あ、あの、とりあえず顔をあげてください」
白銀を椅子に座りなおさせ、父さんと母さんが俺を部屋の隅に連れて行き、緊急家族会議が開催された。
「ええと、和明、あのお嬢さんと本当にそういう仲なのかい? なんだか話が急すぎて父さん、ちょっとついて行けてないよ……」
「そんなことより二人はどんな馴れ初めなのよっ。いつの間にあんな可愛い子とできちゃったの?」
困惑する父さんと対照的に母さんははしゃいだ声を上げている。俺としてもまさかの展開にかなり動揺していた。
とりあえず、あらかじめ決めておいた恋人設定を話そうとすると、父さんが首を傾げた。
「父さん、どうかしたの?」
「いや、お得意先の社長さんが白銀って名前だったような……」
「あ、それ、私の父です」
いつの間にやら白銀が背後に立っていた。気配を消すのが上手すぎて内心すごく驚いた。
「えっ、本当ですか!?」
白銀が携帯電話を取り出し、電話をかけ、二言三言しゃべった後、父さんに手渡した。
父さんは部屋を出て、数分後に戻ってきた。
「父さん、なにを話してたの?」
父さんはそれに答えず、俺の肩に両手を乗せて言った。
「和明、父さんは定年まであと十五年、職を失いたくはないんだ。くれぐれも粗相はするんじゃないぞ」
両肩にずっしりとした重みがかかる。どことなく目がマジだ。あまりの迫力にコクコクと頷く。なんか今日は頷いてばっかりだな。
「それと先方からたっての希望でな。白銀さんを家で預かることになった。なんでも早く孫の顔が見たいらしい」
「私、初孫は女の子がいいわぁ。明日はお赤飯炊かなくっちゃ」
さっきまでの困惑した態度はなりを潜めた父さんと最初から乗り気な母さんによって俺らから言うまでもなく親公認で同棲が決まった。
その後、白銀を交え四人で談笑する。父さんと母さんは終始機嫌がよく、白銀も溶け込むように会話していた。
ちなみに白銀の荷物は使用人の方々が運びに来ていた。あんな光景は創作の中だけだと思っていたが、金持ちっているところにはいるんだなぁ、と実感した。
宵も深くなり、寝る前に白銀の部屋を案内する。使ってもらうのは俺の隣の部屋だ。
「とりあえずこの部屋を使ってくれ」
「分かりました」
父さんと母さんはもう寝ている。俺はまだ聞いていない一番大事なことを尋ねた。
「なあ、白銀はどうして俺のことを助けてくれるんだ?」
俺と白銀の関係はどれだけ高く見積もってもクラスメイトが精々だ。それなのにどうしてここまでしてくれるのか見当もつかなかった。
「約束……いえ、誓いと言った方がいいでしょうか。十年前、この力を授かったときに私はとても大切な誓いを立てました」
その誓いがどう俺に繋がるのか分からなかったが、白銀の瞳は強い意志を宿していた。きっとそれだけ大切なものなんだろう。
「俺を守るのはその誓いを守るため、ってことか?」
「はい。私にとって貴方を守ることはとても大切な意味を持ちます。だから……絶対に死なないでください」
最後の言葉はこれまでと少し雰囲気が違うような気がした。
「白銀?」
「いえ、なんでもありません。それより、これを」
白銀は一枚のお札を差し出した。
「これは?」
「結界です。必ずこれを部屋に貼っておいてください」
「分かった」
「それでは、お休みなさい」
「ああ、お休み」
俺も自室に入り、壁にお札を貼ると床に就く。いろいろあったせいで疲れたのか、眠気はすぐに俺の意識を夢の中へと誘っていった。