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 狩谷美月を拘束し、破損した学校を修復するため、知り合いの【神憑き】に連絡する。多少お金はかかるが仕事は正確だ。連絡を終え、次の作業に取り掛かる。

「二人はどうするんだ?」

 気になっていたのだろう。《彼》が尋ねてきた。

「犯罪者が刑務所へ行くように【神憑き】にもそういう場所があるのです」

「先輩の方は?」

「篠宮梓に関してはここ最近の記憶を暗示で改竄します」

「暗示、って……。そんなことまでできるのかよ」

「良くも悪くも普通ではない生き方をしてきましたから。必要に迫られて、ですよ。それで、どうしますか?」

「どうするって、何を?」

 質問の意味を察しかねて《彼》が尋ね返す。

「彼女が貴方に抱いていたのは純粋で真っ直ぐな好意です。真実を話せば本当の恋人同士になれるかもしれません」

 《彼》は暫く考え、答えを出した。

「いや、やめておく。先輩を巻き込むわけにはいかないし、カンニングして答えを知ったようなもんだしな。全部終わったら、また答えを出すさ」

 その答えにホッとするのと同時、自己嫌悪がふつふつと湧き上がる。

 篠宮梓は客観的に見て、魅力的な人間だ。彼女と結ばれれば、《彼》はきっと幸せになれるだろう。

 《彼》の幸せを願うならば、推奨するべきだ。むしろ、私は《彼》の恋人になるべきではなかった。護衛をするだけならば、陰ながら守るという選択肢もあったのだ。

 結局のところ、全て私の我が儘なのだ。ほんの一時でも《彼》を独占したい、偽りでも《彼》の恋人でいたい、そんな願望。

 篠宮梓に対する複雑な感情が交錯する。これはズルをしたことに対する負い目だろうか? それとも……《彼》の身近にいたことに対する嫉妬だろうか?

 愚かしい考えだ。一歩を踏み出せなかった自分に彼女へ嫉妬する権利なんてあるはずがないのに。

 多分、それが私なのだ。目を背けたくても変えられない事実。外側をどれだけ取り繕おうと内側は弱く脆い。

 強くなろうと十年の歳月を費やした。それでも変えられなかった。いつまでも心は脆弱なままだ。

 思考がネガティブな方へ進んで行く。

 暗示で篠宮梓の《彼》に対する想いを消してしまえ、と弱い自分が囁いた気がした。

「白銀、どうかしたか?」

 どうやら、ぼーっとしていたらしい。《彼》が心配そうに尋ねてきた。

「いえ、なんでもありません」

 動揺をおくびにも出さず、篠宮梓へ暗示をかける作業に入る。

 作業自体は数分程度で終了した。後は彼女を家へ送り届けるだけだ。

「ふぅ……」

 一通りやることが終わり、一息吐く。すると、緊張の糸が切れたのか、意識が遠くなる。最後に見たのは《彼》が慌ててこちらに駆け寄る姿だった。


 目が覚めると、地に足がついていなかった。どうやら、誰かにおぶわれているらしい。

 その背中は温かく、揺り籠のように心地よい。

 目的地に着いたのか、動きが止まった。

 辺りを見回すと、私も知っている場所だった。 学校裏の森を抜けた先にある小さな丘だ。

「おっ、気が付いたか?」

 《彼》が首を回してこちらを見る。

「ここな、俺のお気に入りなんだ。星がよく見えるだろ?」

《彼》は促すように上を向く。

 《彼》がここによく来ることも、星が綺麗なことも知っていた。《彼》と一緒に見たいとずっと前から願っていたことだ。

「白銀、辛かったら泣いていいんだぞ?」

「えっ?」

 いきなりのことに戸惑ってしまった。

「いや、きっと辛い思いをしたんだろうなって……」

 《彼》が言っているのは先ほどの会話だろう。《彼》は続けて言った。

「俺は一応とはいえ白銀の恋人だからな。辛いとき、傍にいることくらいはできる。ここなら誰もいないし、気兼ねしなくていい」

「でも、私は貴方の護衛で……」

 声に嗚咽が混じり始める。心のダムが決壊しかけ、涙が溢れそうになる。

「白銀が強いことは知ってるよ。ちょっとぐらい弱いところを見たって不安になったりしないさ」

 違う。私は強くなんかない。《彼》の方がよっぽど強い。

 自分がいつ襲われるのか分からないのに他人を気遣うなんてこと、強くなければできない。

 《彼》は分かっているのだろうか? その優しさがどれだけ甘く、どれだけ残酷なのかを。

 私は《彼》の首に回された腕に力を入れた。

「ぐえっ」

 首を絞められ、《彼》が変な声を出した。

「いいですか。絶対に後ろを向いては駄目ですよ。向いたら即、首をへし折ります」

 涙声で、我ながら説得力がないな、と思った。

「……ああ、首を折られるのは怖いからな。絶対に向かないよ。約束する」

 そこでついに我慢の限界がきた。

「ーーーーーーーーーーーーーーっ!」

 十年間溜め続けた涙は絶えることなく溢れ続ける。《彼》は何も言わず、ただ傍にいてくれた。

 これはきっと罰だ。罪深い私への甘く、残酷な罰だ。

 望んだ星空は溢れる涙で滲んでしまっていた。


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