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ただただ走った。
何も考えずにひたすら脚を動かす。
「ハァ、ハァ……」
心臓はバクバクと忙しなく動き、今にも爆発してしまいそうなぐらい苦しい。
それでも脚を止めることはできない。
目前に迫った死から逃れるために。チラッと後ろを見れば変わらずにそれはあった。数メートルほどの距離を空けてそこにいるのは――巨大な狼。
最初に見たときは何の冗談かと目を疑ったが、何度確認してもそれは消えない。冗談じゃない現実だった。
「くそったれ! 何だってんだ一体!」
悪態を吐いたところで現実は変わらない。
空を見上げれば月が輝いていた。
その上にいるであろう神という存在に文句を言いたい気分だ。
「ぜってぇ、諦めねぇからな!」
俺は後ろの狼に負けない気迫で天に吼えた。
●
今日の朝はいつも通りとはいかなかった。
俺は目覚まし時計のアラームが嫌いだ。だから自力で起きられるように体内時計を調整している。今では秒単位で正確に起きられる程だ。しかし、今日は十分もずれてしまった。
まあ、昨日は少し夜更かししてしまったし、こういうこともあるか、と気にせず階段を下り、リビングへ顔を出す。
リビングでは母さんが調理を終え、テーブルに料理を並べているところだった。
「おはよう、母さん」
「うん。おはよう」
母さんは時計をチラッと見ると少し驚いた顔をした。
「あら、今日はどうしたの? いつもは計ったように同じ時間に下りてくるのに」
「あー、昨日はちょっと課題が難しくて終わらせるのに時間がかかっちゃったからだと思う」
「そう。朝ごはん、冷めないうちに食べちゃいなさい」
「わかった」
今日の朝食は母さんの得意料理で、子供のころから俺の好物である。箸をとると、さっそく朝食に手を伸ばした。口に含み、ちょっとした違和感を覚えた。
「あれ、母さん、料理の味付け変えた?」
「変えてないけど、どうかした?」
「いや、いつもと微妙に味が違う気がして」
母さんが怪訝そうに味見すると驚きに目を見開いた。
「ほんとね。どこかで間違えたのかしら?」
母さんは一人反省会をしていたが、そのクオリティは十分以上にある。気にせずに朝食を終え、身支度を済ませる。
「いってきます」
「いってらっしゃい」
母さんに見送られ、通学路を歩く。まだ時間には余裕があったが、気持ち早めに学校へ向かった。