7.どんな方なのでしょう?
暖かな日差しの降り注ぐ昼下がり、ステラは今朝のことを振り返り、気がつけばドナの店へとやって来ていた。もやもやとした気持ちを抱え、この気持ちがどうしたらすっきりするのかと懸命に考えるステラは、ドナの店の前で立ち止まったまま動けずにいた。
メルヴィンの愛の告白を受けてからというものステラはそわそわと落ち着かず、メルヴィンの顔を思い浮かべては真っ赤になっていた。
一人でじたばたとしたところで何も解決しないとここまで来てしまったのだが、どう話しを切り出すべきなのかとステラの思考は焼き切れそうになっていた。
「おや、あれはステラかい?」
そんなステラを見つけ、店内で閉店の準備をしていたドナが声をかける。
「やあステラ。珍しいね、こんな時間にどうしたんだい?」
店の扉を開き笑顔を見せたドナは、すぐにステラの様子がおかしいことに気がついた。
「あ、こんにちは、ドナさん」
少しどぎまぎとしながら話すステラは、見つかってしまったことにばつが悪そうな顔をする。そんなステラにドナは声をかけたのは拙かったかと後悔する。
「……その、ちょっとご相談したいことがありまして」
言い難そうではあるが、ステラはドナにそう切り出した。
「相談? そうかいそうかい、私で良かったら何でも聞くよ」
にかっと笑って店の奥へと招き入れると手近にあった椅子をステラへと差し出す。ドナはそそくさとお茶とお菓子を取り出すと、テーブル代わりに引っ張り出してきた商品の入った箱の上に置いた。
「ありがとうございます」
テキパキとあっという間に即席のお茶会のようになったこの場所でステラは恐縮しきりで礼を言う。
「で、どうしたんだい?」
ドナはお菓子を一つ摘むと口に放る。今朝早く店の常連客からもらった焼き菓子はそれはそれは美味だった。
「はい、その……ドナさんはお店をやっているので色々と情報をお持ちなのですよね?」
「あー、まあそうだね。それなりには」
「では、騎士団についてもお詳しいんですか?」
「騎士団かあ~。どうだろう、詳しいってほどでもないかもだけど。で、その騎士団がどうかしたのかい?」
ドナはひょっとしたら総長のクレイグのことを聞きに来たのかと思い、情報を頭の中で整理した。 最近あった出来事と言えば、ゴーレムが国の入り口に来たくらいのことだが。それでも案外ステラは知らないのかもしれないとドナは考えた。こういう話しにはとんと疎い姉妹につい笑みが零れてしまう。
「その、メルヴィン様のことなのですが」
だがステラの口から出た名前は、余りにもドナの予想とかけ離れていた。よもやその名がステラの口から出て来るなど、一体何があったのかとドナは驚きの表情をみせる。
「え! あの管区長のことかい! 知ってるっちゃ知ってるけど……」
ドナはつい言葉を濁してしまう。ステラとアイリスの幼馴染みである騎士団の総長を務めるクレイグを目の敵にしていると、言って良いものかどうか逡巡する。
「そうなんですか! あの、何でも良いので何か情報を頂けませんか!」
勢い良く身体を前に乗り出してきたステラに、ドナは本当に珍しいと目を瞬かせた。
そこで頭を過ぎったのは、メルヴィンが女たらしで有名だということだった。まさかステラもその毒牙にかかってしまったのかと思い、酷く慌てた。それと同時にこのおっとりしたステラがそんなのに引っかかるのだろうかという疑問がドナの心に湧いてくる。
「またどうしてその管区長のことを聞きたがるんだい? まさか、口説かれたとか?」
ドナの言葉にステラがぼんっと首から上を真っ赤に染めた。それを目の当たりにし、ドナの顔が引きつった。
「え! ちょっと! 本当に口説かれたのかい! 止めておいた方が良い。あの管区長は女たらしで有名なんだよ!」
その言葉にステラが激しく反応した。赤かった顔がみるみる青く変化する。
「あの、本当にそうなんでしょうか? なんだかとてもそうは思えないんですが……」
少しばかり暗い表情を見せたステラに、ドナは驚き戸惑った。まさか、既に絆されてしまったのかと。
「まあ私もその現場を見たわけじゃないし、あくまで噂だけどさ。でも随分と広がってる噂だからね、あながち嘘だとも言えないさ」
ここでドナは酷く苦い顔をする。メルヴィンが自身で必死に噂を流しているという話しを耳にしていたからだ。クレイグに唯一勝てるのが『女』なのだと気づいたメルヴィンは浮いた話しが一つもないクレイグへの当てつけだと云わんばかりに手当たり次第に女を口説いていた。それでもメルヴィンからしてみれば口説いているつもりは全くなく、結局女が勘違いがいをしているだけだというのが言い分だ。そんなメルヴィンの誤算は、クレイグには幼い頃から一途に想い続けてきたアイリスがいるということだった。そのことを知らないメルヴィンは既にこの時点で男として負けている。無論そのことを知らないドナからしてみれば耳に入る情報が全てだった。毎日アイリスと顔を合わせているドナだったが、アイリスとクレイグが婚姻届を出したことさえ知らされていないのだから。
「では、メルヴィン様は今現在も誰かとお付き合いしているかもしれないっていうことでしょうか?」
「さあ、そこまでは解らないけどさ……。でも、正直私は止めた方が良いと思うよ。きっと後悔する」
真剣な表情で諭すドナに、ステラは大きく息を吐き出した。
「その……すごく似てるんです。クレイグ様に。話し方や立ち居振る舞いとか……。何より雰囲気が本当に似ていて、そんな噂が立っているなんてとても信じられないんですが……」
瞳の色と髪の色も違えど、兎に角話し方がよく似ていた。クレイグの方が随分と背は高いのだが、小柄なステラからしてみれば、さほど変わりはない。また優しく笑む姿もクレイグと重なってみえた。だがやはり違うところも勿論ある。クレイグの眼孔はとても鋭いのに対し、メルヴィンのそれはとても穏やかで人好きのする瞳だったとついそんなことを思い出し、ステラはほんのり頬を染めた。
そんなステラを見やり、ドナは益々当惑した。
「ふ~ん、そうなのかい? でもねえ……」
言いかけてドナは考え込んでしまう。鈍感なステラに漸く芽生えた恋心を応援したい気持ちも勿論あるのだが、如何せん相手が悪すぎる。これがそこら辺の男ならば大いに応援したのだが。
それでもこの鈍感なステラを落とした事実にドナは違う意味で驚いていた。流石は百戦錬磨の女たらしだと。
不安げに俯いているステラを見やり、これは厄介だとドナは溜め息を吐いた。
「取り敢えず、総長さんに聞いてみたらどうだい? 騎士団の詰め所に行ってさ。管区長さんは総長さんの部下なわけだし、それなりに面識もあるだろうし。それに他の団員の話しも聞けるかもしれないから、行くだけ行ってみたらどうだい?」
余り良い選択ではないだろうが、噂ではない情報を得る為にはそれが最善だとドナは真剣に提案した。それにぱあっと顔を輝かせたステラは、名案だとそれに飛びついた。
「はい、そうします!」
メルヴィンがクレイグに似ていると思ったステラは、クレイグから何かしら良い話しが聞けるのではないかと心が弾む。
「ありがとうございます、ドナさん! では、私はこれで!」
嬉しそうに声を弾ませてステラが勢い良く立ち上がる。そのままの勢いで店を後にしたステラに、ドナは複雑な表情をした。
「気をつけてね~!」
少し大きめの声をかければ、駆け出していたステラにもその声が届く。ブンブンと大きく手を振ったステラを確認し、ドナは腰へて手を当てる。
「どうなっちまうのかね~。でもまあ、初恋だしね。失恋ってのも良い経験になるさ」
既に実らないと結論つけているドナは、やるせない思いのままステラの後ろ姿を見送った。
■ ■ ■ ■ ■
街並みがゆっくりと朱に染められ、青を基調とした騎士団の旗が濃い色に変わる。門番や警備の交代の時間なのか、慌ただしく動く団員たちは相変わらずきびきびとした動きを見せていた。
そんな夕暮れ前の騎士団の詰め所に、ステラは乗合い馬車を乗り継ぎやっとの思いで辿り着いた。
「こんにちは。あの、すみませんが、クレイグ総長にお会いしたいのですが」
遠慮がちにそう挨拶と共に告げれば、途端に怪訝な表情を返される。それに一瞬、たじろぎながらもステラは言葉を続けた。
「大事なお話があるので、是非ともお会いしたいのですが」
懇願するように頼んでみたがやはり良い顔はされず、団員同士で顔を見合わせている。
「どんな用件だ」
「はい、えと……」
正直に用件を言うべきかどうか悩み、言葉に詰まる。そんなステラに、団員たちが再び顔を見合わせ、口を開いた。
「今日はもう遅い、明日また来て頂こう」
当然の返事を返され、ステラは大いに慌てふためいた。できれば今すぐにでも話しがしたいと思っていたステラは、再び懇願する。
「いえ、それでは困るんです! お願いします! あ、私、クレイグ様の幼馴染なんです!」
気が動転してしまったステラは、クレイグと関係のある事を言わなければと幼馴染を強調した。だがそれは空振りに終わってしまう。
「幼馴染? 幼馴染なのに『様』付けで呼ぶのは、少々おかしいのではないか?」
「えっと……周りの皆さんがそう呼ぶので、つい私もそう呼ぶようになったのですが……おかしいんですかね?」
ここで、団員二人が『おや?』と首を傾げる。
「……何かこのやりとり、前にやった記憶があるんだが……」
「ああ、やっぱりそうか、俺もだ。確かこの会話って……」
団員たちがステラの顔をまじまじと観察し、納得した。金の髪に蒼い瞳。小柄で色白でおっとりとした話し方。つい先日、良く似た女性がここを訪れたことを思い出す。
「解った。一緒に来い。総長の所まで案内する。で、あんたの名前は?」
「ステラです。よろしくお願いします」
ほっと胸を撫で下ろし、ステラは感謝と共に笑顔を見せた。
コンコンコン。
「おいおい、こんな時間になんだよ!」
もうじき定時だという時刻に容赦なく響き渡ったノックの音に、ずるずると椅子からずり落ちやる気は全くないと態度で示すロナウド。クレイグに至っては、完全に無視を決め込んでいる。
「か~、仕方ねえなあ……はいはい、どうぞ~」
面倒臭そうにロナウドが声を上げるとがちゃりと扉を開き、団員の一人が入室して来た。びしりと敬礼をする団員をクレイグが横目で見遣り、次いで固まった。
「失礼いたします! 総長に面会希望の……」
「ステラ!!」
団員の言葉が終わらない内に、クレイグがステラの姿を見つけ大声を張り上げた。
普段、大きな声を出さないクレイグがいきなり発した大声に、ロナウドが「またかよ!」と突っ込みを入れる。そしてクレイグの行動の素早さに、「早っ!」とまたまた突っ込みを入れた。つい先程まで執務机に座っていた筈なのに、今現在、いつの間に来ていたのかステラの肩に手を置き笑みを浮かべていた。
「どうした、ステラ。こんな所まで。大変だったろう」
「いえ、大丈夫です。あの、大事なお話があって来たのですが……」
「話し? 何だ? アイリスのことか?」
少し慌てた様子で話すステラに不安を感じ、クレイグはすぐさまアイリスの身に何かがあったのでは勘繰った。それはただ単に常にアイリスのことばかりを考えているせいなのだが。
「いえ……その……姉さんのことではなくてですね……第二管区長をされているメルヴィン様についてなのですが……」
「メルヴィン?」
今日聞くのは二度目になるその名に、クレイグは怪訝な表情を見せる。そして何故ステラからその名が出るのかと、強い違和感を抱いた。
「はい。その、ですね……メルヴィン様に、結婚を申し込まれてしまったのですが……」
「結婚? ……いや、違うか? ……血痕?」
「こらこらこらっ! 現実逃避ですよ、それ!」
ロナウドの突っ込みが瞬時に入る。少しばかり動揺しているクレイグを他所に、ロナウドはこの事態を既に予測していた。元々女遊びの激しいメルヴィンがクレイグの女、もしくはそれに近しい者に手を出すだろうことは容易に想像できていた。
「ああ、すまない……そうか……それはまた随分と……」
だが生憎とクレイグにはロナウドのような認識はなく、激しくうろたえていた。
「それで、その……メルヴィン様は、どういう方なのかお聞きしたくて……」
「? ……何だ、結婚するのに、何故今更それを聞く?」
「え? あ、はい。えっとですね、今日初めてお会いして、結婚を申し込まれましたので」
「!!」
クレイグが驚愕の表情で固まった。
その理由はただ一つ。今日会ったばかりで、結婚にまでこぎつけたメルヴィンの凄さにだ。
ステラとアイリスは容姿も似ているが、その性格もまた瓜二つだった。何度も愛を囁いているのにも拘らず全く伝わらず、婚姻届を出した今でさえ、片想いをしているクレイグからすればそれはまさに神業だった。
「そうか……だが俺は余りメルヴィンのことを良く知らないのだが……」
そう言うとロナウドの方に顔を向ける。それを受けて、ロナウドがガリガリと頭を掻いた。
「あー、そうですね。正直、女の敵ってやつですかね。来るものは拒まずっていう感じで、兎に角女癖が悪いです。止めておいた方が良いですって。辛い思いするのは嫌でしょう?」
そのロナウドの言葉にクレイグはぎょっとした。よもやそんな輩がステラに近づき、しかも求婚までしたのかと思うと怒りが一気に込み上げる。
「ステラ、聞いての通りだ。そんな奴など、放っておけ」
怒気を含み早口でそう言ったクレイグに、ステラの表情が曇る。
「え? でも……その……そんな方には思えないんです……その、ものすごくクレイグ様に似てるんです」
ピシリっとクレイグが音を立てて固まった。よもやそんな女癖の悪い男と同等の扱いを受けてしまうとは、クレイグからしてみれば心外のなにものでもない。
「まあ、金持ちだし騎士団の管区長だし見目が良いってなれば、女共も寄ってくるってもんですよ。ただそれを拒まないっていうのが問題なんですけどね」
固まっているクレイグに代わり、少しばかりメルヴィンの肩を持ってみたが結果は余り変わらない。結局は女好きという意味合いになってしまったことをロナウドはすぐさま後悔した。
だがここで、クレイグの表情が憐れみに変わる。
「ロナウド、確かお前の家も金持ちだったよな。しかも騎士団の副総長だ。それなのに、この差は何なんだ?」
正直に疑問を口にしてしまい、はっとクレイグが目を瞠る。
暗にロナウドの見目が悪いせいだと言っている事実に気づき、慌てて弁解を用意した。
「まあ、あれだ。そういう私も総長でありながら全く浮いた話しには縁がないのでな。気にすることはない」
「ええ、総長にそんなことを言われるまでは全く気にはしてませんでしたけどね……。それに総長に言われると逆に嫌味にしか聞こえませんよ」
地を這うような声でそう言ったロナウドに流石に拙かったかとクレイグは猛省した。
「兎に角、忠告はしましたからね。さてと、じゃあ、俺はそろそろ上がります」
すっかり機嫌を損ねたロナウドはそそくさと部屋を後にした。それを追うように門番たちも退室する。
残されたクレイグとステラはゆっくりと顔を見合わせた。そしてばつが悪そうに視線を逸らす。お互いにメルヴィンのことに触れないように違う話題を探し出す。だが結局何もみつからないまま、クレイグは静かに口を開いた。
「送って行こう」
「はい」
結局会話らしい会話もなく、転移魔法で家まで送ってもらったステラは、今回のことをメルヴィンの冗談だと理解した。それは勿論ドナとロナウドの言葉を受けての結果なのだが、事はそう簡単には済まされなかった。
ステラの中で大きく響いたメルヴィンの言葉が、徐々に形を成して行く。それが恋だと気づかないステラは、ただただ想い悩むことしかできないでいた。
拙作をお読み頂きまして、本当にありがとうございます。
今回は余り間を空けず更新できました。次回はまた遅くなるかと思いますが…。
次回もまた頑張りますのでお付き合い下さればと思います。よろしくお願い致します。




