携帯電話
夜の暗闇に部屋の明かりが浮かんでいる。
見上げた部屋からは彼女の影が揺れていた。
音の無いため息が漏れる。
今日で3日目、怒鳴った勢いでつい別れを口にしてしまった俺。
とたんに表情を無くした彼女は口を閉ざしたまま立ち去っていった。
そのうちにケンカしたことが無かったかのように「陽治ぃ~。」といつものあの甘い声で電話があると思っていたのに携帯からは彼女専用の音楽が流れる事は無かった。
彼女が去った後、少々自分が言ってしまった事に反省しつつも男のプライドで自分から電話する事はしなかった。
しかし3日間鳴らない電話を見つめ続け俺は気がついたんだ。
今までケンカした後、いつも彼女の方から何もなかったように電話をくれていた事。
落ち着いて考えればケンカの内容はいつも思い出せないくらい些細な事。
いや、俺の小さな嫉妬心で彼女につっかかってしまうんだ。
待ち合わせに彼女が遅れればそれほど俺と会いたいわけじゃないのかと思ってみたり、男の店員にちょっと笑いかけただけでもしかしてこいつが好みのタイプなのかと疑ってみたり、その思いはどこから来るのか俺は気が付いていなかった。
もしこのまま本当に彼女を別れてしまったら、そんな思いが頭に浮かんだ途端、体中の血の気が引いた。
どうしたらいいんだ。
心臓のところがざわざわして妙に気分が悪くなった。
とっさに携帯を開き彼女へ掛けようとするのに指が動かない。
彼女が電話に出たら俺はいったいなんて言えばいい?
「ごめん。」
そう言えば彼女は許してくれるだろうか。
もし許してくれなかったら。
恐怖心が指を動かすのを抑えている。
こんな時も俺の頭はいらない事が思い浮かぶ。
素直になればいいだけなのに。
何だか知らないけど体は寒いのに中のほうが熱さがこみ上げて来た。
我に帰った俺は自分の目にたまった涙に気付いた。
こんなにも好きなあいつの事が好きなんだ。
別れる事なんて出来るなずない。
今度は真っ白になった頭で指が彼女へ電話をかける。
途端に携帯から彼女専用の音楽が流れる。
あれっ?
今、俺がかけたよな?
戸惑っている手の中で震え続ける携帯。
切れないうちに慌ててボタンを押して耳に当てると
「陽治ぃ~。」
変わらない甘い声が聞こえた。
「ずるっ。」
思わず鼻をすすりあげた俺に
「風邪でも引いた?この間から寒くなってきたから温ったかくして寝ないとだめだよ。いつも陽治は布団剥じゃうんだから・・・。あっ、誰か来たみたいちょっと待って。」
彼女が動く気配を携帯から感じる。
「はい。」
俺と話すトーンより少し低めの声で答える。
「お前が温っためて。」