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ぼないちご

掲載日:2026/04/27

これは、とある人から聞いた物語。


その語り部と内容に関する、記録の一篇。


あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。

 おやあ? 先輩、ケーキのいちご、全然食べませんけどもらっちゃってもいいですかあ?

 え? ほんとにいいんです? やったあ、お願いをしてみるもんですね。

 わたし、昔からいちごに関しては目がなくって。もろもろが許してくれるなら、一日中でもいちごばかり食べて過ごしたいな、なんて考えちゃうほどなんです。


 ――そこまでするほど、なぜいちごが好きなのか、ですか?


 う~ん、難しいですね。説明しにくいものなんです。

 なぜ嫌いなのかを説明しづらいことがあるように、なぜ好きなのかを言語化するのが難しいときがありませんか? なんとなくそれを好んでしまう……突き詰めれば個人的な相性とかになるんでしょうか。

 けれど、いちごであれば何でも構わない、というほどの節操なしではないんですよ、わたし。これまで特に、食べるのがとってもしんどかったいちごがあるんです。

 その話、少し聞いてみませんか?


 ぼないちご。

 わたしがその名前を知ったのが6歳ぐらいのときでしたね。

 このころが、わたしのいちごへはまったきっかけの時期でして。はじめてひとつかじったときから、その味に魅了されてしまい、本来はストックしておくべき家族の分まで夢中で食べてしまいまして。そのときから、わたしのおやつはいちごになったわけです。

 親としても甘味料たっぷりのお菓子より、果物のたぐいを好んでくれたほうが、まだましといったところでしょうか。冷蔵庫の一角には、わたし専用のいちごスペースが設けられる運びとなりまして、そこからいちごを適宜取り出して頬張っていく生活が始まったのです。

 特に種類が分けられていたわけではなく、ラップをしたボウルの中へこんもり詰められている形でして、質がいいかどうかでいったら悪いほうだったと思います。

 それでも問題にならないくらい、私の味覚はいちごのとりこになっていたんですね。


 だからこそ、異変に気付くことができたのかもしれません。

 そのときのいちごの印象は、今でもはっきり覚えています。学校から帰ってきてから、すぐおやつにしようと思いましたが、外出帰りの手洗いうがいは我が家のたしなみ。せっせと石鹸を泡立てて、ガラガラうがいをした後で冷蔵庫へ飛びつきました。

 戸棚を開けると、いつもの銀色ボウル内部のいちごのかさが増しています。母が買ってきてくれたのでしょう。

 庫内から出す時間も惜しく、ラップをはがしててっぺんのひとつを取り、ヘタを部屋の隅のごみ袋へポイして口へ放り込んだのですが、すぐに首をかしげましたね。


 ――あれ、味がしない?


 無味乾燥、とはあのようなことをいうのでしょうね。

 想像していた甘さどころか、辛さ、すっぱさ、しょっぱさ、苦さ……およそ舌が感じるであろう味の数々が、そこにはなかったんです。

 心なしか、いちごそのものもぱさぱさしていて、噛んでも染み出てくる果汁の量はごくわずか。それもまた液体が出てくる感触のみをたたえ、付随するはずの味のすべてを損なっていました。

 ぐっと、勢いで飲み込みこそしましたが、これほど気持ち悪いことははじめてで。つい、台所の隅にあるごみ袋へ飛びついちゃいました。新たにいちごが補充されたばかりなら、そこに包み紙なり、なんなりが捨てられているはず。

 この不愉快ないちごの銘柄をおさえてやろうと思い、あらためてみたところ、真新しいビニールの帯が乗っかっています。そこに金色の文字で「ぼないちご」のひらがな五文字が。


 ――ぼないちご。その名前、覚えた。


 まるで仇でも見つけたかのようで、わたしはすぐに母親のもとへ急行。金輪際、このぼないちごなるものを買ってこないよう訴えますが、母親はきょとんとした表情。

 母親は昨晩から今に至るまで、新しくいちごを買ってはおらず、当然ボウルの中のいちごを取り替えてもいない。

 わたしとしてもすぐ信じられず、嫌がらせをされたと思いましてね。例のぼないちごを母親にも食べてもらったのですが、ごく普通のいちごだと返されてしまったんです。

 わたしの伝える味のなさ、気持ち悪さなどは全然なかったとか。しかし、母としてもこの得体のしれないいちごをそのままにしておくのは看過できず、即刻処分となりました。ひとつだけかじってくれたのも、強情な娘に対する義理立てだったのでしょう。


 こうして、謎のぼないちごからはおさらばできた……などとはいきませんでした。

 数時間後の夕飯で、私は再び味なき世界を味わう羽目になります。

 母の作ってくれたご飯、そのことごとくがぼないちごのときと同じなのです。歯や舌や口の中に触れる気配だけし、本来ならば働くべき味覚が全く仕事をしない。

 なにを食べても同じです。心配されるほどしょうゆをかけても同じです。責任の所在が母にないのは明白。ぼないちごに「してやられた」と思いました。

 このまま、ほかのいちごたちも味わえないままになったらどうしよう……などと、いちごに関することばかり心配する私ですが、ごちそうさまをして席をたった直後。


 玄関の方から、ビニールのかさつく音がしました。

 明日は燃せるゴミの日。夏が近いこともあり、玄関は網戸になっていて、すりガラスの引き戸よりは外の様子をうかがえます。

 その網戸端に置いてあるのは、明日出すゴミ袋ですが、それがガサゴソと動いているのです。

 はじめは中で虫でも暴れているのかと思いましたが、私の見ている前で、ぱんぱんに膨れていたはずの袋がみるみるしぼんでいくのです。

 何事かと目を凝らすと、袋の中をせわしなく動きながら、他のゴミを食べているかのような動きを見せる物体がひとつ。よもやと思いましたが、その緑色の身体は私が数時間前にごみ袋の中へ放ったものを彷彿とさせます。


 ぼないちごのヘタの部分です。

 指でつまめるほどの大きさだったそれがいま、中型の犬くらいのサイズになって袋の中を動き回っていたのでした。

 袋の中のほかのゴミたちは、もはやありません。内側を濡らす雑多な色合いの汁たちをのぞいて。そして大きくなったヘタはというと、袋の一角をその体で破ってしまったかと思うと我が家の敷地を囲うブロック塀を軽々と飛び越えて、どこかへ消えてしまったんです。

 ほどなく、わたしの味覚はもとに戻りましてね。あのヘタは、一時的にわたしの味覚を奪って、食事を味わう楽しみを覚えたんじゃないかと思います。

 もしわたしの味覚を使わずとも、味わうすべを知ったあれは、今は何を食べているのでしょうね。

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