7話「心のすり合わせ」
「……さん、ガーネットさん!」
「あ」
色々考え込んでしまっていたために、ラルフレットからの声掛けに気づけていなかった。
「顔色が悪いですよ、大丈夫ですか」
「はい」
「部屋を移動しましょう」
「ラピスは……」
「彼女は家へ帰らせます。安心してください、馬車を出しますから」
申し訳なさが溢れ出して「すみません……」とこぼすと、彼はそっと首を横に振った。
その後、ラルフレットの指示で、ラピスは城から出ていかなくてはならないこととなった。
想定外の結末に衝撃を受けたようで、彼女はかなり取り乱していた。
部屋から出るよう言われた時には必死に抵抗し「殿下! そんな悪女の言葉を信じてはいけませんわ!」「その女は穢れた魔女ですわよ!」などと言っていた。また、係の者にゆっくり追い出されていく際には、鬼のような形相で「ラルフレット様はまだわたくしの魅力に気づけていないだけですわ! 一晩共に過ごせば必ず分かります!」「魔女の命令に従うなんてやめて! 真実を見ていただきたいのです!」などと発していた。
だがそのようなうすっぺらい言葉がラルフレットに響くはずもなく。
彼女がどんなことを言っても、彼女がどれだけ必死に自分に有利な言葉を紡いでも、ラルフレットの中にある私への信頼を崩すことはできなかった。
「一旦休憩しましょうか、ガーネットさん」
「はい……」
ラルフレットがラピスを追い返してくれて良かった。
あのままだったらどんなことが起きていたか。
頭の中で想像するだけでも恐ろしい。
暴走する彼女を誰も止められなかったとしたら、きっと、非常にややこしいことになっていただろう。
「妹さんとはいえあのようなややこしい方の相手をしてお疲れでしょう」
「ご迷惑を……申し訳ありませんでした」
「気にしないで。ガーネットさんに非はありません」
「ですが数々のご無礼を……」
「わたしは平気です。パーティー会場などでもああいう者は時にいますから。王子という立場しか見ていない、わたしを一人の人間として認めてくれていない、そんな女性も多いのです」
その後ラルフレットの提案により休憩することとなった。
休憩、というのは、ティータイム的な意味である。
ラルフレットと向かい合い、二人だけのティータイム。何だか少し緊張してしまう。同じ時間を過ごすことなんてこれまでもあったのに。あんなことがあった直後なせいか、それは関係ないものなのか、そこは定かでないけれど。
「妹を止められなくてすみませんでした」
「気にしないでください」
「本当は姉である私が責任を持って止めるべきでした……それなのに、私は、何もできませんでした」
「危害は加えられていませんから、平気です」
「ですが、抱きつかれたり、おかしな色仕掛けをされたり、被害はありましたよね……」
すると彼は呆れたようにふっと息を吐き出して「さすがに意味不明でした」と呟いた。
「ですがガーネットさんが罪の意識を持たれる必要はありません」
そして続ける。
「悪いのはそういうことをしている彼女自身なのですから。姉だから連帯責任、ということはありませんし、そのようなことを言う気もありません」
彼の言葉には常に思いやりがあった。
やがて紅茶が運ばれてくる。
艶やかな白いポットの口から溢れたものは、辺りに柔らかな香りを広げる。
湯気に乗ってやって来た香りはとても心地よいものだった。
胸の奥の硬直さえも解いてくれるような、すべての重い感情をタオルで拭き取ってくれるような、そんな香り。
温もりの注がれたカップに口づける。
さらに強く香りが溢れる。
全身がじんわりと溶かされていくかのよう。
「美味しいですね」
静寂の中、思わず呟く。
「同意見です」
彼は頷いてからそっと返してきた。
「好みに合ったようで良かったです」
そう続けた彼の表情は穏やかなものだった。
「ガーネットさん、これからもここにいてくださいますか?」
「え」
「いえ、深い意味ではないのですが……少し、気になりまして」
「許されますか?」
「それはもちろん。ガーネットさんさえ良ければ、これからもここにいてください」
ティーカップを一旦置いて。
「ありがとうございます、とても嬉しいです」
お礼を伝える。
「私、ここへ来て、初めて居場所を手に入れることができました。味方なんてほとんどいないまま生きていくものだと思って生きてきましたけど、でも違った。ここでは皆さん温かく接してくださいます。私を嫌ったり差別したりしてくるような方もいませんし……ですから、今、とても幸せなんです」
想いは言葉にしなければ伝わらない。
そう思うから。
思っていることは真っ直ぐに言葉にできる、そんな私でいたい。




