5話「自由を手に入れて」
城で暮らし始めてから、私は心ない扱いをされなくなった。
ここでは私は自由。
ここでは私のままでいられる。
ある時、泥水を運んでいた若いメイドが器をうっかりひっくり返してしまい辺りを泥まみれにしてしまい、服まで泥だらけで泣いていた。たまたまそこに通りかかり、放っておけず、水の魔法を使ってメイドの服を綺麗にしてあげた。するとメイドは自然と笑顔に。そこからは水の魔法を使いつつ二人で協力して床や壁なども掃除して。その結果若いメイドはそこまで酷く怒られずに済んだ。また、私も魔法を使ったことを怒られはせず、むしろ「元より綺麗になりました、ありがとうございました」と言ってもらえた。
――というような経験が、ここへ来てから何度もあった。
魔法とは特別な力。魔法を使えば普通の人間にはできないことが簡単にできてしまう。それゆえ恐れられることも多いのだけれど、ただひたすらに悪いものかといえばそうでもなくて。
魔法というものを善にするか悪にするかというのは、使う人そのものの善悪が何よりも大きいだろう。
悪い人が悪い目的で使えば悪い魔法になる。
善い人が善い目的で使えば善い魔法になる。
そういうものだろう。
「ガーネット様! 先日はありがとうございましたぁ」
「あ、お久しぶりです」
「お掃除手伝っていただいたこと、今も感謝していますぅ」
「あれからはうっかりミスしてないですか」
「はい! もちろんですっ。あんな大ミス、さすがに滅多にないんですぅ。あの時はもう焦り過ぎて魂抜けそうでしたよ! 怖かったですー」
いつまでここにいられるのだろう。
それは分からない。
けれどもここには私の居場所が確かにある。
叶うなら、この場所で生きていきたい。
「この後まだちょこっと仕事があるので! 今日は一旦! ここで失礼いたします!」
「お疲れさまです」
「えへへ、嬉しいです~。話してくださってありがとうございましたぁ」
話し終えたちょうどそのタイミングで。
「ガーネット様、失礼いたします」
「あ、はい」
「お客様がいらっしゃっています」
「私に、ですか?」
一人の女性からそんな風に声をかけられた。
「そうです」
私がここにいることは隠していることではない。なので誰かが訪ねてきたとしてもおかしな話ではない。が、心当たりは一切ないので、誰が訪ねてきたのかはまったくもって見当がつかない。ここまで放置していた両親が今になってやって来るということはさすがにないだろうし。
「お客様のお部屋まで案内します」
「あ、はい。助かります」
女性に導かれ廊下を歩き続けること数分、部屋の前に到着する。
扉を開けてもらえたので会釈しながら通過した。
――その先で待っていたのは妹だった。
「お久しぶりですわね、お姉さま」
金色の艶やかで長い髪、アーモンド型の目、緑がかった色をした宝石のような瞳。絵に描いたような可憐な女性。いたるところにフリルのついた豪華な桃色のドレスを身にまとっている。
「ラピス……」
「あらあら。驚かれて。どうしてそんな顔なさるんですの? わたくし、ちょっぴり悲しいですわ」
「ごめんなさい、ちょっと、急で驚いて」
「ふふ。構いませんわ。ではそちらにお座りになって。今日は少しだけお話がありますの」
妹ラピスは私とは対照的に両親から可愛がられていた。
ある意味彼女は過去の私の象徴とも言えるような存在。
「お姉さま、なんだか綺麗になられましたわね」
「そう?」
「ふふ。やはりお城でお暮しだからかしら。親にも愛されなかったお姉さまが今はとても幸せそうで安心しましたわ」
「ありがとう」
彼女は両手の手のひらを胸の前で合わせる。
「ラルフレット様にわたくしを紹介してくださらないかしら」
満面の笑みでそんなことを言われ戸惑う。
「お姉さまはラルフレット様とお知り合いになったのだと聞きました。それでお姉さまにお願いしてみようと思ったのですわ。わたくし実は以前からラルフレット様に憧れていましたの」
「初めて聞いたわよ……?」
「あら、お姉さま、そんなことを仰るなんて。酷いですわ。わたくしが幸せになるのがお嫌なのかしら」
ラピスは数回目をぱちぱちさせた。
「そういうわけじゃないけれど」
「では紹介してくださいますわね?」
「さすがに急すぎない?」
「ほーら! お姉さまったら! 可愛い妹のお願いを断るなんて酷いですわよ! 姉なら妹のお願いは聞くべきですわ」
何だか面倒臭い感じだ……。
「分かった。じゃあ紹介するわ。私の妹として、でいいのよね」
「ええ!」
「じゃあまた後日……」
すると。
「今日ですわ!」
きっぱり言われてしまった。
「えっ」
「今から紹介していただかなくては。困りますわ。だってわたくし、今夜、泊まるところないんですもの」
「えええ!?」
「ラルフレット様に会わせてもらえればそれですべて解決しますわ」
「宿の件も?」
「もちろん!」
相談もせず勝手に予定を決められると困るのだが。
世界はラピスを中心に回っていない。
すべての人に都合がある。
私にも、ラルフレットにも、それ以外の周囲の人たちにも。
そこを彼女は理解できていない。
「お姉さまにでも優しくするようなラルフレット様ですもの、わたくしの姿を見れば惚れること間違いなしですわよ!」
「そ、そう……」
「そうすれば一夜くらいここに置いていただけるはず――いいえ、きっともう、その場でプロポーズされるかもしれないですわね!」
「え、えええ……」
「うふふ、わたくし、これでラルフレット様の妻になれるんですわね! きゃー! 夢が叶ってとってもとっても嬉しいですわ!」
いや、もう、なんというか……。




