2話「絶望と奇跡」
婚約者だったハーバーグ。
親友だったアミラ。
二人がいてくれるだけで生きてゆけると思っていた。
異端として生まれた。それゆえ苦労は多くあった。生まれ持ったものだけで嫌われたり不快がられたり。私を一人の人間としてきちんと見てくれる人はあまり多くなくて。誤解されてばかりだった。
でも、それでも、温かく接してくれる人が少しでもいれば大丈夫だと思っていた。
それを支えにずっと生きてきた、のに……。
私だけが信じていた? 愚かにも、彼らだけは味方だと思って。いつまでも寄り添ってくれるものと思い込んで。そう思っていたのは私だけだった? はじめからそうだったのか、あるいは、どこかでそうなってしまったのか。そこは分からない。好きになってしまった、と言っていたから、さすがに最初からはめる気はなかったのだろうけれど……でも、一線を越えてはならないと考えてはくれなかったということだから、二人にとっての私は所詮その程度の扱いだったということで……。とすれば、やはり、信頼していた私が愚かだったのか? 私だけが、この人たちは信じられると思い込んでしまっていたということ……なのだろうか。
その日は自室にこもって泣いた。
どうしても涙が止まらなくて。
ただただ悲しくて。
ひたすら涙を流し続けることしかできなかった。
涙を流せば心の傷は癒える、なんて話を聞いたことがあるけれど、今はそれを理解することすら難しい。
この傷はいつか癒えるのだろうか? ……そうは思えない。
◆
婚約破棄から数日が経ったある日のこと。
久々に少し街へ出掛けたところ、偶然、ハーバーグとアミラが腕を組んで歩いているところを目撃してしまう。
二人は路地裏へ向かうと、そこで、ひっそりと口づけた。そしてそれからもしばらくいちゃついていた。指を絡め、見つめ合い、ここからは聞こえないが何やら甘そうな言葉を囁き合っている。
そんな光景を目にしていると突如涙が溢れてきて。
片手の甲で目もとを拭いながら慌ててその場から離れた。
落ち着こう、そう思うのに、一度溢れ出した涙は止まってくれない。
花壇の傍にしゃがみ込む。
目立たないところにいたかった。
だが。
「大丈夫ですか?」
何者かに声をかけられてしまう。
「え」
見上げると、そこには、いつかどこかで見たことがあるような顔があって。
「何かお困りですか」
「ぁ……い、いえ……そういうわけでは」
そうだ、この顔は。
「それより……殿下がどうしてこのような場所に」
この国の王子ラルフレット。
「すみませんがそこには触れないでいていただけませんか」
「あ、は、はい。申し訳ございません」
一国の王子、貴い人だ。
それゆえその顔は様々なメディアで目にしたことがある。
「落とし物か何かを探していらっしゃったのかと思いましたが、そういうことではなかったようですね」
「はい……紛らわしくて申し訳ありませんでした」
「いえ、いいんです。困っていらっしゃったのでないのならそれで。ではわたしはこの辺りで失礼しま――」
刹那、建物と建物の隙間から刃物を持った男が飛び出してきた。
「危ない!!」
思わず叫んだ。
どうする?
どうすればいい?
考える間もなく、私は魔法を使っていた。
光の矢を放つ。
それらは男に突き刺さる。
男の身体はその場で崩れ落ちた。
対魔法使いの訓練を受けている刺客であれば回避したかもしれない、が、刃物男は素人だったようで回避しようとする動きすらできていなかった。
「魔法……使い」
ラルフレットは少し動揺したようにこちらを見ている。
「貴女は魔法使いだったのですね」
「……このような不快なものを、見せてしまい……申し訳ございません」
すると彼は「まさか!」と発して近づき手を握ってきた。
淡い青の瞳がすぐそこまで迫っている。
「すごいです! 本物の魔法!」
「え……」
「今のは本当に魔法なのですよね!?」
「は、はい」
「だとしたらすごい! もう、本当に、すごすぎる!」
魔法に感動し目を輝かせるラルフレットはまるで子どものようだった。
「あの! よかったら、ですけど! もし、ええと、その……よければ、一度、お話がしたいですっ!!」
「お話、とは」
「そもそも貴女はわたしを護ってくださいました! 命の恩人です! ですのでお礼がしたくて! それに、魔法についても……叶うなら聞いてみたいですし……不可能でしょうか!?」
王子と言ってもこういうところは普通の人なのだな、と思いつつ「私で良ければ」と返すと、彼は分かりやすく嬉しそうな顔をして「ありがとうございます! では、まず、お名前を教えてください」と言ってくる。それに対してこちらが「ガーネットと申します」と名乗れば「城へ来てくださいますか?」とさらに尋ねてきて、会話を終わらせる気は一切ないようだ。
「あの……言いづらいのですが、魔法使いは良く思われていません」
「どういう意味ですか」
「私が城へ行くとそこの皆さんを不快にしてしまうかもしれない、と……不安なのです」
「まさか! 魔法使い差別なんて城ではないですよ。むしろそういうことがまかり通っている地域がまだあるのですか? だとしたらあり得ない話です!」
はっきり言われて驚いた。
この国ではほぼすべての人が魔法を使える者を嫌っているものと思い込んでいたから。
……もしかしたら、王都では状況が違うのだろうか?
私は私のいる世界のことしか知らない。
それはあくまで狭い世界で。
もしかしたらこの国全域で同じことが起こっているわけではなかったのかもしれない、と、その時になって気づいた。
「私の周囲の人たちは魔法を使える私を嫌っていました」
「事実ですか!?」
「はい。近所の人たち、親族、両親、皆、私を良く思っていません」
「えええ……」
「一部寄り添ってくれる人もいました。でも、その人たちにも裏切られてしまいました。結局私の味方になってくれる人なんて誰もいなくて」
「これまでたくさん苦労されてきたのですね」
「――って、すみません! 面白みのない話を! 愚痴のようなことを言ってしまって! 申し訳ありませんでした、この話はもうやめます」




