12話「その後のあれこれ」
火はあの後すぐ消し止められた。
王城警備隊の消火能力はかなり高かったようだ。
それゆえ被害はそれほどなかった。
負傷者は数名程度、死者は出ず、と、奇跡的な結末だった。
――そして。
「う、うそ……でしょ……えええええーっ!!!?」
王妃を救い出した私に出た褒美のお金は凄まじい額だった。
はっきりとした数字はここでは言えないが、表現するなら、一生贅沢しても使いきれないくらいの金額――とても普通の女が一生のうちに稼げるような額ではない――それが私のもとへ飛び込んでくることとなった。
しかも、国から出る分と国王から出た分と王妃から出た分とラルフレットから出た分があったため、合計金額を見た瞬間は目玉が飛び出すかと思った。
衝撃で死亡、なんてことにならなくて、本当に良かった……。
幾つもの危機を乗り越え生き延びたのに褒美のお金の額に驚いて死んでいたらやっていられない。
「あの……ラルフレットさん、これ、本当にいただけるのですか?」
「そうです」
「あ、あの、えと、その……新手の詐欺、とか……ではない、ですよね?」
「違います」
「ゼロの数を間違えているということは……ない、でしょうか?」
「何度も確認しています」
そこまで聞いておいて。
「うそ……です、よね? これ……」
それでもまだそんな風にこぼしてしまう。
「冗談ですか?」
「違います」
つい何度も似たようなことを確認してしまう。
それほどに脳が崩壊している。
どうしても答えが答えとして頭に入ってこない。
「でもこれ、この額、とても一人の女が貰っていいようなものでは……」
「いいんですよ」
「あの……国家予算の票と間違えている、とか……ない、ですか?」
「ないです」
恐らく、今私は、非常に情けない顔をしてしまっていることだろう。
「額がおかしいです……」
「合っています。念のためここで確認しましょうか?」
「お願いします確認してくださいお願いです……」
「では見ますね――ええ、これで間違いありません、正しい額が記載されています」
暫し、沈黙。
「正しい額なんですか!?」
沈黙を先に破ったのは私。
「詐欺ですよね……?」
「違います」
「目の錯覚でゼロが増えて見えていませんか……?」
「そんなことはないですよ」
「でもなぜか不思議なくらいゼロが多いです……?」
「こういう金額です」
何度確認しても理解しきれない。
「もしかしたら右から四つはゼロでなくマルではないでしょうか……?」
「何ですかそれ」
「マルとゼロは違いますよね……?」
「話が逸れています」
「詐欺、とかじゃ……ない、感じですか……?」
「違いますって!」
「じゃあもしかしたらゼロが勝手に繁殖しているのではないですか……?」
「違います」
こんなことあり得るはずがない。
こんなのは何かの間違いだ。
そんな考えが執拗に脳内を満たしている。
「ゼロに餌を与えすぎですか……?」
「何の話をしてるんですか」
「でもゼロが多いんです、明らかに、不自然なので……これは、恐らく、どこかで何かが間違ったのだと思うのですが……?」
「合ってますって」
「いやでも変なんです……」
「そろそろ落ち着いてください」
目の前の現実を理解できないままでいると。
「ガーネットさん!」
はっきり名を呼ばれてしまった。
「今日は様子が変ですよ」
「そうですよね、私、変なんだと思います……だって、紙の上のゼロが異常に増殖して見えていますし……これって多分、私が変に……」
何だかくらくらしてきた。
「そうじゃないんです!」
「え……?」
「そういう変さじゃないんです!」
「……そう、ですか?」
「変なのは見えているゼロの数じゃないんです」
「では一体……」
するとラルフレットは呆れたように小さく溜め息をつく。
「でも、まぁ、あんなことの後ですからね……そんな感じになったとしても不自然ではないですね」
しかしそれは否定的な意味合いを持つ溜め息ではなかった。
「ガーネットさん、ひとまず休んでください」
「はい。ありがとうございます」
「色々あってお疲れでしょう、ゆっくりしてください。すべてはそれからでいいと思いますから。簡単ではないかもしれませんが、徐々に日常に戻っていきましょう」
多少呆れている様子はあったがラルフレットの声は最後まで温かかった。
その日は自室で静かに過ごした。
たまに係の人が運んできてくれる飲み物を飲みながら、穏やかな時間を尊さを噛み締める。
いろんなものを用意してもらったけれど、その中で特に美味しかったのは、午後に出してもらったコーンスープ。粒は入っていないタイプだったけれど、自然な甘さが印象的で、魅力溢れる味だった。かさついた心を癒してくれるような優しい美味しさがそこにはあった。
皆無事で良かったな、と、改めて思った。
ここには素敵な人がたくさんいる。だからこそ誰にも傷ついてほしくない。王族だからとか、王族以外だからとか、そういう話ではないのだ。ここにいるのは温かい人たち、だからこそ、こんなところで命を落とすなんてことにはなってほしくない。
「本でも、読もうかな」
こういう時何をすれば良いものか分からなくて、テーブルの脇に置かれている棚に揃っている小説を一冊取り出した。
あの後残念な報告があった。
火事の原因について。
何でもあれは一人の若いメイドが引き起こしたことだったようだ。
若いメイドはわざとやったわけではなかった。あくまで事故。しかし明らかに彼女のせいだった。
火のついた蝋燭を運んでいて途中でひっくり返してしまったのだ。
悪意はなかったがここまで大事になってしまった以上お咎めなしとはいかず、結局彼女はクビになってしまったそうだ。
まさか、いつだったかの、あのドジっ子メイドでは……。
ちなみに王妃のぎっくり腰は二日か三日くらいで落ち着いたらしい。




