10話「これからどうなっていくんだろう」
これまでラピスはわがまま放題で生きてきた。
父も母も自分の家臣のようなものだった。
望みはすべて叶う。
それも即座に。
自分が言いさえすれば父か母かが叶えてくれる、それが当たり前だった。
だから、両親からこんな風に言い返される時が来る可能性なんて、少しも考えてみたことがなかった。
「お父さまもお母さまも……わたくしのことが嫌いなのですわね」
言われて気づけたならまだ救いはあっただろう。
ついイライラして当たってしまっていたな、とか。
さすがに強く言いすぎてしまったな、とか。
人はいつからでも変われると言う。それはあながち間違いではないもので。自身の悪しき部分に気づいたならその時に直せばいい。悪かったなと反省し、改善するように努めれば、いつからでも変わることはできる。変わろうとする気持ちさえあれば。やる気があれば人は無敵だ。
だがラピスは己の非に気づけなかった。
「もういいですわ!!」
目の前の両親を鋭く睨み。
「わたくし理解してくれない人たちなんて、わたくしの人生には必要ありませんわ!!」
攻撃的な言葉を吐く。
「娘を愛せない親なんて出来損ないよ!!」
苦言を呈してきた両親に敵意を剥き出しにして。
「結局あんたたちもお姉さまと同じ! 出来損ないなんですわ! だから唯一まともなわたくしが理解されないんですの!」
そう吐き捨てて、飛び出していった。
「おい、待て――」
「あなた」
追いかけようとした父親を母親が制止する。
「今は何を言っても無意味だわ」
「だが……」
「甘やかしすぎだったのよ、今までが」
「しかし」
「これからは改めましょう」
思いの外冷静な母親を目にして父親は俯いた。
「ああ……」
「今後は言いなりにはならないようにしなくては」
「そうだな」
「これからは命令に従わないこと。今ここでそう決めましょう。でなくては、あの娘はもっと駄目になってしまう」
二人の間に静寂が訪れる。
「……言いなりにはならない」
「ええ、そうしましょう」
「……必要な時は厳しいことでも言う」
「そうね」
「……あの性格を修正するにはまずは親が心を入れ替えなくてはならない」
「そう思うわ」
だがその時既にラピスは亡くなっていた。
両親に腹を立て、家から飛び出した彼女は、不注意で走ってきていた馬車に突っ込んでしまったのだ。
速度を落とすつもりのない馬車と生身の人間が衝突すれば――どんな屈強な者だとしても、無事、とはいかないだろう。
ラピスの葬儀は静かに執り行われた。
わがまま放題で生きてきた彼女の最期は非常に呆気ないものだった。
ラピスの死後、体調を崩した父親は、風邪をこじらせてしまい肺を悪くして命を落とした。
亡くなる前、数日間、彼はたびたびラピスの幻を見ていた。それもまだ可愛かった幼き日のラピスを。彼以外に誰もそれを見た者はいなかったが、彼は確かに姿のないそれを見ている様子だった。誰もいない空間で誰かに喋りかけたり、手を握ろうとするかのように宙に手を伸ばしたり。
そして「ラピス、可愛い自慢の娘だ」と呟いたのを最後に沈黙した。
父親の死によって独りとなってしまった母親は、ガーネットが城にいるという噂を思い出し城へ向かった。そしてさも良い母親であるかのように振る舞い、悲劇のヒロイン的な言葉を並べ、自分も王城へ入れてもらおうと企んだ。
だがすべてを知っている王子ラルフレットに「貴女をここへ入れることはできません」と拒否されて。
生きる場所。
共に過ごす家族。
誰かとの温かな時間。
なにもかもを失った母親は死を選んだ。
◆
「私の家族は……もういなくなったのですね」
私が両親と妹の最期について聞いたのは三人が亡くなってからかなりの時間が過ぎた後だった。
「何とも言えない気持ちですが、徐々に整理したいと思います」
今は聞いたばかりなので心なしか動揺している。
ただそれでも可哀想と思うつもりはない。
彼らは私に温もりをくれなかった人たちだから。
「力になれることがあれば言ってください」
「……ラルフレットさんはお優しいですね」
「いえ、そのくらい当たり前のことですよ。なんたって、命の恩人、ですからね」
これでもう故郷へ戻る選択肢はなくなった。
父も母も妹もいなくなった以上、帰る場所はない。
……でもそれでいい。
生きている限り、前へ進むだけ。
私は私として生きていきたい。
できることをして。
やりたいことをやって。
魔法の才能だって叶うなら誰かの笑顔のために活かしたい。
「誰もいなくなった……」
ソファに座ったまま、そっと呟く。
「これからどうなっていくんだろう」




