1話「信じてきたもの」
「ガーネット、悪いが、君との婚約は破棄とすることにしたよ」
婚約者である彼が想定外の言葉を放った。
彼の隣には柔らかな茶色い髪の女性。
艶やかな唇に勝ち誇ったような笑みを薄く浮かべている。
「君はもう要らなくなったんだ。……さよなら」
◆
私ガーネットは、黒い髪と瞳、そして魔法を使う力を、生まれつき持っていた。
だがそれらはすべてこの国においては異端で。
それゆれ否定的な目で見られることも少なくなかった。
両親ですら、私を良くは思っていなくて。母はいつも「あんたみたいな不気味なの産まなきゃ良かった」とぼやいていたし、父はたびたび「妹は理想的で可憐な娘なのにお前はどうしてそんな出来損ないなんだ」と言ってきた。彼らが発する言葉を聞けばすぐに分かる、親でありながら私を愛してはいないのだということは。
ただ、そんな私にも、信じられる人はいて。
一人は同性の親友アミラ。
波打った茶色い髪を持つ彼女は明るい性格で不気味がられることの多い私にでも迷いなく接してくれる。
彼女とは学園時代に出会った。
それ以来ずっと親友。
彼女と過ごしている時、私は、他の誰の前にいる時よりも軽やかな気分でいられる。そして、何より、ありのままの私でいられる。彼女の前では自分というものを隠さなくていいと思える。
もう一人はハーバーグ。
アミラと比べるとそこまで近しい関係性ではないのだが、彼は私の婚約者だ。
周囲からはもちろん親からでさえ不気味とよく言われている私を拾い上げてくれたのは彼だった。
彼は私の容姿や魔法の才を否定しない。それどころか初対面の時に「そのままでいいと思う」と言ってくれた。それ以来、私は、彼のことをある程度信頼している。異端を受け入れる寛容さを持った彼となら、結婚しても、それなりに上手くやっていけるような気がして。彼と出会えたことで希望が生まれた。
二人だけは私を嫌わないでいてくれている。
だから私にとっては光だ。
生まれながらに持っていたものを否定しないでいてくれる、それだけのことでも、私にとっては非常に嬉しいことであり、感謝の対象となるのだ。
◆
「アミラ……どうして、貴女が」
今、目の前には、信じてきた二人が寄り添い合うようにして立っている。
ハーバーグが私との婚約を破棄すると言っている。そしてアミラと隣り合っている。二人並んで私を見てきている。
……それがどういうことかくらい私にだってすぐに分かる。
「ごめんね? ガーネット。でも仕方ないでしょ、好きになっちゃったんだから。ハーバーグさん、いい人だからさ、ちょっと喋ってたら好きになっちゃった」
アミラは軽く笑って言った。
「彼が私の婚約者だってことは知っていたでしょう……?」
「まーね。知ってはいたよ、知っては」
「なのに……なのに、こんなことをするの?」
「そりゃあ、できることならこんな風にはなりたくなかったけどさ。でも仕方ないじゃん、好きになっちゃったら。そういうのって止められるものじゃないし」
するとそこへ。
「ガーネット、彼女を責めるのはやめてくれ」
ハーバーグが口を挟んでくる。
「君は悪女だな、嫉妬で親友を傷つけようとするなど」
「そういう問題ではありません……!」
「いや、そういうことだろう。君は親友の幸せを願えないのか? 親友が幸せになろうとしているのだから温かく見守るべきだろう。親友とはそういうものではないか」
冷たく睨まれたことが悲しかった。
「君にはがっかりしたよ」
二人だけは味方だと信じてきたのに、結局、彼らも同じだったのか……。
誰も私の味方なんてしてはくれない。いざとなれば私ではないほうの味方になってしまう。そして私へ敵意を向ける。言葉や、態度や、目つきで。
「親友の幸せを願えないような悪女だったとは思わなかった」
「待ってください、これはそういう話では――」
「黙ってくれ!!」
「ッ……」
「悪女の言葉など聞きたくはない。耳が腐る。ガーネット、君はもうこれ以上何も言うな。何も話すな」
婚約者にも、親友にも、裏切られた。
どうすればいいのか分からない。
ただ絶望だけが胸の内に渦巻く。
「今後、俺と彼女に近づくことは禁ずる」
もう何も聞きたくない。
「少しでも近づいてみろ、痛い目に遭うからな」
もう何も聞こえない。
「アミラ、この後どうする?」
「うーん……ハーバーグの家行ってもいい?」
「もちろんいいよ」
「やったぁ!」
ハーバーグとアミラが何か喋っている。
やたらと仲が良さそうだ。
まるで私に見せつけているかのよう。
「これで親にも紹介できそうだ」
「してくれるの?」
「いずれするつもりだ。なんせ俺は本気だからな。君を離すことは絶対にない」
「んもー、あっつーい!」
「アミラとの出会いは奇跡。アミラへの愛は真実の愛。……よって、君からは絶対に手を離さない」
でも、もうどうでもいい……だって、私の道からは、希望の光は消えてしまったのだから。




