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元カノに浮気されて自殺を決意した俺だが、なぜか義理の姉に救われた件について。

作者: ミハリ

[短編] これは浮気の物語です……。さやかがあまりにも残酷で……私自身、これを書いている間、涙が止まりませんでした。

どうか、最後まで読んでいただければ幸いです。皆さんに気に入ってもらえることを願っています。

感想やレビューなども、ぜひよろしくお願いします……!

「雄一、正直言って……部活帰りのあんたの汗臭さ、吐き気がするのよね。それとさ、残飯みたいな味がするあんたの手作り弁当を、私が喜んで食べてるとでも本気で思ってたの?」

 その言葉は、この一年間「ハニー」と呼んできた三雪さやかの唇から放たれた。俺にとって最初で最後の、たった一人の彼女。

 俺たちは人影のない体育倉庫の裏に立っていた。沈みゆく太陽が、どんよりとしたオレンジ色で辺りを染め上げ、この張り詰めた空気を包み込んでいた。

 俺は呆然と立ち尽くした。空になった弁当箱……彼女が「お弁当を忘れた」と言ったから、今朝、愛を込めて作った弁当箱が、手から滑り落ちて地面に転がった。 「さやか……ど、どういう意味だよ……? 俺の料理、美味しいって言ってたじゃないか。味付けも最高だって、いつも言ってくれてたよな? 俺のお弁当、大好きだって……。さやか? 冗談、だろ……?」

「はあ?! あんたバカなの? 哀れに思ったから付き合ってあげてただけよ、このマヌケ!」 さやかは嘲笑を込めた甲高い声で笑った。そして、倉庫のドアの方に目を向ける。 「もう出てきていいですよ、龍二先輩。このゴミクズにはもう愛想が尽きました。こんな負け犬相手に『いい彼女』を演じるのも、もう限界なんですぅ、先輩ぃ~~♡」

 体育倉庫のドアが、鈍く耳障りな音を立てて開いた。  中から一人の男が姿を現す。神崎龍二。三年生でサッカー部の主将、そしてこの学園の理事長の息子だ。彼は制服のボタンを外し、首元に金のネックレスを覗かせながら、傲慢な足取りでこちらへ歩み寄ってきた。

「よお、雄一。この一年間、さやかを可愛がってくれてありがとな」  龍二はそう言うと、さやかの腰を強引に抱き寄せた。そして俺の目の前で、これ見よがしに彼女の太ももや胸を弄り始めた。

 俺の心を粉々に打ち砕いたのは、さやかの反応だった。彼女は避けるどころか……小さく喘ぎ、まるで事に及んでいる最中のような声を漏らしながら、全身を龍二先輩に預けたのだ。

「あっ……んぅ……っ♡ 龍二先輩、手がエッチ……先輩ぃ、私の胸、セクシーでしょ?」  さやかが、俺には一度も見せたことのない甘ったるい声で媚びる。 「でも先輩、こいつすっごく惨めでしょ? このゴミクズ、本当に笑えるわよね。あはは! こいつ、この安物の時計を私に買うために、三ヶ月もお小遣いを貯めてバイトまでしてたのよ?」


 さやかは手首を上げ、俺が夜遅くまでバイトをして手に入れた綺麗な腕時計を見せつけてきた。そして、わざとらしくゆっくりとした、憎しみに満ちた動作でそれを外し、俺の目の前に叩きつけた。

 パリンッ!

 時計のガラスが、無残に砕け散る……。

「こんな安物……ゴミみたいな時計のせいで肌が痒くなるのよ! 龍二先輩が来月の誕生日にロレックスを買ってくれるって約束してくれたわ」 さやかは言葉を続け、まるで靴にこびりついた虫ケラを見るような目で俺を見下ろした。 「いい、雄一。あんたとは別れるわ。二度とメッセージを送ってこないで! ああ、それにあんたが書いたラブレター? 全部、龍二先輩とデートする時の敷物にしてあげたわよ。ねえ知ってる、雄一? 私、もう龍二先輩と寝てるのよ。何度も何度も、先輩とセックスしてるんだから! あははは!」

 それを聞いて、俺は言葉を失った。ただ呆然と立ち尽くし、全身が震え、涙が溢れ出した。 「どうして……どうしてこの一年間だったんだよ、さやか?」 声が枯れ、抑えていた涙がとうとう決壊した。 「俺のことを愛してなかったなら、どうして最初から別れてくれなかったんだよ?!」


 龍二が一歩踏み出し、俺との距離を詰めた。彼は俺の胸ぐらを掴み上げ、俺の足先が地面から離れそうになるほど高く持ち上げた。鼻を突くような、きつい高級香水の香りが漂う。


「そりゃあ、面白かったからだよ、バカが」 龍二は俺の顔のすぐ前で囁いた。 「毎晩俺の下で喘いでる女のために、お前が犬みたいに必死に尽くしてる姿……最高の娯楽だったぜ! ああそうだ、知ってるか雄一。お前がさやかの額にキスするたびに、あいつ笑いを堪えるのが大変だったってよ。お前があまりにも純情で、マヌケに見えるからな」


 龍二はそのまま、俺の腹部に拳を叩き込んだ。

 ――ドゴォッ!

 肺から空気が無理やり搾り出される。俺はざらついたアスファルトの上に崩れ落ち、焼けるような熱さの残る腹を抱えて激しくむせ返った。

「行こうぜ、ハニー。負け犬の臭いがうつる」 龍二はそう言い捨てると、俺の背中に唾を吐きかけた。

 俺はただ、遠ざかっていく二人の高級な靴を見つめることしかできなかった。ひび割れた腕時計、ぶちまけられた弁当。そのすべて。この一年間の俺の人生は、ただの舞台裏で、俺はその舞台に立つピエロに過ぎなかったんだ。


 ⟢────────⟢


 正直、あそこでどれほど泣き続けていたのか分からない。立ち上がったとき、空はすでに暗い紫色へと変わっていた。意識が朦朧として、まるで魂が先に体から抜け落ちてしまったかのようだった。

 家には帰りたくなかった。この残酷な現実に向き合うなんて、到底無理だ。俺は校舎の階段を一階ずつ登り続け、ついに屋上へと続くドアに辿り着いた。

 普段は鍵が掛かっているはずのそのドアが、なぜか今日に限って開いていた。まるで運命が、すべてを終わらせろと俺を招いているかのように。

 四階建ての校舎の屋上、夜風が激しく吹き抜け、ボロボロになった俺の髪を掻き乱す。  俺はゆっくりとフェンスへと歩み寄った。眼下には、遠く暗い校庭が広がっている。

(もし俺が死んだら……もし命を絶ったら……あいつらは罪悪感を感じてくれるだろうか?)

 そんな考えが頭をよぎる。

 ……いや、あいつらはきっとまた俺を笑うだろう。『あの負け犬を見ろよ、振られたくらいで自殺なんて。本当にゴミクズみたいな奴だな』って。

 でも、もうどうでもいい。胸の痛みは、死への恐怖を遥かに超えていた。

 俺は靴を脱ぎ、制服のブレザーを置いた。冷たくてどこか美しく見える鉄柵を乗り越える。震える手だけで柵に掴まり、俺は縁の外側に立った。 「父さん、母さん……こんな出来損ないの息子でごめん……今まで迷惑ばかりかけてごめんなさい……姉さん……ごめんね。いつも怒らせてばかりで……みんな大好きだよ。愛してる……。さようなら」

 そっと手を離そうとしたその瞬間。 背後から、凍てつくほど冷たく、それでいて魂を震わせるような声が響いた。


「ちょっと! そこから落ちて死んだら、あんたの臓器は全部一番ボロい病院にドネーションさせて、名前も『安物の女のために死んだ大馬鹿野郎』って記録してやるから」

 俺は激しく動揺した。あまりの驚きに、掴んでいた手が外れそうになる。俺はゆっくりと背後を振り返った。

 そこには、青白い月光に照らされて一人の少女が立っていた。シルクのように輝く、長く美しい銀髪。整然と着こなされた制服、そして胸元の赤いリボンは、彼女が三年生であることを示していた。

 それは、椎名アリサ――いや、義理の姉であるアリサ姉さんだった。

 彼女はこの学園で圧倒的な人気を誇り、「銀色の女神」という二つ名まで持っている。二年前に親が再婚して以来、彼女は俺とほとんど口をきいたことがない。話すのは彼女が必要だと判断した重要な用件があるときだけ。家でも、彼女はいつも俺を視界の邪魔な埃でも見るような、冷ややかな目で見つめていた。

「ア……アリサ姉さん……? なんでここに……?」  泣きすぎたせいか、俺の声はひどく掠れていた。

 アリサ姉さんは一切答えなかった。彼女はゆっくりと歩み寄り、コンクリートの上で靴音を「コツ、コツ、コツ」と規則正しく響かせながら近づいてくる。そして、鉄柵一枚を隔てた俺の目の前で足を止めた。


「降りなさい、雄一!」

「い、嫌だ! 姉さんに俺の何がわかるんだよ! 姉さんはいつだって完璧で、みんなに愛されてる! 必死に尽くして、裏切られて、死にたくなるような気持ちなんて、姉さんにはわからないだろ!」

 俺は溜まっていたフラストレーションのすべてを彼女にぶつけるように叫んだ。

 アリサ姉さんのサファイア色の瞳が一瞬大きく見開かれ、そして細められた。 「わからない? あのさやかとかいう泥棒猫が、あんたに何をしたか私が知らないとでも思ってるの? 図書館の窓から全部見てたわよ。あんたが殴られ、辱められるところをね」

「だったら何だよ?! 姉さんにとっては滑稽な見世物だったんだろ?! こんな出来損ないの義理の弟が消えてなくなれば、姉さんだって清々するはずだろ?!」


 突如、アリサ姉さんが柵の間から手を伸ばしてきた。彼女は俺を引っ張り上げるのではなく、俺の胸ぐらを力いっぱい掴んだ。柵の隙間越しに、彼女の顔が間近に迫る。エレガントで落ち着くバラの香りが、俺の鼻腔を突いた。

「聞きなさい、雄一」  彼女が囁く。その声はもう冷たくはなく、抑えきれない怒りで震えていた。「私が今まで黙っていたのは、関心がなかったからじゃない。あの女がどれだけクズか、あんた自身に気づいてほしかったからよ! なのに、あんな女のために自殺しようなんて……」

 アリサ姉さんは、鉄柵越しに俺たちの額が触れ合うほど近くまで俺を引き寄せた。 「あんたを傷つけた奴ら全員、殺してやりたい気分よ。自分の命を粗末にする、あんた自身も含めてね」

「どうして……」

「あんたは、私のものだからよ!」  突然、彼女が叫んだ。顔を赤く染めたアリサ姉さんの目尻には、涙が浮かんでいた。 「血は繋がっていなくても、あんたの名前は私の家族の戸籍にあるのよ! 両親の前で抱きしめたいのを、二年間も必死に我慢してきたのに……それをアスファルトに投げ捨てるつもり?! そんなの、絶対に許さないんだから!」


 アリサ姉さんは全力を振り絞って、俺を柵の内側へと引き戻した。俺は屋上のコンクリートの上で、彼女の柔らかい体の上に倒れ込んだ。二人とも、肩で激しく息を切らしていた。

 彼女は俺を離そうとしなかった。それどころか、さらに強く俺を抱きしめ、俺の顔を彼女の首筋に埋めさせた。ドクドクと速く打つ彼女の鼓動が伝わってくる。

「アリサ姉さん……離して……もう嫌なんだ……俺はボロボロなんだよ……離してくれ……」

「黙って。喋らないで」彼女は静かに咽び泣いた。 「この瞬間から、あんたが他の女を見ることは許さない。神崎は私が叩き潰す。さやかはあんたの足元で這い蹲らせてやる。でもその代わり……あんたは完全に私のものになりなさい。二度と死ぬなんて考えないこと。じゃないと、どこにも行けないようにベッドの上で可愛がってあげるから」

 その言葉はまるでヤンデレで、独占欲にまみれていたが、これまで彼女が隠し続けてきた愛情に満ちていた。正直に言えば、俺は温かさを感じていた。胸の痛みは、いつの間にか奇妙な胸の高鳴りへと変わっていた。

「俺……もう死にたくないよ、アリサ姉さん」  俺は泣きながらそう呟き、彼女を抱きしめ返した。

 アリサ姉さんは少しだけ腕の力を緩めると、真っ赤な顔をして、まだ潤んだ瞳で俺を見つめた。

「いい子ね。さあ、帰るわよ。あんたのお腹の傷の手当てをしなきゃ。それと、今夜は自分の部屋で寝ようなんて思わないこと。どこかの橋にでも逃げ出さないように、私の隣で寝かせるから」

 アリサ姉さんとの温かい抱擁の後、俺は気づいた。さやかに裏切られたことは、人生の終わりではなかったんだ。  これは、もっと素晴らしい新しい人生の始まり……なのだろうか? 少なくとも今の俺には、そう思えた。


【完結】二人のクズに相応しい報いを!


 その夜、アリサ姉さんは薔薇の香りが漂い、医療器具が所狭しと並ぶ自分の部屋へと俺を連れ込んだ。姉さんは、俺が自分から目を逸らすことさえ許さない。

「服を脱ぎなさい」救急箱を準備しながら、彼女は静かに、だが拒絶を許さない声で命じた。

「え?でも、姉さん……」

「脱いで。それとも、私が引きちぎってあげましょうか?」サファイア色の瞳が、独占欲に満ちた鋭い光を放つ。


 俺は指示に従った。アリサ姉さんは、龍二先輩に殴られた俺の腹のあざを、驚くほど優しく、丁寧に手当てしていく。

 彼女の冷たい指先が肌に触れるたび、俺の鼓動は激しく跳ねた。しかし、その傷跡を見つめる姉さんの表情は、冷酷そのものだった。

「龍二……あの薄汚いゴミクズが。私の『大切な宝物』に汚い手で触れるなんて……」アリサ姉さんは低く、地をうような声で囁いた。「それにあの女……三雪さやか。一年間もあんたを利用しておいて、ポイ捨てできると思ってるのかしら?」

 姉さんは立ち上がると、机の引き出しから一枚のブラックカードを取り出し、死を予感させるほど美しく、残酷な笑みを俺に向けた。

「悠一くん、明日の朝は学校に行かなくていいわ。お父様には私から話を通しておいたから。これからあんたを完璧に『改造』してあげる。世界中に見せつけてあげるわ。本当の『悠一』が誰なのかをね」


【三日後、月曜日。聖体せいたい高校】


 校門前は登校する生徒たちで賑わっていた。その人混みの中で、三雪さやかは神崎龍二の腕に甘えるように絡みつき、これ見よがしに高笑いしていた。二人はわざと入り口の近くに陣取り、自分たちの親密さを世界中に見せつけるかのように振る舞っていた。


「えっ、見て! あの車、誰の?」一人の生徒が叫んだ。


 漆黒に輝く最高級セダン、マイバッハが、校門の真正面に静かに停車した。その場にいた全生徒の視線が、釘付けになる。

 後部座席のドアが開き、アリサ姉さんが姿を現した。太陽の光を反射して眩いほどに輝く銀髪が、周囲の目を眩ませる。その姿は、まさに女神の降臨そのものだった。

 だが、全員が息を呑んだのは、姉さんがくるりと振り返り、車内へ向かって優雅に手を差し伸べた瞬間だった。

 俺はその手を取り、ゆっくりと車から降り立った。身にまとうのは、完璧に仕立て直された特注の制服。髪はエレガントなシャギースタイルに整えられ、シャープなあごのラインを際立たせている。かつて俺の顔を覆い隠していた、あの野暮ったい分厚い眼鏡はもうない。露わになったのは、澄み渡った、自信に満ちた瞳だ。


「ゆ……悠一!?」三雪さやかが、目玉が飛び出しそうなほどの驚愕に顔を歪ませて叫んだ。「嘘でしょ……あの負け犬が、あいつなわけ……っ」

 俺は彼女の方を一瞥いちべつだにしなかった。 代わりに、アリサ姉さんが俺の腕に自分の腕をぎゅっと絡め、周囲にその親密さをこれ見よがしに誇示こじした。

「行きましょう、悠一くん。道端に落ちているゴミに、私たちの景色を邪魔させないで」

 アリサ姉さんは、わざと周囲に響き渡るようなりんとした声で言い放った。  俺たちは呆然ぼうぜんと立ち尽くすさやかと龍二の横を、悠然と通り過ぎる。プライドをズタズタにされた龍二が、堪らず怒鳴り声を上げた。「おい、こらゴミクズ!止まれ!誰の許可を得てアリサ先輩の隣を歩いてやがる!」


 龍二先輩は乱暴に俺の肩を掴もうと手を伸ばした。だが、その手が届くより早く、アリサ姉さんが電光石火の速さで振り返る。パシッ、と乾いた音が響いた。姉さんは龍二先輩の手を無造作に振り払い、射抜くような冷徹な視線を浴びせた。そのあまりの冷たさに、龍二先輩は蛇に睨まれたかえるのように、その場で凍りついた。

「その汚い手で彼に触れないでくれるかしら、神崎くん」アリサ姉さんは、いだ海のように静かな、それでいて底知れぬ怒りをはらんだ声で告げた。「ああ、ちょうどいいわ。せっかく皆が集まっているんですもの。……一つ、面白い発表があるのよ」


『……悠一、マジでそんなことしたの?本当に惨めな男……。あいつの金と課題をやらせるためだけに利用してただけよ、あはは!……龍二先輩、ロレックス買ってくれるって約束してくれたんだもん。ねえ知ってる?私、もう何度も龍二先輩とエッチしてるのよ!あははは!』


 さやかの声が校内中に響き渡り、生徒たちの間には嫌悪に満ちたどよめきが広がった。だが、アリサ姉さんの追撃はこれだけでは終わらない。

 校門のデジタル掲示板に、さやかがホテルで見知らぬ中年男性たちと密会している写真が次々と映し出されたのだ。

「い、嫌っ!消して!私じゃない!それは加工よ、捏造よ!!」さやかは狂ったように絶叫した。顔を覆い、その場から逃げ出そうとするが、激しく震える足がもつれて無様に地面に崩れ落ちる。

 周囲の生徒たちからは、容赦のない罵声が浴びせられた。「うわ、パパ活かよ……」「最低」「ビッチじゃん、汚らわしい!」さやかは自らの髪をかきむしりながら、人目をはばからず泣き喚いた。

「あはは!まだ終わりじゃないわよ?」アリサ姉さんは楽しそうに笑い、凍りついている龍二先輩を冷たく見据えた。「神崎くん。……今、お父様から電話があったんじゃないかしら?」


 その時、タイミングを計ったかのように龍二先輩のスマホが鳴り響いた。  彼がおそるおそる電話に出ると、受話器越しに父親の狂乱した怒号が辺りまで漏れ聞こえてきた。『龍二ッ!もう終わりだ、うちは破滅だ!お前の不祥事のせいで投資家が全員手を引いた!それだけじゃない、お前のロッカーから薬物が見つかったと警察が学校に向かってるんだぞ!この大馬鹿者が!なんて恥さらしな息子だッ!!』

 龍二先輩の顔は、一瞬で赤から土気色どきいろへと変わった。 「や、薬物……? 俺はそんなの、知らな――」

「おほほ!ごめんなさいね、龍二くん。……それ、私が仕込んでおいたのよ?」アリサ姉さんは悪魔のような微笑みを浮かべ、龍二先輩の耳元で残酷に囁いた。

「あんたの家族は、今日から永遠に地べたを這いずり回って腐っていくのよ」


 ほどなくして、パトカーのサイレンが校門に鳴り響き、本物の警察官たちが姿を現した。彼らは全生徒が見守る前で、龍二先輩の腕に冷たい手錠をかけた。龍二先輩はさっきまでの傲慢さが嘘のように、子供のように声を上げて泣きじゃくり、連行される間もみっともなく許しを請い続けた。サッカー部主将としてのプライドは、見るも無残に粉々に砕け散り、ちりとなった。

 龍二先輩が引きずられていく光景を目の当たりにしたさやかは、絶望に顔を歪ませ、アスファルトの上を這いずりながら俺の足元へと擦り寄ってきた。完璧だったはずのメイクは涙でドロドロに崩れ、頬には地面の砂埃が混じっている。その姿は、あまりにも惨めで、醜かった。


「ゆ、悠一くん……た、助けて!私は龍二先輩に利用されてただけなの!本当よ!私、まだ貴方のことが好きなの……っ!お、お願い、アリサ先輩にあの写真を消すように言って!悠一くん……お願い……っ!」

 さやかは俺の足にしがみつき、声が枯れるまで狂ったように泣き喚いた。俺は、人生で最も冷ややかな視線で彼女を見下ろした。「さやか……君は俺のことを『吐き気がする』って言ったよね? 今の自分を見てみなよ。君は今、俺の靴の裏にこびりついた汚れよりも、ずっと不潔で、価値がないよ」

 そこへアリサ姉さんが一歩踏み出し、俺の足に触れていたさやかの手を乱暴に蹴り払った。「私のものに触るな、泥棒猫!このゴミクズが。反吐が出るわ」


 アリサ姉さんは、絶望の淵に沈むさやかの前にゆっくりとひざまずいた。そして、恐怖に震える彼女の耳元で、甘く、冷酷な死の宣告をささやいた。「もし明日までにこの街から消えなければ、あんたの写真をネット中にバラまいて、両親も職を失うようにしてあげるわ。……ねえ、どっちがいいかしら、さやかちゃん?あはは!

 さやかは目を見開き、あまりの恐怖に息をすることさえ忘れたように凍りついた。  次の瞬間、彼女は天を仰いで狂ったように絶叫し、精神的な限界を超えてそのままアスファルトの上に崩れ落ち、意識を失った。


 ⟢────────⟢


 その徹底的な破滅を見届けた後、アリサ姉さんは俺を屋上へと連れて行った。あの日、俺が身を投げようとした、あの場所だ。

「それで、満足かしら、悠一くん?」姉さんは俺の肩に頭を預けながら、愛おしそうに問いかけた。

「……姉さんがあそこまでやるなんて思わなかった。二人とも、本当に壊れちゃったね」

「言ったでしょう? あんたは私のものよ、悠一くん。私の宝物を壊そうとする奴は、根こそぎ叩き潰すわ」

 アリサ姉さんは俺の体を自分の方へと向けさせた。サファイア色の瞳はもう冷たくはなく、狂おしいほどの情熱と、独占欲という名の炎が燃え上がっている。彼女は俺の首に腕を回し、逃がさないようにロックした。

「これで邪魔者は消えたわ。もう私を置いて行ったりしないわよね?……約束したわよね、悠一くん?ちゃんと、覚えてるわよね?」

「ああ……約束するよ。俺はどこにも行かない。アリサ」


 いつも通りの「姉さん」という呼び方を捨て、呼び捨てにした俺の言葉を聞いた瞬間、アリサ姉さんの顔は火がついたように真っ赤に染まった。

 姉さんは即座に、むさぼるような深い口づけで俺の唇を塞いだ。折れてしまいそうなほど強く抱きしめられ、その勢いのまま、俺たちは屋上の床へと倒れ込んだ。  アリサ姉さんは俺の上に重なったまま、決して腕を離そうとはせず、狂おしいほど深いキスを何度も、何度も繰り返した。

 かつて、世界は俺に絶望するほど残酷だった。けれど今ならわかる。義理の姉の冷徹な仮面の裏側には、これほどまでに巨大で――そして、少しばかり狂った愛が隠されていたんだ。

 俺は、愛されている。アリサ姉さんに、そして俺はついに、あの二人のクズが相応ふさわしい報いを受ける光景を見届けることができた。

 人生って、案外楽しいものなんだな。

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