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早苗が綺麗な長い黒髪をばっさりと思いっきり切ったのは、それからすぐのことだった。
夏秋くんのお家にやってきた、そんな耳が出るくらいに短い髪の早苗を見て、千鶴はとっても驚いた。(本当に口をぽかんと開けて驚いた)
「なにかあったの、早苗」
五つ子の子犬と遊んでいたボールを落として、目を丸くしている千鶴は言った。
「うん。ちょっとね。好きな人にふられちゃた」
とにっこりと笑って早苗は言った。
その早苗の言葉を聞いて、千鶴はまた驚いた。それから千鶴はとっても悲しそうな顔をした。
「それって、……」
「うん。夏秋くんのことだよ」
一度だけ、夏秋くんの部屋のほうを見てから、視線を戻して、まっすぐに千鶴の目を見て、早苗は言う。
千鶴はなにも言えなくなって、黙ってしまった。
そんな千鶴を見て、くすっと笑うと、それから、べーと、赤い舌を出してから、早苗はとっても明るい顔でまた千鶴を見て笑った。
「千鶴」
「……、うん。なに?」
千鶴は言った。
「私、まだ負けたわけじゃないからね。それにね、夏秋くんのことを諦めた訳でもない」
と笑いながら早苗は言った。
「千鶴。私たちは友達だからね」
と千鶴を見ながら早苗は言った。
千鶴はなんて言っていいのかわからなくて、なにかを言おうとして、言えなくて、ただ黙っていた。
「ねえ、五つ子ちゃんと遊んでもいい?」
そんな千鶴に、千鶴の足元でずっと騒いでいる五つ子の子犬を見て、早苗は言った。
「うん。大丈夫だよ」
とようやく声を出して千鶴は言った。
遊んでくれることがわかって、早く一緒に遊んでほしくて、今度は早苗の足元で騒いでいる五つ子の子犬を見て、ゆっくりとその場所にしゃがむと早苗は「よしよし。いい子だね」と五つ子の子犬たちの頭を撫でながら言った。
「ほら、なにしているの? 千鶴も一緒に遊ぼうよ」
ぼんやりとしている千鶴に、早苗がいう。
「……、え、あ、う、うん。わかった」
そう言って、早苗の隣にしゃがみ込んで千鶴は子犬たちの頭を撫でる。
でも、それから、ゆっくりと千鶴はだんだんと笑顔から泣き顔になって、泣き始めてしまった。
「ほら。泣かないで。千鶴。よしよし」
そんな千鶴を見て、早苗はそう言って、千鶴の頭を優しく撫でてくれた。
でも、そう言いながらも、それからすぐに泣き顔になった早苗は千鶴と一緒にわんわんと泣き始めてしまった。(きっと、ずっと、我慢をしていたのだと思う)
それからいっぱい泣いたあとで、泣き止んだ二人は、笑顔になって、いつもの二人の関係に戻ることができた。
「仲直りできたんだ。よかったね」
「よかった。よかった」
「それにしても夏秋くんはひどいよね」
「そうだよ。少しくらいなにかばちでも当たればいいよね」
「女の子を二人も、泣かせているんだからね」
「当然だよね」
とそんなことを五つ子の子犬たちはわんわんと言いながら、おしゃべりしていた。