94 メンテナンス予想外
日頃のメンテナンスは重要だと、あれほど言い聞かせたのですが。
何故か持ち主よりも詳しい賢者様により、私の魔法住居……もとい、「霊廟」に設置されているメディカルポッドは人形であれば如何なる形式でも使用可能、とお墨付きを頂いた。
その結果、カーラがもの凄くキラキラとした目でメンテナンスポッドを眺めている。
よほどメンテナンスしたかったのだろう。
あと、私の霊廟と言うと、なんだか違う意味に聞こえてしまうのは気の所為だろうか。
うちのメンバーも放り込みたいところでは有るのだが、まずは賢者様の願いを聞き入れようと言うことで、キャロルからメンテナンスポット入りすることになった。
無いとは思うが、うちの連中に妙な不具合が発生しても困るし。
そう言えば、私は何故かメディカルポッドと呼ぶことがあるが、正しくはメンテナンスポッドな気がする。
まあ、その時の気分で良いだろう、今のところ誰にも突っ込まれても居ないのだし。
「使い方はどうなってるの?」
ポッドに片足を突っ込んでから、思い出したようにキャロルが私の方を見る。
メンテナンスポッドを使用するのに当たって、キャロルは衣服を全て脱ぎ去っている。
なので、当然賢者様には事前にご退出頂いた。
男性と言うことで追い出された賢者様は口を閉ざしていたし、他の誰も突っ込まないのでしれっと残っているが、私は「中身」を知られたら追い出されるで済むのだろうか。
と言うか、人形のクセに羞恥心とか、キャロルは良く出来ていると評すべきだろうか。
身体の起伏は乏しいのに。
私はバレたら色々な意味で抹殺されそうな絶念を追い出し、真面目くさって答える。
「基本的に、単身で使用できる様になっています。所定の位置に横になれば、視界に操作パネルが出てくる筈ですよ」
普通に考えれば曖昧な上に意味不明な説明であるのだが、説明通りの事象が発生するのだから仕方がない。
魔法技術というモノの説明は私には難しいので、起きる現象をそのまま説明するしか無いのだ。
操作パネル自体は理解り易いのだが、急に視界に現れるので初回は混乱したものだ。
魔法技術に慣れていないのだから仕方がない。
私の説明に従ってポッドに横たわったキャロルは、あっという間にポッド内に満たされた魔法水――私には正体不明――に呑まれ水没する。
外からは見えないが、後はキャロルが操作盤を操り、作業が始まればポッドの上に作業時間が表示される。
カウントダウン方式のそれは、作業の内容によって変化する。
私が3~4年前に使った際には5分程度だったのだが、あちこちにガタが来ているというキャロルは果たしてどれほど時間が掛かるのか。
浮かび上がったのは、2523秒の数字。
ん? 多いし、なんだか妙な端数が。
えーと、40分と……ああ、42分3秒か。
色々と半端なのだが、それにしても意外と時間が掛かる。
「すっ、素晴らしいなこれは! 必要な資材は、何処に有るのだ?」
食い入るようにポッドと、そこに沈んでいる裸身のキャロルを覗き込んでいるカーラは、一歩間違えばただの変態だ。
「落ち着きなさい。資材は、玄関ホールにある貯蔵庫と、キッチンの備蓄庫から使用されます」
答えながら、ふと、脳裏に嫌な予感が掠める。
トアズで購入した魔法銀だが、もしかしてアレも使用されてしまうのでは?
吝嗇な思考だと自分でも思うが、支払った対価を思えば無駄に使いたくないと考えてしまうのはどうしようもない。
かと言って今更緊急停止したらどんな不具合が発生するか判らないし、快く使用許可を出した手前、やっぱり駄目ですとは言い難い。
せめて全部使うとか、そういう事にならないよう祈るしか無い。
私は各々に椅子を勧め、それぞれが好きに座るのを視界に収めてから、最後に腰を下ろす。
キャロルとエマのお子様体型コンビはともかく、アリスとカーラの凹凸はっきりナイス体型組のメンテナンスの様子を見られるのは役得と言って良いだろう。
普段振り回されているのだし、たまの役得程度、享受しても構うまい。
気の早いカーラが上着を脱いだのを横目にしてしまった私は、それまでの浮ついた気持ちが急に冷えていくのを自覚した。
……そうだ、コイツは外骨格式の人形だった……。
途中で待つのに飽きたエマと、それを宥める私とアリス、カーラが、気付けば雑談に興じ、そんな雑談の中で賢者を待たせていることを思い出した我々。
取り敢えずキャロルのメンテナンスを終わらせたら戻り、自分達は空いた時間でめいめい勝手に使用すると言うことで落ち着き、私とカーラは別々の理由で落胆した。
作業が完了したキャロルの裸を見ても、あと5年必要と思ってみたり、いや、そもそも外見的な成長という現象が無いのだったと寂しく思ったり、我ながら忙しない胸中である。
「キャロル。念の為、ステータスの確認を行いたいのですが、宜しいですか?」
「え? ああ、良いわよ? 鑑定を使うのね?」
着替えるキャロルに声を掛けると、簡単に返事が返ってくる。
思い切りが良いと言うか、ある意味で心を開くのが早いと感心するべきか。
性急にも見えなくない有様は、なるほど、エマと姉妹なのだなと思い知らされる。
私の姉でもある訳だが。
色々な残念さを飲み込んで集中力を高めれば、脳裏に浮かぶキャロルのステータス群。
軽い気持ちで覗き込んだそれに、私は当然のように言葉を失う。
レベル873。
Za205t3、「骸裂」キャロル。
エマ同様レベルが高いのだろうとは思っていたのだが、先代を超えてしまっているとは思いもしなかった。
「ウソ……レベル上がってるんだけど……?」
驚く私の耳に、キャロルの呆然とした声が滑り込んでくる。
「えぇ? キャロルちゃん、強くなったのぉ?」
興味津々な戦闘狂が問い掛ければ、キャロルが困惑顔でエマを見返す。
どことなく嬉しそうな理由に見当がついて、溜息を吐き散らしたい気分だ。
「だって私、642だったのに。なんでこんな……って言うか、この型番何?」
狼狽声に注意を導かれれば、確かに、型番表記がおかしい。
鑑定を重ねるのは凄く疲れるのだが、気になる物を放置するのも落ち着かない。
型番を詳細に鑑定してみれば、その理由が判明した。
キャロルが、3シリーズ仕様のフレームになっている。
呆然とした私は、キャロルの疑問に答える気力も無く、ただメンテナンスポッドを眺める。
キャロルが浸かっていた魔法水は既に排出されてしまっていた。
メンテナンスポッドがそういう仕様だったのか、賢者の仕業か、それとも事故か。
確認出来そうな人物が室外で暇を持て余している。
私はキャロルの着替えを急かし腕を引いて、慌てて賢者様に報告と確認を行おうとする。
その背後で、私の予想もしなかった事態に期待を膨らませる者たちが居ることなど、気にする余裕も無かった。
そもそも元は誰の身体だったのか、よく考えて(以下略