93 真相
そう言えば、持ち主は定期的なメンテナンスを怠っていますね。
賢者様レベル5000に呼び寄せられたらしいと聞いて、散々ビビり散らかした挙げ句、目的を聞いてみたらメンテナンスポッドを使わせて欲しいという。
わざわざ勿体ぶる必要はあったのか。
疑問だけが重なる。
「なんで私がメンテナンスポッドを保有していると知っているのか……聞いても理解出来ないのでしょうね」
私の唇から溢れる言葉には、疲労と呆れと諦めが程良く混ざる。
言葉遊びで適当に誂うには相手が悪すぎるし、だからといって気を使うには迫力が無さ過ぎる。
時々放つ「踏み込むなオーラ」はシャレにならない圧を放っているが、何処でそのトラップを踏んでしまうかと考えるのも疲れてくる。
結果、私は上辺の丁寧な対応という奴を放棄したのだ。
きっと、失礼過ぎなければ、謝れば許してくれるだろう。
「まあ、君の持ち運んでいる『霊廟』を作った際の記憶と言うか、記録を見させて貰ってね」
そんな疲れ切った私に返ってきたのは、意味が行方不明な言動だった。
記憶とか記録とかは、地脈がどうのというアレだろう。
私は実感も出来ないし、説明を聞いてもピンと来るものも無かったが、賢者様が言うのだからきっとそういう物なのだろう。
それは理解したというより、そういうものだと受け入れた。
理解らないのは、私が「霊廟」を持ち歩いている、と言っている事だ。
私は故人の墓など持ち歩いてはいないし、そもそも持ち運べるものでもないだろう。
「あの……賢者様、その……大丈夫ですか?」
さしもの私も、なんと声を掛けたものか迷う。
きっと……森の奥で人と触れ合わず、人形相手に生活して居たのだから……色々と大変なのだろう、色々と。
「また君は、失礼な事を考えるねえ。アレだよ、君達が寝泊まりしている。君は魔法住居だと思い込んでいるアレ」
そんな私に呆れ気味に眉を八の字にして、賢者様は肩まで竦めて溜息を漏らす。
割りとその態度は私が取るべき物なのだが。
……いや待て。
今、この男はなんと言った?
エマとアリス、意識を取り戻したカーラの視線が、私に集まる。
「……やっぱりコテージなんかじゃ無かったじゃないか」
「規模がおかしいと思ったのだ、規模が。大き過ぎるだろう、なんで持っている本人が知らないんだ」
揃って非難の様相である。
「私だって少しばかり広すぎるとは思っていましたが、そもそも詳しい説明が無かったのですよ」
うんざり顔で答える私だが、脳裏には懐かしい記憶が浮かんでいた。
先代に色々と手解きを受けていた、まだまともに身体を動かすことも出来なかったあの日々。
学習と鍛錬と瞑想の合間に、先代から聞かされた物語。
先代は、「霊廟」を作る為に造られた。
私は、静かに視線を動かす。
「――つまり。私のもっている魔法住居は、そもそも居住するための物ではなかったのですね」
「いや、居住空間であることは間違いないよ。だけど、それだけではなかった。それだけの事さ」
受け止めた男は、柔らかに言葉を紡ぐ。
「たったひとりへの復讐を誓い、果たせなかった男の。燻った恨みが生み出した人形達の帰る場所として用意された、彼が眠る墓所」
急に、魔法鞄のひとつがひんやりと冷気を放った気がした。
先代が作った霊廟と言うのは。
あの、石造りの冷たく寂しい場所の事では――無かったのか。
いや、そもそもそんな薄気味の悪い所でキャッキャしていたのか、私達は。
「そこには、彼の叡智が収められているのさ。メンテナンスポッドも、そのひとつでね。うちのキャロルも元気に動けてはいるけど、内部骨格のあちこちにガタが来てて困っていたんだ。僕は人形師ではないし、回復そのものはどうにかなるけど、その先は……ね」
混乱と気色悪さに落ち込む私に構わず、フシキ氏は言葉を続けていく。
彼なりの配慮なのかは不明だが、触れずに居てくれるのは有り難い。
「私は、あの設備は3シリーズ専用なのかと思っていました。2シリーズでも使用出来るのですか?」
有り難く賢者様の言葉に乗っかって、なんだか意味深な気のする発言を受け流しつつ、私はついでに疑問を放つ。
エマの内部骨格もやはり故障が出ているので、使えるのならば……いや、今以上に元気になるのか。
もう少し慎重に考えよう。
「人形なら使えるよ。マスター・ザガンは優秀で、そして勤勉だったのさ」
よく判るような理解らないことを言って、賢者は笑う。
つまり、人形であれば何でも直せてしまうという理解で良いのだろうか。
私が考えると頷いて見せる賢者の様子を見て、やはり頭の中を見ていると再確認し、嫌がらせに半眼で溜息を吐き散らして見せる。
「そういう事であれば、私の仲間たちもこの際入って貰った方が良いでしょうね。話を聞いていたら戻るのが嫌になりましたが、取り敢えず」
案の定微動だにしない賢者にがっかりしながら、私は立ち上がって振り返る。
茶を楽しむ為の室内に、妙なスペースを開けてあるなと思っていたが……。
そこに、扉を出せと言うことなのだろう。
悪戯心が湧かない事もないが、私は自制の出来る人形である。
「メンテナンスルームへ、向かうとしましょう」
私たち内骨格式の人形と、カーラのような特に予算を掛けられた(であろう)人形は、基本的に自己回復機能は有る。
だが、それも完全では無い。
見た目は修復されていても、フレームの破損は修復時にズレが生じることがまま有る。
ヒトの骨折の回復と似たようなものだ。
カーラのような大部分が外骨格式だとそれは歪みとして目立つだろうが、内骨格式だと外見上目立たないことが多い。
それ故に不具合を軽視し放置してしまうと、周囲のフレームに余計な負荷が掛かり、不具合が拡大してしまう。
最悪は、身動き出来なくなるレベルにまで。
だから、日頃のメディカルチェックと定期的なメンテナンスは重要なのだ。
私はすっかりと忘れていたが。
日頃の自身のズボラさ加減を思い起こしてしまった私だが、意味もなく咳払いして気を取り直す。
そうして、室内の指定されていると思しき場所に、白く磨かれた、見慣れた胡散臭いドアを現出させるのだった。
「ここが、お父さまの……」
魔法住居……もとい、『霊廟』へと足を踏み入れたキャロルは、感慨深げに広い、ただただ広いロビーを見回す。
私には無い、製作者との思い出を探しているのかも知れないが、ここにそれは有るのだろうか。
「知っていることと、見ることとはやはり違うねえ。各層が恐ろしく広い」
同じようにロビーを見渡していたフシキ氏が、ポツリと呟いた。
感慨深げに何かまたとんでもない事を言った気がしたが、敢えて聞かなかったことにして、私は先頭に立って歩きだす。
まるでこの魔法空間が多層構造で有るかのような発言は、私の耳には届いていないのだ。
私たちがたまに屯する談話室を過ぎ、気がつけばいつも誰かが居座っている食堂を越え、それぞれの私室として使っている部屋の間を抜け、廊下を突き進む。
幾つかの部屋が廊下で区切られ、ブロック構造のような屋内を暫く歩けば、私がよく引き籠もる修練室へと辿り着く。
目的地は、その向かい。
「……こんなに広いのに、よく迷わないわね」
「慣れと、必要なブロックにしか足を運びませんので」
想像していたよりも広かったのだろう。
キャロルの呆れた声を背中で受け止め、私は当然のように答える。
本当は邸内マップが私の「記憶」に有り、必要な設備の場所とルートを覚えているだけだ。
その他はちゃんと見ていないから覚えていないのだが、素直に告げる必要もあるまい。
私は他の部屋と変わりのない、特に飾り気もないドアを引く。
室内に入り皆を招き入れ、そして告げる。
「アレがそうです」
簡にして素。
言葉など、伝わればそれで良いのだ。
居並ぶ面々を見渡し、何故か目を輝かせるカーラが少し気になったが、私は目的の物を指し示すのだった。
カーラならずとも、気になるものではあるでしょう。それはそれとして、ご案内と説明はきちんとしなさい。