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91 質疑の時間

世の中、信じられる話とそうではない話が有ります。

 自分で道を選んでいた筈なのに、その実誘い込まれていた。

 特殊な状況に見えて案外良く有ることではある。


 が、だからといって気分が良いかと言えばそんな訳はない。


 私は東への……聖教国への接近を嫌い、北上してから西を目指した。

 それまでのルートを思い起こせば最初から北西へ移動していたきらいは有るが、大筋では自分の意志での旅路だった。

 何かに誘導された訳でもなければ、誰かに指示された訳でもない。 


 途中で合流したエマは、そもそも行き先にそれほど頓着していない。


 ……一度は納得しかけたが、よく考えればどうやって私たちを誘導し、ここへと導いたというのか。

 そもそも、北を目指していた私が南下しアルバレインを目指したのも気紛れで、もっと言うならトアズでのゴタゴタを経験してなんだか機嫌が悪くなった私が、妙な具合につむじを曲げてしまったから、の筈だ。


 森の中だと言うのに、室内には陽光が柔らかに差し込んでいる。

 この屋敷の主は、そんな情景によく似合う朗らかな笑顔で、のんびりと茶菓子などを食している。


 そう言えば、クッキーなど見たのは数週間ぶりだ。


「……貴方が……呼び寄せた、と? それはどう言う……?」


 私の口から漏れる言葉は揺れる。

 賢者様の胡散臭さと、詐術としか思えないのに嘘だと言い捨てる事が出来ない凄み。


 私は、この男に、呑まれている。


「そうだね、掻い摘んで説明するのは構わないけれど……その前に、僕のステータスを見てみるかい?」


 どんな言葉が飛び出すのか、知らず身構える私の耳に飛び込むのは思いも掛けない、それは提案だった。

 鑑定にしろ、私の詳細探査にしろ、相手とのレベル差が有りすぎては使えない。

 だが、相手に開示する意思があるならば、話は変わる。

 今まで何度も試して弾かれたのだから、確かに気になる。


 気にはなるが、今、それをさせる意図はなんだ?


「そうすれば、この先の説明もスムーズだと思うからね」


 私の疑心に応えるように、優男は眼鏡の奥から細い目を向けてくる。

 その内心は測れない。

「潰されなきゃ良いけど」

 尚も悩む私の耳は、そんな声を拾い上げる。

 発したのは賢者の同居人形、キャロルだ。

 目を閉じ、変わらず澄まし顔で茶を啜る彼女だが、今の声には物憂げな色が浮いていたように思う。


 どう言う意味、なのだろうか。


「大げさだなあ、僕のステータスなんか見たところで、そんな事にはならないよ」


 そんなキャロルを、賢者は笑いながら頭を撫でる。


 私のレベルはなんだかんだで586。

 エマは666、アリスは583になっていたか。

 カーラは168。


 カーラはともかく、私どころかエマでさえ看破出来ないとは、どれほどのレベルなのか。

 アリスが緊張気味に静かなのも、やはり()ることが出来なかったのだろう。

「……提案を呑みます。是非、拝見させて頂きたく思います」

 私が本来の、先代のレベルに届けば、或いは()えるのだろうか。

 普通の人間というものを見慣れすぎた弊害か、自己鍛錬がやはり疎かに過ぎたか。

 自身を上回る化物の存在を想像しては居たが、実際に出会う事は想定出来ていなかったらしい。


 実際に、一度はエマという怪物の襲撃を受けているというのに。


「うん、判った。いつでも良いよ」


 緊張気味の私との対比であるように、賢者はどこまでも朗らかだ。

 私は覚悟を決める。

 未だ練度の低い私では、集中し過ぎるために無防備になる、故に控えていた魔法である、鑑定。

 エマが手もなく敗北するような相手に、私が警戒しても無駄であろう。

 視線を巡らせると、興味ありそうな様子のエマ、やはり警戒感を隠しきれないアリス、泣きそうなカーラが、目の合った順に頷いていく。

 彼女たちも、()る、と言うことなのだろう。


 心を落ち着け集中し、意を決した……心算(つもり)だった私は、私たちは。


 言葉どころか呼吸を忘れた。




 賢者フシキ氏は、職業で言えば魔導師であった。

 そう言えば、「呼ばれている」と言ってもいたし、「勇者」と同じく職業とは違うのだろう。

 称号としては確かに「賢者」の文言は有る。

 そんな事は割りとどうでも良い、そう思える数字と事実が、そこには並んでいた。


 レベル、5283。


 この時点で、言葉を失う。

 建物に施された隠蔽の術式、本人の底知れ無さから、下手をすると1000を超えるレベル保持者の可能性も考慮していたが、これは予想の上すぎる。

 私のみならず、誰もが言葉を失っている。

 エマでさえ、驚きに目を見開いている有様だ。


 あの時、エマは遊ばれていただけなのだ。

 本気だったら……私たちごと消滅させることも、容易かったに違いない。


 カーラは既に気を失っている。


「えー……と。そろそろ良いかな?」


 賢者様の声に、私はのろのろと我に返る。

 鑑定を解除し、尚、信じがたいモノに向ける眼差しを止められない。

 知らなければ凄みも感じ難い、のほほんとした笑顔のお兄さんなのだが。

 少しだけ目を閉じて、心を整える。

「本題に入る前に、質問とか有るなら聞くけど……有るかな?」

 こちらの混乱を、ある程度は予期していたのだろう。

 優しく響く声には、確かにこちらを慮る響きが有る。


 今の私には、その余裕さえも恐ろしいのだが。


「質問でしたら、幾らでも御座います。お時間を頂いても?」


 体勢と心の均衡を取り戻すのには、時間が掛かる。

 賢者様の提案は、或いはそれを見越してのものかも知れないが、今は束の間でも欲しい。


 質問は有ると言ってみたものの、さて、どう切り出したものか。


 何度目か周囲に目を走らせれば、やはり緊張の面持ちの仲間……はアリスだけだ。

 エマは既に驚愕から立ち直り、もりもりとクッキーなどを食しているし、カーラに至っては夢の中だ。


 あれ? これは、案外いつも通りなのでは。


 私の中から緊張感が抜けていくが、それはきっと、私のせいではないと思う。

信じるか否かよりも、緊張感を維持できない約二名もどうかと思います。

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