90 和やか探り合い
エマは、キャロルには襲い掛からなかったのでしょうか?
賢者様のお屋敷にお呼ばれしたら、会ったこともない姉が居ました。
何度読み返しても、意味が理解らない。
と言うか、見たことのない存在に姉であると遠回しに伝えられても、面倒くさい以外の感想は湧かないものだ。
賢者様とエマはにこにこと、アリスは信じられないものを見るような目で私とキャロルと名乗った少女を交互に、カーラはこの世の終わりのような表情で、思い思いにお茶を楽しんでいる。
赤髪の少女は、澄ました顔に余裕の笑みを貼り付けてカップを口元に運ぶ。
Za205、「骸裂」キャロル。
マスター・ザガン作の人形の中でも、割りと患っている度数の高めな二つ名である。
その名の由来は触れたくないから置くとして、見た限り、身長はエマに近しく、必然体型も似通っている。
エマがウェーブがかった金髪短めで有るのに対し、ストレートでエマより少し長めの赤髪、と言う違いは有るが、目の色も同じく翠。
双子と言う程ではないが顔立ちは似通っており、なるほど姉妹と言われるとしっくり来る。
私とエマは言うほど似ていないというのに。
2シリーズ13体、それ以降の私を含めて15体の人形を完成させたのだから、1つ2つ似た造形の物があっても驚きはしないが、並べてみると何というか。
マスターの趣味嗜好が透けて見えるようで、故人とは言え色々と心配である。
「キャロルちゃんはねぇ、私の直前に出来たんだけど、調整が有ったからぁ、私より後にマスターの所を出たんだよぉ?」
エマの説明で、エマの型番が206だったことを思い出す。
なるほどひとつ違いか、或いはこの2体は本当に姉妹に見えるように、外見的にも調整したのかも知れない。
それは良いが、なぜ疑問形なのか。
「まあ、調整と言ってもすぐに終わったから、エマが旅に出たすぐ後に私もね。色々あって、今は賢者さまと一緒に居るわ」
キャロルはお茶の香りを楽しむように目を閉じていたが、そんな澄まし顔のまま口を開く。
見た目が似ているだけで、中身はまるで違うのだなと感心してしまう。
人形の語る「色々」には嫌な予感しか含まれていないので、ここは大胆にスルーである。
「今では姉妹は6体しか残っていないと思っていたけど……。302a? 『墓守』? 聞いたこと無いわね」
ふと郷愁の表情を浮かべたかと思えば、懐疑的な視線を私……ではなく、賢者様に向けている。
何事かと思って私も視線を向けると、優男はのんびり笑顔のまま、言葉を舌先に乗せた。
「ちゃんと聞かれなかったからね。君の姉妹は、君を含めて8体居るんだよ」
言われたキャロルはすぐに、拗ねたような視線を賢者様に浴びせている。
エマは良く理解っていない顔だ。
私は、ゆっくりとカップをソーサーに戻す。
この後、賢者の口から零れ落ちる言葉次第では、カップを取り落としかねないと思ったのだ。
「2シリーズの生き残りと、3シリーズ。合わせて8体、みんな元気のようだね」
そのように身構える私を置いてきぼりにする勢いで、賢者はあっさりと口にする。
どれかがひっそりと朽ち果ていてくれていないかと期待していたのだが、儚い夢だったと言うのか。
いや、そうじゃない。
私達を見ても、正体を知っても驚きもしなかったこの男は、当然のように言ってのけたのだが。
それらを、一体どうやって知ったのか、知っていたと言うのか。
適切な詐欺師的な態度とも思えるが、何と言うべきか。
この男の笑顔の仮面の向こうには、想像以上におぞましく深い何かがありそうで、気を許す気になれない。
「信じていないようだね? マリアさん」
警戒を静かに深める私に、変わらぬ笑顔で言葉を向けてくる。
その隣のキャロルは、不信感など無く、賢者の言葉は真実なのだと疑っていないようだ。
周囲の幾つかの視線も、自然と私に集まる。
「頭から否定する心算はありません。ただ、気に掛かることは御座います」
得体の知れないモノに、相対する感覚。
「何かな?」
笑顔は揺るがない。
私は一度目を閉じて視線を切り、再び開くと周囲を……勝手についてきた者を含む、仲間たちを見渡す。
何も考えていなさそうな笑顔。
納得出来ないが、その疑問は何処に由来するか今一つ理解できていなさそうな訝しげな顔。
静かに震え、ただただ青い顔。
……頼りにならない仲間たちである。
「まずは単純に、何故、私達が8体、健在であると知っているのですか?」
これに関しては、巷間に語れる「ザガン人形は6体残っている」という噂と、私の型番……3「02」と言う数字に着目すれば、出任せでも言えるだろう。
2シリーズが6体残っているのなら、3シリーズは私が2体目。
即ち2体残っているのだから、足せば単純に8になる。
だが、初対面の私に対して、あまりにも軽々しくは無いだろうか?
例えば、私が「私以降」の人形の存在を知っていて、秘匿していたら?
例えば、2シリーズも実はエマとキャロルしか残っていなかったら?
割りとあやふやな橋を、態度に不審な点を――常ににやけている時点である意味不審だが――出さずに渡り切るのは、それなりに大物なのか。
それとも……知っているから、なのか。
「ふむふむ。他にも、疑問が有るようだね?」
私の問いを受け止め、賢者は口元に手を寄せる。
答えを出さず、はぐらかす。
やはり詐術師の手口のように思えるが、そう切り捨てるには、私の背筋の寒気が引かない。
純粋に、私の疑問をまずは聞いておこう、そういう態度、なのだろうか。
「他には……そうですね、色々御座います。貴方がここに住んでいる理由、キャロルとの馴れ初め、そういった辺りも気になりますが」
自身を落ち着けるように軽口を並べ、軽く相手の反応を見るが何も変わりはない。
キャロルは少しもじもじして、下を向いてしまう。
何が有ったんだ、気になるだろうが。
……私は小さく呼吸を整えると、意を決する。
「貴方は……賢者様は、そもそも……私たちがここを訪れる事を、予め知っていたのですか?」
表情、態度、その全てを見落とさないように。
注意深く観察する私の前で、優男は少しも動じること無く、何も変わることのない笑顔で。
「うん。知っていたよ」
言い切った。
「と言うよりも、来てもらった、と言うのが正しいかな」
そして続く言葉。
正直、詐術の類と思っていた私は、予想外の方向からの攻撃に。
そう来るか、内心で少し笑ってしまう。
得体の知れない怖気も、相手の話術と態度から、勝手に底知れない相手だと思い込んでいる所為なのだと。
自分を落ち着かせることに、必死だった。
危険と思ったら触れない、近寄らない。大切なことです。