89 森のお茶会
現実を受け入れることは出来たでしょうか。
きゃいきゃいと騒がしいエマのお陰で、お茶会の空気もだいぶ和らいだように思える。
……そもそもエマが暴走したお陰で、居た堪れない雰囲気になっていた訳だが。
お茶とお菓子を楽しむ様子だけを見れば、可愛らしいと言うのに。
それ以外の諸々が恐ろしすぎて、素直に口に出して褒めそやす気になれないのは、もはや徳と言って良い気がする。
そんな面白おかしい相方のことはどうでも良い。
問題は、呑気にケーキを口に運んでいる賢者様、とやらだ。
エマの攻撃をすべて防ぎ、私の張った障壁を容易く粉砕し、エマの意識を一撃で刈り取った。
……そのどれも、特に何らかの行動を伴っているようには見えなかったと言うのに。
賢者と呼ばれていると言うことは、やはり魔法が得意だから……だろうか。
当然の様に詠唱も無く、それどころかアクションも無く、エマほどのレベルの人形を子供扱いするように。
こっそりと探査をこれでもかと重ねているのだが、詳細探査どころか、一向に手応えがない。
隠蔽の魔法を使用しているのなら、違和感と言うか、引っ掛かりのようなものが有るからそれと判る。
それすら無い、と言うことは、つまり彼我のレベル差が大きすぎる、と言うことだ。
見た限りでは20代の若い、線の細い優男なのだが、これが……私を遥かに上回るレベルを有していると言うのか。
俄には信じがたいが、しかし、実際に私達は手も足も出なかったのだ。
賢者と言われればなるほどそれらしい、柔らかな雰囲気を纏っているが。
戦闘時の佇まいは、まるで魔王のようだった。
……魔法得意系の。
「マリアちゃん! もー! マリアちゃんってばぁ!」
少し考え込んでしまったらしい。
私の耳に、エマの甲高い声が非常に痛い。
「なんですか? 騒がなくても聞こえていますよ」
「ウソだもん! 何回も呼んだのに!」
適当な態度で適当な返事を返せば、案の定ややお冠なご様子のエマと、その隣に従者と思しき少女、そして賢者様が並んで座っている。
……従者も普通に席に着くのか、そうか。
賢者様はおおらかなお方らしい。
私は尚も言い募るエマを片手で制して、改めて優男へと向き直ると、居住まいを正す。
「雰囲気に呑まれてしまい、ここまでご挨拶もなく大変失礼致しました。初めまして、私はマリアと申します」
タイミングを逸した間の抜けた挨拶を一旦切り、短く考える。
恐らく……彼には視えているだろう。
私の詳細なステータス、それに、人間ではない、と言うことも。
そうであるなら、隠す意味も無い。
「人形師サイモン・ネイト・ザガン作の、最後の人形です」
あっさりと正体を明かしたことに、居並ぶ顔ぶれの反応は2つに分かれる。
平然と見届ける賢者様、エマ、カーラ。
驚いたように私の顔を見る、アリスと従者。
カーラに関しては私が正体を明かしたとかよりも、賢者様が恐ろしくて仕方ないのだろう。
一瞬私に目を向けただけで、緊張の視線をすぐに優男へと向け直していた。
「ご丁寧にありがとう、なるほどね。やはりマスター・ザガンは優秀だね」
柔らかく、落ち着いた声色はきっと、状況が違えば安らぎを覚える響きだろう。
しかし私は、そもそも男の声にときめく趣味が無いと言うことと、そもそも得体の知れぬ化け物としか思えない状況から、とても落ち着いてはいられない。
「はぁい! 私はエマ! 私もマスター・ザガンの作ったお人形だよぉ!」
私に続いて、エマが元気よく自己紹介をする。
状況と言えば、エマが一番警戒を強めても可怪しくないと思うのだが、そこはエマである。
手も無く敗北してしまったのだから、まあ、何というか、認めてしまったのだろう。
笑顔で頷く優男に、おずおずと、弱い声が上がる。
「わ、私はカーラ。ドクター・フリードマンの、やはり最後の作品だ……です」
いつもの無駄な傲慢さはどこへやら、血の気の引いた顔で語尾まで慌てて訂正している。
我が一行随一の気の弱さを遺憾なく発揮している、といったところか。
このポンコツ人形は、どうでも良いナンバーワンの称号を幾つ抱える心算なのか。
「……私はアリス。人形師……マスター・ヘルマンの人形だ」
不満顔のアリスが、私達に倣って口を開く。
優男の実力はともかく、その底知れ無さまでは洞察出来ていない彼女は、そこまで明け透けに告げる意味を見出せないのだろう。
しかし、周りが素直に告げている以上、何かがある、程度は感じ取ったのか。
私に対した時に比べ、幾分成長したようだ。
「ふむ、ドクター・フリードマンか。またも大物の名前が出たね。そして、マスター・ヘルマン、か。彼は運が悪かった……しかし、完成品があったんだね」
にこにこと、賢者様は2人の自己紹介に頷く。
冷静に考えれば、訪れた客が全て人形という異常事態だと思うのだが、やはりと言うか、動じる様子は微塵もない。
カーラの自己紹介には懐かしそうに表情を緩め、アリスに対しては、やや沈痛な面持ちを浮かべたような気がする。
まるで、どの人形師も知っている、と言うように。
ドクター・フリードマンは外骨格式人形制作の大家にして内骨格式人形師の祖とも呼ばれ、マスター・ザガンは13体の殺戮人形を作り上げた大罪人として、どちらも様々な資料・文献・地方怪談等に度々登場する名だ。
一方で、マスター・ヘルマンはせいぜいトアズあたりで知る人ぞ知る、程度の、マイナーな人形師である。
その手による図面は機能的な意味で美しく無駄が少ないが、完成品はアリスのみ。
いや、アリスに聞いた話によれば、人工精霊が未完成で満足に動けなかった未完成品こそがヘルマン師の最後の作品だったのだから、本当の意味で彼は作品を完成させる事無くこの世を去った、と言うのが本当のところらしい。
そんなマイナー人形師のことまで知っているとは、こんな森の中に居を構えている割に、随分と耳が早いと言うか、手が広いと言うか。
「うん、紹介ありがとう。僕はフシキ。大森林の賢者とも呼ばれているね。まあ、おおよそ好きに呼んでもらって構わないよ。そして」
和やかな雰囲気を崩すこと無く、平然と賢者を名乗り、優男は視線を――目が細いので確証はないが――傍らの従者に移す。
従者は小さく頷き返すと、私達へと視線を向けた。
「初めまして。私は賢者さまと暮らしています」
そこで、彼女は言葉を切った。
暮らしている、と言うのは、従者ではなく同居人、と言うことか?
メイド然とした服装は、趣味とでも言う心算だろうか?
それよりも、名乗らないのは何故だ?
疑問と不審が渦巻く私を置いて、彼女はエマへと視線を向ける。
それを受け止めるエマは、にこにこと――狂気滲みてはいない――笑顔を向けている。
ふと、私の魔力炉の下あたり、人間で言えば胃に当たる部分が痛んだ気がした。
「型番はZa205。『骸裂』キャロルと申します」
気が付くと、その視線は私に刺さっていた。
私は視線を外すと、ゆっくりと天井を見上げるのだった。
現実は奇なり、とは良く言ったものです。