86 真昼の雑技団
本当に、国を出る気が有るのでしょうか。
賑やかで――人間にとって――傍迷惑な人形の一団が森を行く。
どこかで見た言い回しな気もするが、まあ、こちらとしても事実なのだし仕方がない。
こちらは真昼の移動で、夜間は大人しく魔法住居に籠もるのだから、寛大に見逃して欲しいものだ。
私単体なら時々暴れるかもしれない程度のお茶目な人形で済む筈なのだが、私以外のメンバーのキャラが濃いと言うか、迷惑度が高いと言うか。
「マリアちゃん、もうずっと森の中だよぉ? 飽きてきちゃったよぉ?」
脳天気な声で私を見上げる爆殺人形が、言葉に出る程度の不満を顔中に貼り付けている。
正直その気持は理解らなくも無いが、だからと言って私にぶつけられも困るし、周囲に撒き散らされても迷惑だ。
「あー、エマちゃん、この先もう少しで街道に出るから、それまで我慢しようか? なんなら、ちょっと狩りにでも行くかい?」
恐らく似たような感想を抱いたのだろう、少しばかり引き攣った顔で、元冒険者人形が得意の話術で煙に巻こうと試みる。
言うほど大した話術では無いが、まあ、なんだかんだでここまで、私に同行を許させるその根気には辟易……もとい、感心させられる。
そんな根気を持ってしても、エマの気紛れには出来る対応と出来ない注文が有ると、身を持って知らされている筈だが。
ついでに水を差せば、もう少しなんて可愛げのある距離に、街道など無い。
ここは国境をまたいで広がる大森林、その奥深くなのだから。
「マリア、私は膝の具合が悪い気がするのだ。一度、お前の拠点に戻らせて貰えないか?」
エマとアリスの遣り取りにどうでも良さげな笑顔を向けていた私に、長身ゴシック人形が年寄りじみた台詞を投げて寄越す。
時々木の根に足を取られて転ぶのは膝の不調が原因ではなく、彼女自身の不注意さが主な要因だと思うのだが。
少し注意を逸らした隙に進行方向を外れて森の中に駆け出すエマとそれを追うアリスを見送り、無言の視線を交わした私とカーラは、何事も無かったように歩みを再開した。
「……膝の調子が悪いのでしたら、ここで永遠に休憩するのも手ですよ?」
「御免被る。必要なら謝罪もしよう」
どうせエマはその野生の勘じみた感覚で、アリスは普通に探知を使用して私達が移動しようとも見つけるだろうし、待っている意味も無い。
風のように軽やかなカーラの変わり身に対して、私はなんの反応もしない。
カーラはそもそもそんなモノに期待はしていないのか、気にした素振りもない。
今日の昼食は、エマとアリスの戦果次第になるだろう。
アリスの意外な才能……と言うか、私が不甲斐無さ過ぎるという現実も横たわっている訳なのだが。
小器用に様々な調理をこなしてゆく姿は意外というか、思いの外サマになっている。
カーラまでもが、どこか尊敬を滲ませた眼差しを送っている有様だ。
カーラに関してはまあ、本人にやる気が有りそうなので料理を――主にアリスが――教えても良いのだろうが、もう1名。
エマは食す事に関心は持てているようだが、作る方となると興味がまるでない様子だ。
下手に手伝いなどを強要して、包丁代わりに落日などを振り回されたら私達の身に危険が及ぶ恐れがある。
本人の気分に任せるしかないが、まあ、期待はせぬのが無難であろう。
台所に立つ事とエマの手綱を思った以上に上手く握っている事で、アリスは己の居場所をなんとなく確保した。
カーラに関しては、なんだかんだでエマに気に入られているようだし、アリスも特になんとも思っていない様子なので、私が廃棄しようとしても賛同は得られそうにない。
そもそも廃棄しようにも理由はほぼ無いし、実際やるとなれば手間も掛かる。
要するに考えるのが面倒になったので、2名の同行に関して文句を言うのは辞めることにした。
そんな行き当たりばったりな旅路が2週間ほど続いた森の中、私達は言葉もなく、呆然とそれを見上げるのだった。
唐突に森が開けたと思った私は、違和感満載の光景に思考を鈍らせ、はっとして脳内で地図を展開する。
歩いてきた距離と旅程を思い起こし、ここはカルカナント王国とアーマイク王国に跨る大森林の、ちょうど国境付近だと当たりを付ける。
地図上ではただの広すぎる森、その中で生活する種族達の集落程度は有るかもしれないとは考えていた。
エルフだとか、ゴブリンだとか、そういった種族達だ。
だが、これは……予想していなかった。
慌てて周囲に探知を走らせるが、大小合わせて普通の動物の反応は感じられるが、集落を形成しているような反応は無い。
人類種はおろか、群れをなす類の動物も、周囲半径900メートルの範囲内には居ないと言う事になる。
そして、目の前のそれにも、不自然な程に何も感じない。
私はちらりと視線を滑らせ、同行者達の様子を探る。
エマは、当然のように不思議とも思っていない、そんなヘラヘラした笑顔で。
アリスは、不審げでは有るが、しかし油断している訳でも無さそうな無表情で。
カーラは、当惑しつつもそれが何なのか理解できない、そんな怯えを滲ませた表情で。
そして私はと言えば、内心はカーラに近いのだろうか。
道らしき道も無いこんな森の奥深くで、不意に現れた邸宅。
前触れもなく唐突に現れた、そうとしか言いようのない不審極まりない邸宅に対して、どうリアクションを取ったものか。
森を抜ける風が小さく木々の葉をざわめかせ、じきに来る冬の到来に思いを巡らせる程度には、思考が逃避を始める有様だった。
どうにも緊張感他色々、足りていないように思えます。