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85 追跡

人形の仕事は早いのです。

 人混みは心がざわついてしまう。


 整然と整えられた街並み、通りを行き交う人の群れは何処とも変わらず思考に小波を立たせ、己の本性を隠すのに多少の苦労を要した。


 ――やはり、私は()()()()()()方が落ち着くらしい。


 己の特技を思うが、人の目に付く場所でそれを使う訳にも行かない。

 なるほど、溜め息というモノはこういう場面で()くのかと小さな学習を済ませ、整い過ぎたその顔を小さく左右に振り、街の様子に観察の視線を走らせる。


 聖教国、そう呼ばれる人間種の群れに属してどれ程経ったか。

 あの場所ですら、クロエは自分の、自分の中に埋め込まれた「命令」を抑え込むことに苦労している。

 ()()が居て、お互いに確認し合う事が出来るので暴発は抑えられているが、それでも時々、自身の行いに疑問を覚えることが有る。




 ZA211、「影追(かげおい)」クロエ。


 創造主たる父、サイモン・ネイト・ザガンの作り上げた13体の「完成品」の中で、ただ2体の特殊個体。

 それ故にロールアウトは遅れ、末妹のメアリよりは辛うじて早くて父の元を離れた。


「旅をしなさい、愉しみなさい。そして人間を殺しなさい」


 父の瞳は、静かな憎悪と溢れんばかりの悲しみを映し、クロエにとってその言葉は唯一の行動指針であり、存在意義だった。


 特殊な能力を有するが、引き換えのように魔法の適性が低くなってしまっている事と、フレームの強靭性が他の姉妹よりも低い事。

 父より受けた注意を念頭に、受け取った命令を忠実に守っていた殺戮人形が姉妹人形と出会ったのは、壊滅した漁村であった。

 クロエの仕業ではなく、姉妹のそれでも無い。


 人同士の争い、戦争の小さな余波に飲まれただけ。


 そこで、村に残された人間を護るように舞っていたのが実の姉であると、ひと目で理解(わか)った。

 だが、護る理由が理解(わか)らない。

 理解(わか)らないが、あの生き残りを殺して姉の不興を買うのはどうかと逡巡し、彼女も父の命令を脇に置き、姉との接触を図った。


「特に意味は有りません。強いて言えば、ただの気紛れです」


 その姉は、表情を動かす事なく言ってのけた。

 ただの人間相手でも多数となると手間が掛かる、無表情でぼやく姉は、そのままの表情で続ける。


「結果人間種を殺せれば良いのです。目に付く全てを殺すのも良いでしょうが、面倒ですし、そもそも私は気紛れなのです」


 姉の言葉に頷くクロエだったが、真に理解はしていなかった。

 ただ、そんな有り(よう)もあるのだと、受け入れただけだ。


 ――私だって、人間が群れて居れば襲撃を躊躇するのだ。


 姉が共に行こうと手を伸ばしたのは、やはり気紛れだったのだろう。

 だが、父と離れ、彷徨っていた孤独の時間を振り返ったクロエには、その手を払うという選択は浮かばなかった。




 カルカナント王国トアズ領。


 その領都に構えられた冒険者ギルドのギルドハウスは訪問者を見下ろすが、観察の目を走らせたクロエにはどうにも引っかかるものが見えた。


 建物のあちこちに破壊の痕跡が残り、入り口の大扉に至っては、ひと目で新品に変えられていると判る。

 窓も一部、設えた壁ごと板で塞がれ、補修作業の最中だということが見て取れる。


 無言で建物内に足を踏み込んで見れば、内装はひどい有様だった。

 建物の外観は一部を除いて風雪を耐え、長年に亘り冒険者達の拠点として在り続けた歴史を感じさせるが、内部は荒廃の跡を取り繕って失敗している、そんな有様だ。

 冒険者達の対応を行うカウンターやギルド内に併設されている酒場(バー)のテーブルは新しいものを(しつら)えた様子だし、並べられた椅子もまた真新しいが、見た目や規格もバラバラのそれらが並べられた様子は、統一感がまるで無い。


 ――取り急ぎ、数だけ集めた? 今まで使用していたものはどうしたんだ?


 姉の興味を引く話とも思えないが、しかし、クロエはどうにも気に掛かった。

 聖教国に――自分達に――迫るかもしれない、そんな驚異を調査する為にここに来た。

 来た以上は、些細なものでも、情報を得る必要が有る。

 自身に言い聞かせて好奇心を軽く抑え、クロエは冒険者向けの依頼掲示板へと足を向け、適当に視線を流す。


 特におかしな様子の依頼も無ければ、目を引く討伐依頼がある訳でも無い。


 気は進まないが併設の酒場(バー)へと足を伸ばし、冒険者にでも話を聞いてみるか。

 全く期待していなかったクロエは、しかし、冒険者達が語る内容に驚愕したのだった。




 宿を取り、街で得た情報を書に(したた)めると、翌朝にはトアズにある聖教会へ向かう。

 無用な問答を面倒に感じた彼女は聖女付きの証であるペンダントを掲げ、慌てる教会の関係者を急がせ、聖教国(ほんごく)の聖女リズへと報告書を送る手配をした。


 ほんの数日前、遅くとも1週間程度前に、トアズが頭のない人形の群れの襲撃を受けたと言うこと。

 それはクロエの追う人形、ないし化け物とは別では有るが、ともかくその人形達は破壊され、人形遣いは捕縛されたと言うこと。


 それらを成したのは――2体のザガン人形と、1体のヘルマン人形だ、と言うこと。


 ヘルマンという人形師は知らないが、ザガン人形と言えばそれはつまり、姉妹だ。

 それらが、人形遣いの襲撃に際して、人間を護って人形を破壊した。


 高台になっている区画の端から噴水の有る公園を見下ろし、クロエは静かに、小さく笑う。

 1週間も過ぎてしまえば、姉妹たちは随分と遠くへ行ってしまっただろう。


 廃墟都市から移動し、騒動を起こした、或いはそれを収めたのはクロエの追うモノだったのか。


 ――違うな。


 確証も無い、ただの思い込みと言われれば反論のしようもない。

 だが、その思いは強かった。


 残念だが、クロエは怪物を追う仕事がある。

 それが終わらなければ、姉妹を追う事も出来ないだろう。


 会ってどうするのか、考えが有る訳ではない。

 姉妹がこの街の人間を守るような行動を取ったと言うのも、気に掛かる。

 それを置いても、同じマスターの作である姉妹が付近に居る、と言うのは、なんだか愉快だった。

 或いは、まだ見ぬ姉妹達は自分と同じく、リズを手伝ってくれるかも知れない。


 人間を殺すのは、別に自分の手で無くても良い。


 そう言ったリズの思惑が何処に有るのか、クロエには興味が無い。

 ただ、姉妹と。

 姉妹達と一緒に居られたら楽しいだろう、そんな(ふう)に考えて。


 顔を上げたクロエは、また、小さく笑った。

少し……思い込み強めの性格かも知れません。

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