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84 森の雑技団

あてのない旅は、今度はどこへ向かうのでしょう。

「まだなんか不満なのかよ? パーティとしてのバランスは悪くないだろ? 旅が楽になって良いじゃないか、何が困るんだ?」


 気持ちを持ち直そうという難しい課題に取り組む私の耳に、アリスのつまらなそうな声が滑り込んでくる。

 嫌味でもひとつ返してやろうと思って顔を向ければ、仏頂面のアリス――の隣で、エマを肩車したカーラの姿に目を奪われる。


 騒がしいのはいつもの事なので、意識的に無視していたら……なにをしてるんだこの小娘は。


 カーラも少しは抵抗すれば良いものを、されるがままな上にどこか誇らしげである。


 アリスに答えなければならない場面だが、予想外の組み合わせと行動を前に私の喉は声の出力を妨げる。

 そんな私の困惑を前に、新しい玩具を手に入れたエマは実に楽しげだ。


 私の視線を追った結果、やはりなんとも言えない顔で黙り込むアリス。

 まあ、一番カーラに興味が無さそうだったエマが搭乗している様には、それなりに驚かされたのだろう。


「……困る事は無いでしょうが、特に必要も無いのですよ。攻撃役(アタッカー)のエマが居て、防御役(ディフェンダー)の私が居て、生贄(デコイ)のカーラも拾いましたし」


 思いも掛けない光景から現実に抜け出した私は軽く頭を振り、気を取り直して再び唇を開く。


「デコイは囮だと思うのだが!? 生贄とはあんまりではないかな!?」


 アリスが何かを言い出す前に、私は現在のパーティの役回りを理由にやんわりと難色を示したが、今度は顔色を青く変色させたカーラがツッコんで来た。

「どちらも大して変わらないでしょう?」

 見上げた根性だと思うが、話がややこしくなるから今は黙っていて欲しい。

 そんな願いを込めて切り捨てる。


 ただでさえ、今のカーラは立ち位置が――色んな意味で――微妙なのだから。

「あはははははッ! マリアちゃん、ヒッドいよぉ! あははははッ!」

 そんな私の台詞に、エマが激しく反応する。

 笑いすぎてカーラから転げ落ちやしないかハラハラするが、当の本人はカラカラと笑いながら身体(からだ)を揺らし、器用にバランスを取っている。


 そんな心算(つもり)では無かったし、そもそも大爆笑しているエマの方が酷いと思うのだが。


「やー、ほら、役割は判るけどさ」

「そんな理解は要らないんだが!?」

 バツが悪そうに話題に入ってくるアリスに、涙目のカーラがツッコむ。

 レスポンスの良い事だ。

「一応、私だって戦えるし、極論で言えばアンタかエマちゃんが出たら、役割も何も大体終わりじゃないか」

 アリスはカーラの決死の勇気を無視して、私の目を見ながら言う。


 エマはともかく、私はそこまで化け物では無い。

 基本スペックが高くとも、中身の私が若干ポンコツなのだ。


 なにしろ、攻撃魔法を使用すると自壊するレベルなのだから。


「私は多少防御に自信があるだけの、至って普通の、歌って殺せるただの人形です。過度な期待には応えられませんよ」


 情けない話ではあるが事実なので、私は可能な限り飄々と言葉を並べる。

 このメンツでいえば確かに私は強く見えるのだろうが、世界は広い。

 私を上回る存在は想定して然るべきだし、それが敵であった場合も覚悟しておかねばならない。


 そもそも私はエマと違って戦闘狂的な気質の持ち合わせは無い。


 だと言うのに、私の発言を受けたアリスは納得とは遠く離れた表情の中から、半眼を投げて寄越すばかりだ。

「……いちいちツッコむのも面倒臭いから簡単に言うけどな? 胡散くさいんだよお前は」

 挙句にこの暴言である。

 好い加減な事を並べて煙に巻くような真似をしたならともかく、事実を並べてこんな反応を返されたのでは多少なりとも腹が立つと言うものだ。


「じゃあ、私は踊って分解(ばら)せる人形だねぇ。あははっ! いいねぇそう言うのも!」


 どんな言葉で喧嘩を買ってやろうかと短く思考を働かせる私の空隙に、エマが楽しそうに口を挟んでくる。

 私と対の存在で在るが如き発言は控えて欲しいのだが。

 私の内心を図る事の無い狂戦士人形は、カーラの肩の上で相変わらずご機嫌である。

「……これ以上、エマちゃんがアンタに染まらない事を、心底祈るよ」

 同じようにエマに視線を向けたアリスが、酷くがっかりした声で呟く。

 とんでもない侮辱の言葉を贈られた気がするが、なぜ贈った方がそんな態度なのか。

 そもそも染まっているかはともかく、エマが私の影響を多少なり受けていると認めるとして、だ。


 それが無ければ、エマは未だに動く人型の何かに対しては問答無用で襲い掛かる、ただの怪物な訳なのだが。


 本人を前にしてそんな説明をするのは妙なトリガーを引きそうだし、だからと言ってわざわざそんな事の為にアリスを連れ出して密談するのも手間である。

 そんな危険物なのだと知ったら、土台になってエマを運んでいるカーラが恐れて泣き崩れそうだし。


 ちらりと目を向けると、エマの楽しそうな方向指示に従いつつどこか楽しそうなカーラが、足元に注意を払いつつしっかりと大地を踏み締めていた。


 ……楽しそうなのだから、わざわざどん底に叩き落してやる必要も無いだろう。




 森の中の旅は、夜の訪れが早い。

 明度が随分と落ちた視界の中で、そろそろ魔法住居(コテージ)に戻る事を考えていると、アリスが口を開いた。


 意外と口数の多い人形である。


「今更だけどアンタ、北に向かってるんじゃ無かったのか? 寧ろ南下してる訳だけど、方角間違ってるとか無いよな?」


 カーラは肩に立つエマを落とさないように、バランスを取りながら歩いている。

 肩車の状態ですら見ていて危なっかしいというのに、なんでそんな雑技団紛いの危険な真似をしているのか、理解し難い。

 このままだとカーラの足元が疎かになってまた転びそうだが、私に被害が及ばなければどうでも良い事だ。


 エマなら、いざという時でも軽々と脱出してみせるだろう。


「ええ、問題有りません。行き先はアーマイク王国へ変更します。取り敢えずは、幾つかの村などを経由しつつ、アルバレインでも目指しますか」


 アリスの疑問に答えて、私は視線を木の葉に遮られた夕空へ向ける。


 当初は避けていた街だが、トアズで、いや、トアズまででそれなりにやらかした私は、ある意味で開き直ってしまった。


 人目を避けようと思ってもベルネで1年足止めを喰らい、危険を避けてもエマには襲われた。

 対話で解決しようと試みたアリスにも敵対行動を取られ、平和に過ごそうと思ったトアズに待っていたのは大惨事。


 挙げ句、そんな印象深い旅路の障害共が、今では揃って旅の共である。

 これは何かの罰なのだろうか。


「へえ、そいつは良いね。私はずっとこの国をあちこちしてたけど、出たことは無かったな。それに、アルバレインと言えばウオッカだな」


 珍しく、アリスは私を茶化す事も否定的な事を言うこともせず、寧ろ賛成するような事を口にした。

 ウオッカと言う単語の向こうに同郷の存在が透けて見え、私は少しだけモチベーションの低下を自覚する。

 しかし、今このタイミングで行き先変更は格好が付かない。


「呑むのは構いませんが、暴れて衛兵の世話になるとか、そんな真似はしないで下さいね」

「何を言ってんだ、そんなの――」


 気晴らしにアリスをからかってやろうと思った私に対する返答は、間こそ空かなかったものの、半端に途切れる。

 何事かと顔を向ければ、押し黙ったアリスは顔を上げており、その視線をたどればエマに辿り着いた。


 土台(カーラ)は気付いた(ふう)もなく、エマを落下させまいと細かくバランスを取っている。


「……まあ、知らないという事は、時に幸せな事です」


 私の言葉に視線を下げたアリスは呆れと諦めの混ざった表情(かお)でしんみりと頷き、そんな私達を見下ろしたエマは少しだけ不思議そうな表情を浮かべ、すぐに楽しそうな笑顔を前方へと向け直す。


 意気込んだカーラがついに木の根に足を取られ転倒し、それを見た私が魔法住居(コテージ)へ戻ろうと提案したのは、僅か数分後の事だった。

一名を除き、落ち着きを取り戻しつつ有るようです。

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