83 新しい仲間たち
新たな旅立ちは、心躍るもの、らしいです。
振り仰げば、北の峻厳な山々の連なりと、その遥か手前で朝日を受けるトアズの美しい街並み、それを想起させるような整然と屹立する要壁が森の向こうに見える。
あの街で図書館に行きたかったが、まあ、今更騒いだ所で仕方がない。
アリスの長い長い前振りで理解出来たのは、私達は暫くは、まっとうな方法ではあの街に立ち寄ることは出来ないであろう、と言うこと。
私自身がその下準備を行った部分は有るのだが、それを踏まえて尚、アリスに対する憤りは拭えない。
そんな私の責任転嫁と無闇に同行者を増やしたくないという切なる願いは、強引な売り込みと味方――である筈の存在――から突き崩され、結果私は3体の同行者と共に旅路に有る。
色々と、私の思惑通りに行かない旅である。
「いい天気だねぇ! 次は楽しい所に行きたいねぇ!」
物凄く不安を感じさせることをとても良い笑顔で言いながら私を見上げるエマと、ついでに私の隣でエマの台詞や私の様子を震えながら見るカーラを見て、その目を少し流せば、どうでも良さそうな表情のアリスが、行く手を凝視しながら溜め息を吐いている。
「アンタは何が不満で、いつまで仏頂面なんだよ。エマちゃんがOKくれたんなら、もうそれで良いだろうに」
こちらを見もしないクセに、私の不満を感じたらしい背の高い方の金髪は、それに心当たりが有るのだろう。
有るからこちらを見れない。
しかし、素直に口を閉ざすことが出来ない程度には、彼女も不満を抱えたという事だろう。
「エマが同行を許したと言って、私がそうとは限りませんよ? 私が魔法住居への入場を拒んだらとか、考えないのですか?」
私もまた視線を前方へと向ける。
人目を避けての移動、森を抜ける旅路はしばらく終りが見えない有様が、そこに広がっていた。
私は本当に、よくよく森を歩くという行動に縁があるものだ。
「えぇぇ? ダメだよぉ、アリスちゃんも魔法住居一緒に行こうよぉ」
不快な事から目を逸らし、さてどうするかと森の先と自身の行く末を見据える私の声には、たぶん友愛の情は一欠片程度あったかどうか。
そんな私に取り縋り、エマは哀願するように甘えた声を出す。
似合わない真似は、しないほうが良いと思うのだが。
「飼うなら、貴女の魔法住居で飼ったら良いでしょう? そもそもエマ、貴女はずっと私の魔法住居に入り浸ってますが、たまには自分のに帰ってみたらどうですか?」
その隙に走って逃げようか、そんなことをぼんやり考える私にぶら下がったまま、エマは一層不思議そうな顔をする。
「私、そんなの持ってないよぉ?」
そんな言葉を受け取った私はきっと、間抜けな顔をしてしまっただろうと思う。
私が持っているのだから、当然他の人形も持っていると思い込んでいた。
潜伏とかメンテナンスとか、必要な場面は多い。
魔法住居にはメンテナンスポッドが設置されているのだ。
そういえばすっかり失念していた。
今度全身メンテを行っておこう。
「魔法住居持ってるのなんざ、冒険者だって一握りだぞ。しかも、あんな軍用レベルのバカでかいモン、持ってるわけ無いだろうが」
私達の中で唯一持っていなそうなアリスは、私が目を向けると馬鹿にしたように鼻を鳴らし、吐き捨てるように言ってのける。
まあ、持っていないだろうと思っていたので、こんな態度を見せられても腹も立たない。
問題は。
「私は持っていたが、破損してしまって使えない。そもそもお前の持っている物ほど意味不明に広大では無かった。……メンテナンスは80年程行っていない」
カーラはオドオドと話し始め、途中で忌々しげな色を声に滲ませ、最後は不安げに消沈する。
器用なのは結構なのだが、予測が早くも破綻した。
得意の溜め息をぐっと飲み込み視線を転がして見れば、脳天気なチビ金髪が不思議そうに私を見上げている。
身長差20センチ近くと言うのは、思った以上に差があるものだ。
「さっきも言ったけど、私も持ってないよぉ? 隠れる心算も必要もないしぃ? メンテは、どうでも良いしぃ?」
そんなチビスケが、のんびりとほざく。
お前は謎の相手に、3年まともに動けないほどの損傷を負わされただろうに、何を呑気な事を言っているのか。
一度エマの許可を受けて鑑定を掛けた際には、両手足をはじめあちこちのフレームにガタが来ていたクセに、メンテナンスをないがしろにするとは何事か。
一度、エマも私のメンテナンスポッドに放り込んでやろうか。
それはともかく、人形4体雁首揃えて、拠点を持ち歩いているのは私だけと言う有り様である。
「呆れましたね。破損したというカーラはまあ仕方がないとしても、エマとアリスは拠点も無しにどんな旅をする心算だったのですか?」
答えは予想出来るが、言ってしまうのは私の悪癖だ。
溜め息の回数が増えたのを気にして、最近は意識して我慢しているが、こんな場面では漏れても仕方があるまい。
「マリアちゃんちにお泊りぃ!」
どこで覚えたものか、エマがあざといを通り越して殺意を呼び覚ます言い回しを挙げる。
私は「私が居ない場合」を想定して回答して欲しかったのだが、小娘型内部骨格のお気楽人形はお構いなしである。
「私は元とは言え冒険者だぞ? 野宿には慣れてるよ」
ぐったりとした視線を向ければ、アリスが平然と答える。
むしろ、何を言っているんだと言わんばかりの眼差しには覚悟すら見て取れるが、しかしこの冒険者人形もメンテナンスは考慮していない様子だ。
ついでに、と視線を向けると、カーラはガタガタと震えている。
「嫌だ、野宿なんてイヤだあ!」
人形のクセに目の端に涙を溜め、私に縋るような視線を寄越す黒髪ゴシックドレスな彼女だが、可愛らしいと言うには身長が高すぎる。
無駄にヒールの高い靴など好んで履いているものだから、推定190センチ超の彼女は、しかし足元の注意が疎かだ。
ここまでで何回か木の根に足を取られ、転んでいる。
「……事情も把握しましたし、今更野宿しろ等とは言いませんよ。そんなことより、そろそろ進みましょう。無駄な事に時間を使いすぎました」
当然私もカーラに可愛げを見出すことは出来ず、一度解禁してしまったら堰を切ったように溢れ出す溜め息を漏らし、注意力を一瞬無くした私はエマに飛びつかれて危うく転倒しそうになる。
何事かとエマを引き剥がそうとするが、思いの外――いや、こいつはこういう存在だった――力強いエマは、私のよく知る能天気さで口を開いた。
「ご飯! ご飯にしようよぉ!」
諦めに良く似た境地で見上げた空には、確かに太陽が直上付近に浮いていた。
人形に食事は、どの程度必要なのでしょうか。